粉雪舞う会津



 その日、翔太は、だだっ広い駐車場で立ち尽くしていた。



 二月の空はどんよりとよどみ、いつ雪が降り出しても不思議ではない。


 既に十年近く都会で暮らしてきた翔太の身体。福島の肌を切る寒さは堪らない、重ね着して上からダウンを羽織っても凍えるようだ。


「聞いてねーぞ、こんなの」


 そして隣に立ち構える、茶髪の男の耳元に囁いた。


「わりーって言ってんべよ。合コンもいいが、今のご時勢やっぱこっちだべ」

 陽気なこの男が、沖島春樹おきしま はるき

 翔太とは中学・高校時代からの親友で、今の会社でも一緒に働く腐れ縁の仲。


「彼女との連絡、まだつかねーんだべ?」


「……まぁな」


 あれ以来、彼女との連絡は一切つかない状態だった。


「キャキャキャ。んだわな。じゃなきゃ合コンの誘いなんか、乗らねーだろうしな」


 数日前だった、春樹から合コンの誘いがあったのは。


 彼女との連絡はつかない。住んでいたアパートは引き払っていた。

 それ故断る理由などなかった。仕方なくその誘いにのっていた。

 据え膳食わぬは男の恥、とも言う訳だし。



 だが待ち合わせ場所という所に来てみて絶句した。


 まだ寒い冬空の下、だだっ広い駐車場で、十数人の男女が立ち構えている。

 ご丁寧ていねいにバスが待機し、受付らしき人物が挨拶を交わしてる。


 合コンというのはまったくのでたらめ。結婚活動、俗にいう“婚活”だった。



 翔太もおかしいとは感じていた。こんな日曜日の朝早くに合コンだと? といぶかしくは思っていた。


 春樹 いわく、『俺は今まで数多くのナンパ・合コンを繰り広げてきた。だげんちょ最終的な到達点が、婚活だったんだべ』


 春樹は顔もいいし性格も明るい。しかも翔太と同じ、独身貴族。

 高校の頃からナンパや合コンに明け暮れ、今度は婚活に手を染めたようだ。



 つまり翔太は、その春樹の思惑に乗せられた訳だ。なんとなくだが、騙されたと思った。

 とはいえこのまま帰る訳にもいかない。せっかく朝早く起きて、ここまで来たんだ。

 据え膳食わぬは男の恥、とも言う訳だし……




 こうして翔太は、まだ名前も知らぬ男女と共に、ネームプレートを胸に付け、バスに揺られて一路西に進路をとる。



 バスの座席は、それぞれ男女の相席になっていて、春樹は少し年上の女と談笑している。


 相席といっても、男女の比率は男が少し多い。

 翔太は、ヤンキーらしき年下の男とハゲかかった年上の男に挟まれた、最後方の“特等席”だ。

 年上はやけに気合が入ってるのか、キツイ香水の臭いが鼻につく。

 年下はヤンキーっぽい面構えにも関わらず礼儀正しく、『アメ食べますか』と勧めてくる。


 視線の先、手前に座る春樹は、隣の女に対してやけに騒がしい。

 遂には、その場のノリなのか、動揺『岡を越えて行こうよ』まで歌う始末。


『勘弁してくれこれは遠足か?』翔太はまるで遠足に行くような気分を隠せなかった。






 こうして辿り着いた先は、会津若松市あいづわかまつし


 かつては会津藩として栄えた、赤べこ・絵ろうそく・起き上がり小法師などの伝統工芸品でも有名な、福島県の都市。


 そして眼前に佇むのはつるヶ城。会津若松市が誇る有名な城だ。



 この婚活は、町が主催する婚活だった。それも今さっきバスの中で把握した。

 そんな訳で、翔太達は町役場職員の引率で、ぞろぞろと城内の観光をすることと相なる。




「おい、春樹」

 春樹を隊列から引き離す翔太。


「なんなんだよいったい? 合コンだっつーから来たんだぜ」

 困惑気味に吐き捨てた。


 はぁ、と視線をくれる春樹。

「いいじゃん。減るもんじゃねーし」



 こうして二人。隊列から少し離れて後を追う。


「俺は消沈気味なんだぞ。合コンならともかく、婚活なんて」


「いつまでも引きずんなって」


「引きずんな、って言われてもよ」


「とにかく流行りだべよ婚活は。時代の最先端な俺が、こんなウマい話を見逃す訳あんめ?」



 確かに婚活ってのは流行ってる。それは翔太とて知っている。

 東京にいた頃、会社の同僚が活動してる話を訊いたこともあった。

 まさかこっちでもやってるとは思いもしなかったが……



「だけど俺は結婚なんてまだする気もないんだぜ」


「馬鹿、そんなんじゃダメだって。気付いた時は手遅れだべ?」

 対する春樹は軽いノリだ。

 おそらく自分のことで手一杯で、翔太の思いなんて気にもしてない。


「見てみろよ鶴ヶ城、雄大でカッコいいべ」

 それを裏付けるように、話題を変える。


