食ひてしがな物語
雅島貢@107kg
第1話 すきやきが食べたい。
すきやきが、食べたい。
クリスマスの夜突然そう思って俺は街に飛び出した。今年の札幌は例年より雪深く、例年より寒いと思っていたが、その日は日中、クリスマスの熱気であろうか、何やら暖かく、がために路上は一旦融けた雪が再び凍ってツルッツルの氷になっており、慌てふためいて駆け出した俺は案の定すっ転んで車道に転げてしまい、見事トラックに轢殺されてしまったのであった。これは完全に俺が悪いので、トラックの運ちゃんが処罰されるなどは最低限であって欲しく、あと、ストーブつけっぱなしで出てきてしまったが消してくりゃあ良かったなぁ……というのが俺の現世最期の思考であったように思う。痛いとか苦しいとかではなくて良かったなあと思う。
次に目を覚ましたのは、みなさんが想像するところの「天界」みたいなところで、目の前にはこれまたみなさんが想像するところの女神様がいて、「あなたの死はイレギュラーのやつです」的なことを言った。
「普通、イレギュラーのやつって、なんか子供を助けようとしたとかで発生するんじゃないですか?」
「じゃあ逆に聞きますが、『子供を助けようと思ってトラックの前に飛び出す』のと、『突然すきやきが食べたくなってトラックの前に飛びだす』の、どっちが低確率だと思います?」
「ぐう」
確かにな。子供が轢かれそうになってたら、まあまあの人がつい体が動いてしまうように思うが(筋金入りの不良が動いてしまったぐらいだ)、すきやき食いたさのあまり足元がおぼつかなくなって車道に飛び出すのは、かなりレアケースだ。俺だってそこそこ長く生きてきて、そんな夜ははじめてだったのだ。ギリ、ぐうの音しか出すことができなかった。
でまあそこはとにかく受け入れて、よくよく話を聞けば、「イレギュラーにはイレギュラーの対応する」ということであった。年末なのでゴミの粉砕所が閉まっているみたいなことなんだと理解した。人格とか魂とかそのように呼ばれるものは、通常の手続きだと破砕をして
それで、別のところにこんだ、こちらは予定通り「中身」が失われたが、「容器」はかなりピンピンしているものがあるので、そこに入れますよと。「容器」はちょっと継ぎものくらいはするので、新品まっさらとはいかないが、まあ作動に不具合はなかろうから、そっちの方で天寿を全うするといいですよとこう言うわけ。
まあ個人的には、「自己」というものとその「自己」を取り巻く社会関係に一定程度の愛着があるわけだから、それを丸ごと喪いますよというのはちょっと気に食わないところではある。さらに、「容器」側の人にももちろんそれを取り巻くなにがしの関係があったわけで、それを簒奪するようなことになるのもなんかちょっと申し訳ない。うーむ、なんだかなあ、と思ってると、女神的な何かはじぃ……っと俺の方を見つめたかと思うと、こう言った。
「燃やせないゴミの日がちょうど昨日だったんです。次の収集は来月なの。でも、私が職場に向かう途中で区域が変わるから、その区域では明日が燃やせないゴミの収集日なのね。そしてその燃やせないゴミというのは、ネジみたいなサイズだから、その区域でもう出ているゴミ袋に入れることも可能だと思うわけ。このネジを来月まで取っておくのも、来月まで取っておいて5リットルの袋にわざわざ入れて出すのも大変でしょう? さりとて、燃やすゴミとかプラごみとかに入れて出すのはゴミ収集の人にも迷惑をかけそうでしょう?」
そらまあそうで、この場合、ちょっとマナー違反感はあるが、早朝とかにこっそり人んちのゴミ袋にネジをまぎれこませるのが最も丸いような気がする。もっとも正しくはない。もっとも正しいのは正規の時まで待って、正規の手段でゴミを出すことだ。それは分かってるが、それを選ぶほど善だけに振って人は生きられないような気もする。ということは、すなわち。
「僕がそのネジだと」
そう言うと、女神的な何かは嫣然一笑して、「そ」と言った。
そこから先はよく覚えていない。多分、そっと手の中に包まれて、別の区域のゴミ袋に入れられたということなのだろう。黙って「そう」できただろうに、少しは説明したのは超越的存在にも良心めいたものがあるのだろうが、だったらもうちょいちゃんと説明しておいて欲しかったよなというのも正直なところである。
なぜなら俺は、すき焼きの「す」の字もない、異世界に転生させられてしまったからである。そう言うことなら早く言ってよね。
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