第20話 こころざしをはたして、いつの日にか帰りたい。

 このまま晩飯をご馳走される流れになって、そこにすき焼きが出たらいいなあと思うが、まだ余談を許さないのでちょっと緊張して待ってたら、使用人ぽい人が茶を出してくれて、「ああ、こういう時って異世界でも茶が出るのだなあ」と思う。ただ、シンゲンが手をつけてなくて、これってなんか主人が来るまで飲まないのがマナーなんだろうかとか思って待機してた。


 しばらくすると、女性が背の高い、色黒の男を連れて部屋に来た。色黒の男が流暢に言う。「はじめまして。私はキライトと言います。あなたたちは、霜畳しもだたみの山を超えて、この街に来たのですね?」

「霜畳の山という名前かどうかは知らなくて、あんまり霜も降りてなかったように思うけれど、少なくともこの町からハッキリ見える唯一の山方面、南の方にある連峰と思しき山の先にある森から来ました」

「なるほど。良くあの険しい山を越えられましたね。あの山には龍がいるのでは?」

「龍とドラゴンが同じものであるなら、いるそうです。山頂に魔力溜まりがあるということしか知りませんが。ただ、中腹に岩塩坑があって、そこまでは降りてこないことが経験的にわかっていたので、そこまでは特にケアをしていません。我々がこれまで獣を狩ってきた経験から、相手を眠らせることはできないが、眠りを深めることはできることがわかっていて、ドラゴン……龍がいつ眠るかは知らなかったのですが、そこから先は昼夜問わず、遠隔で良い眠りを与える魔法を使い続けて、そしたら何事もなく越えられました」

「ほお……。これは単純に私の興味なのですが、ラマイにはどういう獣がいるのですか? おそらく分かっていると思いますが、私は実際にラマイの地を踏んだことはないのです。私の祖父がラマイの出身で、祖父もかなり忘れかけていましたが、ラマイの言葉を教えてもらったのです」

 なるほどねえ。じゃあ、少なくとも二世代前くらいにもラマイを出た人たちがいて、その人も同じような苦労をしてこの町とかで生活・結婚をし、子を成して、ここで暮らしているというわけか。

「えーっと、良くいるのは、アルミラージという、ウサギ……つってわからないですよね。えーっと、膝くらいの大きさの四足歩行の哺乳類で」というと、キライトは、

「う、兎!? 兎追いしかの山の兎ですか!?」

 と大声を上げた。明らかに日本語の発音で。

「えーと、そうです。あー、"小鮒釣りしかの川"の兎です」

 というと、「おお……」と言って、キライトは絶句した。

 もともと女性もシンゲンも、ラマイ語はわからないから、「何言ってるんだこいつら」という感じで黙って話を聞いていたが、黙っちゃったら流石に変な状況だということはわかる。女性がキライトに何事か話しかけると、キライトは短く答えて、超早口で、

「えっと、ヒエンさんでしたっけ? ヒエンさんはどういう経緯で『こちら』へ? あと、お仲間がいらっしゃいますよね。その方々の中にもご出身一緒の方はいますか?」

 と言う。

「えーっと、大した経緯ではなくて、まあイレギュラーな事故死の埋め合わせみたいな感じです。で、一緒にいた彼らには、おそらくその意味での同じ出身の人はいないです」

「あ、あ、そうなんですね! なるほどなあ。え、差し支えなければ、チートとかは? その魔力ですか?」

「いや、これは普通にマンドラゴラって植物があって、その効能ですね。え、逆にキライトさんは……?」

「あ、えーっと、まずです。言語チートはありました。普通に」

「ずるすぎ」

「あと、……いや、あんまり言わない方がいいんですけど、実はいくつかあります」

「あまりにもな格差社会。じゃあまあそういうことなんで、その女性ってのは、なんですか? ここの領主みたいな?」

「この方、えーっとそうですねえ、多分ヒエンさんにわかりやすく言うと、辺境伯みたいな身分の方です」

 は、伯爵かい。爵位とか良く知らんが、かなり偉いのではなかろうか。そんなやつが御自ら不審者の見物に来るなし……。とにかく、

「そしたらその、辺境伯様に、まあ安全な人ですよってのと、もし滞在に許諾がいるなら少しマンドラゴラ粉融通してもいいので、それでどうにか許諾いただけませんかってお伝えいただけないですかねえ」

 と伝えた。すると、キライトは少し考えて、

「そのマンドラゴラ粉のことなんですが」

 と言い出した。

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