第2話 自分が何者か知りたい。

 ああすき焼きが食べたいなあと思いながら目覚めて、今までの一連の体験は夢だったか? と思ったが、残念ながら全然違いそうというのは、まず、冬じゃない。道民からすると初夏くらいのぽかぽか陽気で、で真っ昼間。森の中といった風情である。そこで俺は意識を取り戻した。


 というのは完全に独力で取り戻したわけではなさそうで、なんか、俺の介抱しているような存在があった。その一人は、目を開けたら目の前に顔があって、それがまあだから、俺らで言うところのエルフみたいな、真っ白い肌で、金髪で、大きな目をした、多分女性と思われる人物だった。ドラゴンクエストでいうところの「ぬののふく」っぽい服を着ている。俺の体を支えてくれているのも、同じ人種の、こちらも美形だが、なんとなくすこーしは節々がごつごつしていて、ああ男性かなあと思われる人物だった。こっちは「かわのよろい」っぽい服を着ている。ここまでぼんやりと認識して、なんかもしかして俺ぁ勘違いしていたのか? とようやっと気づいた。


 つまり、だから、一個前のところで書いたように、俺は地球の、なんなら日本のどっかに「蘇る」と思ってたのよ。全然ちゃうやんけ。ここ多分地球ではないよね? 異世界くないですか? マジ? だったらなんかチート能力とかよこしておいてよね〜。と思うが、まあでも燃えるゴミの翌日に出たネジにチート能力なんて与えようとも思わんよなあと思い直して、はぁーと深いため息をついて、「そういうことかあ〜」と言った。


 すると、俺をじぃっと見ていた女性の方が、「あ、目を覚ましたね」と言う。男性の方が俺を助け起こしてくれる。体がふらつくとかそういうこともなく、ピンピンと立ち上がって、俺は「あの、ありがとうございました」ととりあえず礼を言う。男性が、「いやいや、お礼を言われるようなことは何もしていないよ」と言う。とにかく俺がぶっ倒れていたので、近寄って、生きてるか死んでるか検分しようかという当たりで、俺がもぞもぞと動き出して、なんか間抜けな呟きをした後、目覚めたのだと言う。で、これはまあチートなのだろうかと思うが、何を言ってるかはめっちゃわかるし、自分も喋れる。ただ、これは後で思ったんだが、「この人」の脳を使って思考しているわけで、だから大半の部分はリユースなんですよ。記憶のネットワークおよび性格・気質に深く関与する部分だけ書き換えて、あとはそのまま使ってねってことにする。なんかそういう処置がなされた気がしますよ僕ぁ。まあなんでもいいんだが。


 とにかくこの男性も女性も俺とは初対面らしくてそれは良かった。男性はサン、女性はウカと名乗った。俺はちょっと迷ったが、「実は、自分の名前もどこに住んでいたかも全く思い出せずに途方に暮れている」と言うことにした。それを聞くと、ウカは「そりゃあそうだろうね」と言ってうんうんと頷いた。なんで? そんなに記憶喪失そうな言動があった?


「ううん。そうじゃあなくて、あなたが手に持っているそれ」

 とウカは俺の右手を指差した。それで気づいたが、なんかを俺は握り続けている。右手を持ち上げてそれを見てみると、「足とか手の形に見える人参 Lv.100」みたいな不気味な物体を持っていた。俺はなんとなく知ってるよこういう植物。

「マンドラゴラ?」

「そうだね。良く生きていたと思うよ。耳栓のおかげなのかな」

 耳栓? と耳に手をやるが何もない。サンが地面を指差すと、濡れて固めてある布が2つ落ちていた。なるほど。つまり、この体の持ち主は、「耳栓を入れればいけるはず」と思ってマンドラゴラを引き抜いて、で失敗して死んでしまったということか。それは「イレギュラー」じゃないんかい。すき焼き死の方がなんぼかレギュラーっぽくないか? と思うが、まあ、とにかく話は分かった。

「これ……俺はなんでこんな無理してまでマンドラゴラが必要だったんだろう」

 サンとウカと俺は顔を見合わせたが、俺がわかんないんだったらわかるわけもない。自分の格好をしげしげと見直すと、肩にかけられるようにした小さな布の鞄しか持っていなかったようである。ってことは(この世界の人間の体力などについて理解してないところもあるので確実ではないものの)、まあまあまあまあ近所に自宅、または自宅を含む集落があるだろう。流石にそういうところの文化性は一致しているよね? ここまで姿形が似てるんだもんね? ね? と祈るように思いながら、その推測を言うと、サンは「確かに君の言うとおりだね。僕たちが来た道とは反対側にも道らしきものがある。それを辿っていったら、君の住む集落にたどり着くんじゃあないかな」と言ってくれて、あーめっちゃ外してなくて良かったと安心しつつ、一緒に道っぽいところを歩く。どうもところどころ、この文化圏の人だとわかるような「目印」があるらしく、サンは目ざとくそれを見つけては先導切って歩いてくれる。これさあ、単に俺一人で蘇ってたらその時点で詰んでないか? なあ? と思いつつ、おそらく地元民なのに旅人の後をへいこら着いていって、ちょっと疲れたかなあ、水とか飲みたいよお、ってくらい歩いて日も傾きかけたところで、無事に「集落」に辿り着いたのであった。


 そこの人たちが口々に、「ヒエン、無事だったのね!」「さあ早く、ユスラのところに!」とか言うので、多分俺はヒエンという名称の個体で(ついなんか宇宙人的な物言いをしてしまった)、そんでユスラのためにこのマンドラゴラを採ってきたということになろうか。となるとユスラってワンチャン妻説ある? それはなんというか、ちょっと気まずすぎるぞ。病気の母親、なんなら祖母であれ!! と思ったら、寝具に横たわった、明らかに年若い女性がいた。やばい。若い。そういえば俺自分自身がどういう個体か認識してないが、これどうだ? 妻? と思ったら、ユスラは

「にいさん……良く無事で……」と言った。


  っぶね〜〜〜〜〜〜! 妹!! まあセーフ! いや気まずくはあるが!!


 つか、俺は自分のことばっかりで、ヒエンくんの冥福を祈ってやれてないし、なんだったら周りの人はヒエンくんは生きてると思っているから誰もこれまでのヒエンくんのことを思いもしないのだ。それは結構マジで申し訳ないな。いつかはもしかしたらこの「真実」を伝えねばならんのかもしれないが、とりあえず、今はこのマンドラゴラをどうにかして、ユスラをなんとかしなければならない。なんとなく行きがかり上着いてきてくれたサンとウカに俺は言った。



「それで……ここからどうしたらいいでしょうか」と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る