第17話 言葉を学びたい。

 一縷の希望を持ってユスラとサンとウカの顔を見るが、全員「?」の顔になってるので、あかんなと思う。こりゃ〜困りましたね。逆に、そっちに「俺たち語」のわかる奴はおらんのか? 山脈で隔てられていると言っても……言っても……いやでもあの山脈には一定確率でドラゴンが出て、岩塩以外には特産もなく、その手前には結構広い川があって、山脈の先には資源豊かな俺らの故郷が広がっていることを俺らは知ってるが、逆に山脈の先側から旅立ったことがある人、かなりいなそうな雰囲気で……結構望み薄ですなあ。ど〜したもんかいのう。


 というと、ユスラが男に向かって「こんにちは。はじめまして。私は山の向こうからきた(自分を指さして)ユ・ス・ラ、といいます」とにこやかに挨拶した。つ、通じるか? と思うが、さっぱりっぽい。人だかりが少し大きくなり、なんか「誰か呼んでこいよ」みたいな雰囲気になっている。このまま投獄とかされたらどうしよう、逃げた方が良くないか? と思うが、ユスラは、「私は、ユスラと、いいます」を繰り返す。相手が根負けして、「ゆ・す・ら?」と繰り返したところでにこーっと笑って、俺の方を振り向き、「ヒ・エ・ン」と言う。俺も「ヒエン」とはっきり言う。男は「ひ・え・ん」と繰り返す。サンとウカを並ばせて、「サン」と「ウカ」も教える。そしてもう一度、「私は、ユスラと、いいます」と言って、じーっと男の目を見つめる。男は根負けしたかのように(基本的に、おそらく「魔法」の力もあって、この世界の住人は見目麗しいのだが、ユスラは兄の贔屓目も抜きにしても美人だと思う。その効能もあったかもしれない)、「ワタシハ、シンゲント、イイマス」と答えた。


 こ、コミュ強……! と思うのも束の間、サンとウカがにこにこと近寄っていって、「おお、シンゲン! はじめまして、こんにちは!」「シンゲン、よろしくね」と口々に言う。このなんというか物おじのしなさ、すごすぎてわろてる。


 で、ユスラとウカがアイコンタクトだけで向かい合って、寸劇を始める。


「こんにちは。私はユスラといいます。あなたの名前はなんですか?」

「こんにちは。私はウカといいます」

「こんにちは。私はウカといいます。あなたの名前はなんですか?」

「こんにちは。私はユスラといいます」


 この一往復をやった後に、シンゲンをウカの位置に立たせて、

「こんにちは。私はユスラといいます。あなたの名前はなんですか?」

 と言った。シンゲンは、少し逡巡した後に、でも理解した! という面持ちで、

「コンニチハ。ワタシは、シンゲンと、言います。アナタノナマエ ナンデスカ?」

 と言った。すげー。俺らが覚えるのではなく、相手に覚えさせている!! と思ったが、ユスラは違う違うと全身を揺さぶって、取り巻いている人から一人手を引いて連れてきて、また自分が立っている位置に立たせた。二人は見つめ合いながら戸惑っているが、なるほどねって思ったので、俺は懐から皮の切れっぱしと、先を尖らせた木の枝を取り出して、真剣に聞くことにして、しばしこの二人を見つめた。二人はようやく理解して、このように言い合った。


「はらー・だあ。みっと・なむ・あ・シンゲン。ゔぁ・え・でぃっと・なむ?」

「はらー・だあ。みっと・なま・シラカバ。ゔぁ・え……くらぶす・えい」


 なるほどね。最初が挨拶部。で、「なむ」が「名前」に相当しそうな感じがある。さすがに最初主語が来るとして、「ゔぁ」が疑問詞なのか「あなた」に相当するのかがわからんが、これを何パターンかやれば、なんかわかりそうな気がする。なんだこの妹。優秀すぎるだろ。そう思って、ちょっとワクワクしかけたところに、なんとユニコーンに跨った、そしてこの世界は見たことがない装飾の多い服を着た女性がやってきた。マンドラゴラ・イーター俺たちほどではないが、魔力量も多い。これらから総合するに、なんかお偉いさんが来た雰囲気だ。もう少し早く逃げれば良かったかもしれぬ。

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