 チッと舌打ちする翔太。

「鶴ヶ城なんて、小学、中学、高校と腐るほどに見てんだよ」

 言ってふて腐れるように鶴ヶ城に視線を向ける。



 そしてハッとした。



 奥深い雪国に立ち構えるその雄姿。

 歴史と共に時には栄華を誇り、時には衰退に涙しただろう城郭。


 確かに幾度となく目にした城だった。

 だけど何度見ても、その美しさには感動するものがあった。



「鶴ヶ城は正式には会津若松城と呼び、伊達政宗だて まさむね上杉景勝うえすぎ かげかつなどといった歴史上の人物が城主となり、松平容保まつだいら かたもりの時代に、会津戦争の戦火で一度壊されているのです」

 主催者である町役場の女がガイドする。

 四十代後半程の小柄な女だ。見るからに他人同士をくっつけて、結婚させるのが趣味みたいなおばさん。


「へえー、伊達政宗は有名だよね。仙台せんだいの片目の武将だもん」


「なんとか竜だよね」


 傍らで女数人が話し込んでいた。どちらも二十代前半程のごく普通の女だ。


 その会話を、春樹は真後ろで聞き入っている。


「セキメって書いて、ドクメ竜じゃない」

 すかさず駆け寄ると助言した。


 それを聞き入り『なに言ってんだこいつ?』そう思う翔太。


「違うって、ほろすけ。伊達政宗は隻眼せきがんの武将、独眼竜どくがんりゅうって言えば有名だべ」

 その翔太の思いを代返するように、更に誰かが助言した。


「うっ?」

 真っ赤に紅潮する春樹。

 ゆっくりと後方に視線をくれる。


 助言したのは少し長めの黒髪の、メガネを掛けた、冷めた目付きの男だ。

 歳は翔太達よりいくらか上に思えた。



「あ、会津っていえば“あかべこ”だよねー。キミ達、うしとべこの違いって知ってる? 耳の位置がだね……」

 春樹は必死にうんちくを披露する。


 しかし女達はそんな春樹には興味はない。


「凄いですね。博識なんだ」


「歴史に詳しいってカッコいいよね。もっと教えて下さい鶴ヶ城のこと」

 興味深そうにメガネにくい寄る。


 こうなれば春樹が入り込む余地はない。悔しげなムカついた表情を見せるだけ。


 翔太から言わせれば、それは仕方ないことだ。

 春樹は学生の頃から歴史が嫌い。『人にとって大切なのは未来。過去にとらわれるようじゃ男とはいえねって』が口癖。

 つまり歴史はからきしだから。



「会津の人間は力強いんだぜ。なんせあの地獄の戦争を耐え凌いだんだがんな。歴史上じゃ、天下の罪人なんて呼ばっちぇっけど、実際は違う。あの時代はな、誰もが国を愛し、国をうれい、国の未来を考えてたんだよ。歴史なんてモンはよ、勝者の立場にそったモンだからな。会津は会津で立派な英雄だったんだわ」

 メガネが伝えた。


 その台詞に女達の目付きが変わる。トローンとした羨望せんぼうの眼差しだ。



 確かにキザな男だ、春樹が最も嫌うタイプ。

 福島の人間なら誰でも知ってる事実を、言葉巧みに淡々と伝えるんだから、普通の女ならいちころだろう。



 そう考える翔太を、春樹が後方に引き寄せる。


「なんだよ?」

 意味が分からず訊ねた。


「ちきしょう“オジョー”がいればな。あんなやろ」

 しかし春樹は意味不明な言葉を呟くのみ。


「オジョーって誰だ?」


 その台詞に、ハッとしたように視線を泳がせる。


「それは良いわ。……そんより、あんやろーだけは気ぃつけろよ」

 そして耳打ちする。


「なんで、知り合いか?」


「そうさ。俺らの最大のライバル。長年のムカつくやろだ」

 春樹の視線は、真っ直ぐにメガネの背中を捕らえている。ねたみの籠もる恐ろしい視線。


「ライバルってなによ?」


「ナンパだナンパ。横から現れて、アッサリと女を横取りする、ハゲタカやろだ」


「ナンパ?」


「クソッたれ、いい歳だがらナンパは卒業したってのに、こんなとこでまた会うとはな。三崎公園の一件、忘っちねーぞ」



 とにかく翔太にとってはそんな話に興味はない。

 そっとその場を離れ、集団に加わろうと足を進めた。


「きれいだな」

 不意に誰かの声が耳に響いた。

 何気にその方向に視線をやった。



 灰色の空からは、うっすらと粉雪が降り出していた。


 舞い散る粉雪のただ中、悠然と映える鶴ヶ城をバックに、ひとりの女が立ち尽くしている。


 肩まで伸びる少し亜麻色かかった髪と、薄化粧の割に整った顔つきの女。


「……ホントだ」

 思わず翔太も口走った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る