あいつ消防団に入ったらしいぜ~ヒーローになる気はないけど、大切な人ぐらい守りたい
成瀬ケン
終わりと始まり
突然の電話
日曜日の昼下がり、窓の外は冬の穏やかな青空が広がっている。
だが翔太の中に広がるのはモノクロな光景。
その手に握り締める、携帯の画面に映る文字は『さようなら』彼女から送られた謎のメール。
普通に考えれば、別れよう、という意味だろう。つまりは、嫌いになった、という意味。
だがこんな短い文章ではそうとも断言できない。
いや断言したくない。
もしかしたらだが、別の人物に送るはずのメールを、間違えて送った可能性もある。
『愛してる』という内容を変換し間違って『さようなら』になった可能性も残されている。
こうしてたった数文字のメールを
口にくわえた煙草の火が、じりじりと燃え上がる。
「あちっ!」
唇に熱さを感じて、慌てて灰皿に
実際考えるだけムダだ。直接訊いてみなければ、相手の真意は分からない。
「頼むから今度こそ出てくれ!」
もどかしいように通話音が鳴り響く。やはり相手は出ない。
そんな光景がかれこれ数十分。
ブルルルルル! 突然着信音が鳴り響いた。
「ありがとう神様!」
神様なんて信じないが、期待と共に携帯を手に取った。
『おっす、トビ』
だが聞こえたのは男の声。仲のいい友達の声だっだ。
「ちっ、
当てが外れ、がっくりと肩を落とした。
ちなみに"トビ"とは翔太の
『はぁ、いきなり舌打ちして、馬鹿なんて言うのか? 大親友が朝の挨拶したってのに』
そのテンションが通じたのか、相手が
「わりぃな。……朝って今は昼間だぞ、こっちはお前にかまってる余裕はねーの」
髪を掻きむしりつつ、冷静を保つ。
『いつになくテンション低いぞ、いつものおめーじゃねーよな』
「マジ最悪なんだよ悪夢だ。地獄にでも突き落とされた感覚。神様なんかクソ食らえだ。……とにかく今はヒマじゃねーんだ」
こんな場面に電話してくるなんて、仲がいい友達ほど厄介な者はない。
『彼女と別れたのか』
だがその突然の台詞で絶句した。
『キャキャキャ、図星だべ。賭けは俺の勝ちだな』
その思いを知ってか知らずか、携帯の向うから高笑いが響く。
「まだ決まった訳じゃねーんだ。……それになんだ、賭けは俺の勝ち、って?」
『おめーがいつまで続くかって、"カズヒロ"と賭けしてたのよ。にしてもその焦りよう、決まったも同じだべや』
因みにカズヒロとは共通の友達のことだ。
「おめーな、俺の人生まで、ギャンブルにするのかよ?」
『そうカッカすんなって。前兆あったんだべ。彼女から変なこと言われたって、ぼーっとしてたし』
確かに前兆はあった。数日前に彼女から言われた謎の言葉。
『そもそも“東京と福島”どんだけ距離はなっちっと思ってんだ。若いやろならいざ知らず、遠距離恋愛なんて』
「それは、だな……」
痛感していた。彼女との距離が遠すぎた。数百キロの現実的な隔たり。
翔太の恋は、遠距離恋愛だった。
実情がばれた時点で、この通話を終わらすことも出来なくなっていた。
それならそれで、逆に相談に乗ってもらった方がいいかもしれない。
「ヒマなのか春樹?」
『ヒマって訳じゃねー。パチンコ行くつもりだったから。んだげど少しならいいぜ』
室内は脱ぎっぱなしの服やマンガ雑誌が散乱し雑然としている。
それを掻き分けて、テレビのリモコンを探し当てると、電源を入れた。
次々にチャンネルを変えて、適当な番組でリモコンを置いた。温泉の紹介番組、BGMには丁度いい。
煙草をくわえ、火を点けて、心を落ち着かせる。
「確かに俺らは遠距離だった。最近じゃ会うことも少なかった。だけどあいつだって理解してたんだぜ。理解はしてたけど、いま取り組んでる仕事が忙しいって。……一段落したら一緒になろうって」
『んだがらダメなんだ。そんなの言い訳なんだ。おめーがこっち帰ってくる時、連れてこねっきゃダメだったんだって』
「あのなぁ春樹。東京から福島に来んの、どんだけ決心いるか知ってっか? 景色が一変すんだぞ。
『なによ福島県民がいっぱしの都民気取りか? 流石だべした、半年前まで東京に住んでたモンは言うこと違うね』
半年前まで翔太は、東京に住んでいた。彼女との付き合いもそれあってのことだ。
