第12話 逃避

 ほおにあたる風が冷たく体が激しく揺れている。上がった息づかいが聞こえて吐息の当たる部分だけが少し暖かい。


「モニカ、、、?」


「舌噛まないようにしゃべらないで!」


「そこ、止まれ!」


 2人の騎士が正面に剣を抜いてこちらに向かってくる。まずい、私を抱えたままじゃ逃げられるわけない。捕まったらきっと殺されちゃう。


「絶対に離さないで、、、!」


 風を切り、揺れが激しくなって、景色が流れる。明らかにさっきより速く、人が1人の人間を抱えた状態で出せる速さじゃない。


「な、!?とまれと言っているだろッ!」


 まさか突っ込んでくるとは思わなかったのだろう。それもありえない速度で。慌てて振られた剣がすぐ目の前に迫り、、、上を抜けた。そして一気に視点が上がって、屋根が見えた。飛んでいた。騎士を踏み台にして跳躍したのだ。


「なッ、」


 甲冑で顔は見えないが騎士も驚いた声を上げていた。人を抱えた少女が自分を踏み台にしてありえない跳躍をしたら誰だって驚いて当たり前だ。


 ダンッ、と屋根の上にうまく着地したモニカはそのまま屋根をつたって反対へと走る。後ろから私たちを追う声が聞こえるがすぐに聞こえなくなった。


 だが、、、


 バキっ、音が聞こえて一気にまた視点が動く。今度は下だ。やばい!このままじゃ前から落ちてしまう。そうなっったら私はともかくモニカが危ない。


 投げ出され空中を舞いながら焦りだけが手を動かして落ちるモニカの手を取り、反対の手で屋根の橋を掴んだ。


「いッ、」


 自分とそれより大きいモニカの体重、それに重力と慣性を受けた腕は一瞬で限界に達してドンッと落ちてしまった。勢いはころせたのか感じ衝撃は思ったよりはマシだったけど従分に痛い。


「ッ、、、モニカ、、、」


 横で倒れている少女がその時は自分より少し大きいだけの普通の少女に見えた。いかにいつもその少女が頼りになるか、いやそれ以上に弱っているのだ。


 顔は青白く汗が流れて息があるかの心配はする必要がないくらいには浅く肩で呼吸をしているがそれが逆に具合の悪さを表しているようにも思える。


「モニカ、モニカ、、、お願い、、、死なないで、、、」


 少し遠くから悲鳴と叫び声、馬の威鳴き声にガチャガチャという足音が聞こえて焦るように懇願してしまう。このままじゃ捕まっちゃう。そしたらきっと、あの時みたいに、、、


 涙が溢れてくる。止まらない。もっと出る。父様も母様も死んだんだ。


「あ、ああああああ、ッ」


 フラッシュバックする。あの時の光景が。血飛沫が、父様の首が、母の虚な目が、兄の私を見る顔が、騎士のドス黒いあの目が!そしてあの言葉が、、、


『卑劣な魔女が、、、』


 実の兄から言われた言葉、血を分け同じ腹の中から生まれたはずの兄弟。あの時は兄の激しい思い込みだと思った。でもそれならどうそこんなことにならなければならないんだ!


 父も母も私を庇って殺された。兄は恨んでいた。あの騎士は私を魔女だと言った。モニカお姉ちゃんは私を助けて今倒れている。


「全部私のせい、、、、、、?」


 なんで!?どうして!?私は普通の子供だった!悪いことなんてしてなかったはずなのにッ!なんでこんな酷いことになるの?!


 遠くから誰かの悲鳴が聞こえる。きっと私のように親を殺された人がいる。剣を向けられて逃げられない人がいる。街のみんなが殺されてしまう。そう、私のせいで、、、。


 ガタガタと体が震える。呼吸が浅くなる。考えれば考えるほどに狂いそうになる。違うんだ、違うんだ、おかしい、、、こんなの間違ってる!だって私は、、、、、、

、、、

、、、、、、

『卑劣な魔女が、、、』

、、、

、、、、、、


もしかして、、、、、、

      私が本当に魔女だから、、、?


、、、

、、、、、、

、、、、、、、、、


 そうだったんだ。私が魔女だったんだ。自分でも自覚できないくらいに人の皮を被った魔女だったんだ。人を貶めて混乱をもたらすもの、、、まさにその通りなんだ、、、。


「ごめんなさい、、、」





「ごめんなさい、ごめんなさい」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 やっと自覚できた。でも遅すぎたんだ。たくさんの人を殺してしまった。騙してしまった。罪を償うには大きすぎる。もっと早く気づいていればよかった。今の私には後悔して死ぬことしかできない。それだけしかできないんだ、、、。


 悔しい。魔女に報いを受けさせられないのが悔しい。


 首を手で掴む。


 でもどうしようもないんだ。私は魔女で人を不幸にできても救う力はないんだから。なら、、、少しでも早くいなくなった方がいいんた。


 力を込める。私の非力な力では足りないかもしれない。でも私の手を包み込むようにたくさんの人が力を貸してくれる。父様、母様、兄様、私が騙した人、殺した人、不幸にした人、みんながこんな酷い私のために力を貸してくれる。こんな救いなんて私には受ける資格ないのに、、、、、、。



 

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