第6話 魔法を覚えたい。

 あーあ。すき焼きが食べたいよお。でもそもそも獣の肉をあんまり食べてないみたいだよお。ふええ。


 と悲しみに暮れる俺だが、都合の良いことに、「そういえば『魔法』という大事なことを失ったことに気づいて悲嘆に暮れる人」に見えたようで、みんな優しく「魔法」の使い方を教えてくれた。


 と言っても割と簡単で、ていうか簡単すぎるのが問題らしい。

「基本的には、叶って欲しいことを強く願えば、それが『魔法』だよ。ただ、そうすると、例えば――――いや、ちょっと危ないから今はやめておこう。とにかく、願ったはしから『魔法』になると『垂れ流し』になって、すぐ『魔力』が無くなってしまう。というわけで、自分が魔法を使うというのは、こういうことをした時だけというルーチンを決めるんだね。僕だったら」

 そう言うと、サンはさっき散々やってた(やらされていた)右手の複雑な動きを示す。

「こうしてから、口に出してお願いを言う。このルーチンは、人にあんまり見せたり教えたりしない方がなんとなくいいとは言われているけど、僕は性格的が結構衝動的だから……それこそ欠乏症になるくらい魔法を使いそうになることもあるので、わざと魔法を使うルーチンを見せるようにしているよ。良くないと思ったらウカが止めてくれる仕組みになっているんだ」「人を『仕組み』って呼ぶのやめてくれる?」


 なるほどね。まあだから、例えばなんか心の中で事前に詠唱を決めて、その詠唱後に願った場合のみ「魔法」とみなすとか、ハンドサインを決めておくとか、そういう風にするわけね。詠唱はいざという時に時間がかかりそうかなと思うのと、サン風に言うならば、俺はどっちかというと頭の中でごちゃごちゃものを考えてしまう方で、良くある『ピンクの象のことだけは絶対に考えないでください』は爆裂に引っかかる方なので、なんかミスるような気がする。京極堂のように唐突に曩莫三曼多縛日羅多仙多摩訶盧舎多耶蘇婆多羅耶吽多羅多含満! とか唱えたい気持ちはあるが、なんか後で足引っ張るような気がするよね。2019年から使い続けているiPhoneのパスコードを突然忘れたこともあるので、ど忘れした時に終わるからやめとこう。

 身体動作は、多分その身体部分を失ったり機能停止した時とかにすごい困るのだろうが、まあ、それが怖くて指紋認証を使えますかって話である。QUIC PAYを払うくらいの動作がいいな。古くは"えんがちょ"または"バリア"、現在では無量空処で知られるアレにするか。左手で無量空処の朱印を切って、口頭または心中で願った場合のみ、それは俺の「魔法」だ!


「ありがとう、良くわかったよ」

 というと、サンは鞄から木を削ってできたコインのようなものを取り出して、

「これ、表には『天』、裏には『人』と書いてあるんだ。どっちかの面が出るように『魔法』を唱えるっていう練習をしてみるといいよ」と教えてくれた。なるほどね。まずは1/2から。妥当そうな気がするね。さっきは慌てて日本語で定義文を記述してしまったが、ありがたいことに字も読める!! よかったぁ〜。で、コインを裏っ返すと、そこには『地』と書いてある。と思うが……。確証はない。こういう場合は「人」と読むみたいなルールがあってそれを認識できてない可能性もめちゃある。

「これ、『人』ではなくて、『地』じゃあないか?」

 と聞くと、サンは「あ、そうだっけ? 間違ってた」と言ったので、単に間違いかいと思った。あのね。こっちは今赤ちゃんですからね。間違って認識するんだからな。幼児が言葉を習得する時には全体性の原理みたいなのがあって、たとえばガラスのコップを指して「これはガラスだよ」というと、コップそのものを「ガラス」と呼ぶと認識するみたいなものがあって、俺もそうなるんだからな!! と突っ込みたいところだが、絶対に記憶喪失の人間の振る舞いではないので我慢した。


 まあいずれにせよ、最優先で「魔法」の練習、あとユスラが本当に回復したかを見届けるということで、この日のイベントは終わりという雰囲気だった。集落の人がでかい鍋などを持ってきてくれて、薄味だが滋味のあるポトフっぽいものと、パンだった。美味い。そんでほんとに親切な人たち。いいところ。

 

 ただ、すき焼きとは遠いねえ。そんで野菜が見慣れねえ〜。むしろマンドラゴラが一番知ってたまである(あれはほぼ人参であった)。パンはありがたいが、そうかあ、パン食ですかあという感じだ。すき焼き単独だと別に米はいらんが、米も食いたいなあ。とりあえず魔法の練習と、すき焼きの具材についての情報収集をこれから始めて行こう。今からが俺の異世界ライフの真のはじまりだぜ。

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