第5話 事情を説明したい。
これで安心してすき焼きを食べたがれるってもんよ!
と思ったが、そうもいかなくて、それはまあそうなんだよね。俺、ヒエンくんではないからね。
「……というわけで、マンドラゴラの採取に失敗して、一命は取り留めたんだが、記憶がすっぽりなくなってしまったみたいなんだ。だから今からお兄ちゃんのことは、体が大きくて口の達者な幼稚園児だと思って欲しい」
結構内心では迷ったんだが、どっちか決めないといけないだろうと思ったので、こっちで通すことにした。まあ、「記憶喪失の兄」と「謎の人物が憑依した見た目だけ兄」だったら絶対前者の方がいいよねと思って。記憶喪失で通せればそこまで破綻はないだろうし。
「ヨーチエン……?」
秒で破綻してたわ。記憶を喪失していてどうやらこの世界にない語彙を使うことってあるわけないだろ。
「口が達者で体が大きい子供だと思って欲しい」
「うーん……なんか、すごい
ということでどうにか誤魔化し、とにかく現状を確認することにした。俺としてはこの集落で飼っている牧畜(特に牛と鶏)や野菜(特に春菊)、あと入手可能な調味料(醤油と砂糖)を知りたいところであったが、まあ、自分の記憶が致命的に損なわれている時にそこにいきなり突っ走るのは流石に怪しすぎるかと思ってやめておいた。同じ轍を踏むのはやめよう。トラックに轢かれているだけに。がはは。
俺(というかヒエンくん)とユスラは、なんと兄妹二人だけで暮らしていたらしい。捨て子か迷子かは分からないが、幼少期に二人だけで彷徨っているところをこの集落の住民に保護された。基本的にこのあたりは平和で、植生も豊かで、住民の気性も穏やかなので、しばらくはあちこちの家に居候して過ごしていたが、もう多分成人と言っていいだろう年齢になっても親は迎えに来ず、まあ、ここの集落で暮らしたら? という話になって、居を構え、ここに落ち着いていたらしい。それで平和に暮らしていたが、つい先日、魔獣が街近くに現れ、近くにいた住民を守るためにユスラが大魔法をぶちかましてしまったそうだ(落雷を呼び寄せたらしい)。さっきも聞いたが、魔力というのは幸運の具現化みたいなもので、だから、魔力さえあれば「寒くて乾燥したところにいたけど運良くコロナウイルスとかライノウイルスの空気中の濃度が低かったため風邪症状に繋がらなかった」みたいなことの最上位版を維持できるわけだが、それが働かなくなると、これまでそもそも病気にあんまなってないわけだから、免疫力も低く、日和見感染に近い状態になって、ものすごく体調を崩す。魔力そのものを他人に融通するとか、自分の魔力で他人の身体を弄ろうとするのはものすごく難しいことらしくて、結局魔力が回復するのを待つしかないが、自分の魔力は自分の魔力で自然回復量が決まっているし、自然回復した範囲の魔力は致死を回避するので精一杯だしで、かなり問題になることがしばしばあって、これは「魔力欠乏症」という名前で既知であった。で、ヒエンくんはマンドラゴラが近くにあること自体は知っていて、とにかくそれを取りに行こうと集落を飛び出した……ということらしい。犬とかを連れていけば良かったろうに。焦っていたのであろうか。それともそもそも犬とかがあんまいないのであろうか……。下手に口出しするとアレだし、つうかこれ「俺」の話だしで、黙って聞いてたが、とにかくそういう感じだったということだ。
サンとウカは、こことは別の集落で育った幼馴染で、別に集落での生活に何か不満があるでもないが、生来の気質が好奇心旺盛で、「冒険者」を目指して旅をしていたらしい。その旅の途中で俺を見つけたということで、いやだからさあ。これかなりレアケースの見つかりかたですよね?? 普通に蘇生後野垂れ死にルートかなりあったよね??? まあしょうがないけど。所詮私は時宜を逃したネジにすぎないのでありますからね。
まあ大体わかって、談笑ムードになって、サンとウカもこの雰囲気だとこの家で一泊してって貰うって感じになりそうだし、なんかこう、お祝いの晩餐で、ここは一つすき焼きなんてどうですかね? と思って、俺はおそるおそる切り出した。
「そのー、俺たちっていうのは、えーっと、まず、肉って良く食べるんだったっけ?」
そういうと、しばしの沈黙の後、サンが答える。
「肉っていうのは魔獣の肉のこと? それはあまり食べないね。魚の肉は結構食べるけど。というより、どさくさに紛れて忘れていたけれど、ヒエンくん、君、『魔法』のことをすっかり忘れているんだよね?」
「そういえばそうでした」
「それってかなり危ないと思うよ。ユスラさんも『魔法』の使いすぎでこうなったわけだし。見たところ大丈夫そうだけど、『垂れ流し』になってたら危ないから、まずは『魔法』のことを思い出すのが先決だと思う」
確かに完全におっしゃる通りである。「魔法」の使い方がわからぬまま、矢鱈にラッキーを引き寄せまくって、そんで魔力欠乏症に陥ってはことだ。それはわかるんだけど、俺は全然危機感を覚えていなかった。
だって今、「魔獣の肉? ですか? はあ??」って感じだったよね!! ってことは牛なんているはずもないよね!!!! じゃあ牛肉・鶏卵・春菊・豆腐・ネギ・できればキノコ類・醤油・砂糖が全部揃ったラッキー集落に当たってないってことだよね!!!!! なあ。なあて。おい。聞いてんのか?
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