しかし様々な事情により退職。東北道を北上し、東北の玄関口、福島に帰郷した。
『とにかくふられたモンは仕方ねーべよ。いまさら後悔すんな』
「まだふられたって、決まった訳じゃねー!」
『おめーが帰るって決めた瞬間から、決まった運命なんだって。諦めな』
ムカつく言い回しだが、
『反論しねーってことは認めんだ』
「ああ、それは認める。田舎なんか帰ってくんじゃなかった」
『いまさら後悔してもダメだって』
「虚しい響きだな。後悔って言葉」
確かに最近の翔太は、都会にいた頃を思い出すことが多くなっていた。
住む場所は田んぼばかりでなにもない。県の中心部はやや発展しているが、そこまでの距離が遠い。
東京と比べたら雲泥の差だ。
「かわいそうなトビの為に、俺がひと肌脱いでやっとすっか』
「かわいそうって誰がだ?」
『言っとくがここは福島なんだぜ。女が溢れる都会とは違う』
「なんだそれは?」
かすかな不安が頭を過ぎる。
『適齢期を逃してるってことだべ。ガンバんねーっきゃヤバいって言ってんだ』
「やっぱそれかよ。聞き飽きてんだその台詞」
翔太には密かなる憂いがあった。それは彼の二十八歳という年齢。
福島では二十代後半の頃には、大半が結婚している。
彼のかつての仲間達のほとんどは、結婚していた。中には五人の子持ちまでいる。
翔太は『結婚などまだまだ早い』と考えたことすらなかった。考える必要さえないと感じていた。
だが多くの県民は言う『もうそろそろ結婚だな』『早く親を安心させてやれ』『翔太は彼女いんのか?』
それでも反論する余地はあった。『今は彼女の夢を後押ししてるんだ。結婚はそれからだ』『若い頃から焦っても仕方ないだろ? お互いに人生経験を積んで、それからの方がいいから』
それは彼女がいるという、余裕があったからこそ言えた台詞だ。
もし仮に彼女と完全に別れたとなればその余裕は崩壊。最悪な光景が目に浮かぶようだ。
何故って田舎には若い独身女性がいない。
近所に若い女は皆無。大抵の若い女は二十代前半に結婚してる。勤める会社にいる女はほとんどがおばさん。……町自体に独身の若い女がいるかさえ疑問。
つまり都会で遊び呆けて、彼女がいると余裕をかましていた翔太は、この福島ではすでに余生を送る状態に陥っていた。
まさに“浦島太郎”。
こんな状態だから、彼の福島に対する思いは格別。
日本地図を47にぶった切り、形作られた福島県。東北とも北関東ともいえる中途半端な位置づけ。
ドラマの犯人役は福島が多い。やることが少ないから婚姻年齢が低い。やることがないからギャンブラーが多い。殆どの土地が農作地だから軽トラックが多い。
もちろんそれは、翔太の思い込みだ。単なる偏見。それは理解してる。
『どうして俺の生まれ故郷は福島なんだ?』……それが彼の疑問だ。
「俺は諦めないぞ。なにかの間違いなんだよ。今夜にでも電話がかかってくる。今夜は寝ないで待機だな」
絶望を打ち消すように言い放つ。
見えない光明だけが、彼の僅かながらの希望だ。
『とうぶん寝れねーな、そんなんじゃ』
だがその友達の台詞が、現実と絶望を呼び覚ます。
「マジひでーなお前は」
『とにかくこの春樹様に任せとけ』
「……なにを任せるんだよ?」
『今後のことだ。里見翔太の、ばら色の未来』
「ばら色って……」
『彼女だべした。いなくていいのか?』
そんな訳ない。別れた訳ではないが、反論することをためらう。
「……いた方がいいに決まってんべ」
ぼそりと返した。
あれが別れを意味したのかは、現状では分からないが、彼女がいたほうがいいのは確かなこと。
『近々電話するわ』
「電話?」
『じゃっか俺は、パチンコ行くからこれでな』
「はぁ? パチンコって春樹?」
戸惑う翔太を余所に、あっさりと通話は途切れた。
こうしてひとり佇む翔太。
数日前彼女から言われた謎の台詞が頭をよぎる。
『……翔太って意外と“ダメ男”だよね』
『はぁ、俺が?』
『周りに流されて自分がない。優しさの裏返しなのかもしれないけど……』
彼女が翔太のことをどう思っていたのかは、今は知る
とにかくこうして彼のエピソードは始まるのだ__
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