第11話:作戦会議_2


 「なんとあの女性を再度見かけました!」

「えええー!! 本当に!?」

「本当だよ! ちょっとね、ちょっと? ううん、結構ビックリした! いきなりまた会えるとは思ってなかったから」

「そ、それで……?」

「……良い報告なのか悪い報告なのかわかんないんだけどさ。……聞きたい?」

「そこまで言ったなら教えて……!」

「だよね」

「だ、誰なの……? どこの会社なの……?」

「……蒼飛さんとね、同じだったよ」


(――あぁ、そうか。そうなのか――)


 私は言葉に詰まってしまった。薄々そうなんじゃないか、とは思っていた。とくに根拠はなくて、勘というやつだ。


「詳しく聞いても良いのかな」

「あんまり詳しい話もないけどね。その日も仕事で行ったわけ。で、その前……えーっと、その女性をビルで見かけた次のときね。そのときは各階の会社をメモしていったのよ。どの階にどの会社が入ってるのかなー? って」

「うん」

「蒼飛さんの会社、五階でしょ? 女性を見たのは前回はビルの入口らへんだったから、全然どの階から来たのかわからなかったんだけど」

「うん」

「今回は終業時間までそっちにいる予定だったから直帰するし、こっそりビルに残ったの。営業の子には一緒に駅まで……って言われたんだけど、お腹痛いし忘れ物しちゃったから先行っててって嘘吐いちゃった」

「な、なんかごめん」

「え? 全然良いんだよ? でね、五階のトイレを使わせてもらって、そのまま非常階段のところで電話するフリして待ってたのよ。出てこないかなって」

「そしたら、もしかして?」

「そう、そのもしかして! 一緒に蒼飛さんと出てきたのよ! 五階の部屋から! これって、同じ会社ってことだよね?」

「……そ、それは同じ会社ってこと……だと思う……」


 一気に脱力した。同じ会社のこと、あんなに親しそうにデリカコーナーを見に行くなんて、普通じゃない。お昼どきならまだわかる。場所にもよるが。ただお昼ご飯を会社の人と一緒に買いに来ただけなのなら。夜にデリカコーナーを見るのなら、それは夜ご飯になって、しかも家で食べるということになる。あお君の家には私がいる。そうなると、その女性の家で。


(……ま、まだだよね! まだ確定じゃないよね! だ、だって、女性の夜ご飯を見て、帰っただけって可能性……は……。ある、のかな……。帰り、遅かったもんな……)


 怪しさしかない。浮気と決めつけるのには早いが、かといってそうじゃないとも言い切れない。私は怖かった。浮気と確定してしまうことが。もし浮気をしていなかったら、それは冤罪と一緒だ。そうなってしまうのが怖いのだ。違ったときの、そのときの信頼回復の仕方を、私は知らない。


「それで、はい、これ――」


 ヴーヴヴ。ヴーヴヴ。


 私のスマホが鳴っている。


「一緒に出てきた瞬間。上手く撮れたんじゃない? 素人にしては」


 目の前にいるサトコから届いたメッセージを開くと、そこには一枚の写真が添付されていた。あのときのように。


「……本当だ。一緒に出てきてる、ね」


 距離が離れていたからズームにしたのだろう。輪郭はぼやけている。だが、やはりここに映っているのはあお君だった。他の人の手足なのだろうか、それもぼんやりと写っている。ちょうど部屋から出てきたところだった。


「長い時間はカメラ向けられないじゃん? 完全に不審者だもん。カメラモードにして持ってたのは正解だったみたい」

「……すごいね、探偵みたい」

「まぁ、会社から一緒に出てきただけじゃ、浮気の証拠にはならないけどね。定時だろうし。出るタイミングが一緒になったから、駅までふたりで歩いていきましたー……とょか、別に可笑しくもなんともないじゃん?」

「……だよね」

「でも、ここは私の仕事ですよ。尾行しました」

「えぇっ!?」

「さすがに駅までが限界だったけど。私変装もなにもしてないじゃん? もし蒼飛さんが私の顔覚えてたら、言い訳できる範囲でしか移動できないなって思って」

「う、ううん! 十分だよ!」

「それじゃ、二枚目と三枚目」


 ヴーヴヴ。ヴーヴヴ。


 またスマホが鳴る。今度は二枚の写真が添付されていた。


「私探偵になろうかな?」


 一枚目は、ふたり並んで歩く後姿が映っていた。服装であお君と件の女性ということがわかる。とくにこの男性側の後ろ姿。間違いなくあお君だ。二枚目は――。


「これ……」

「ね。これはちょっとね。証拠になりそうじゃない?」


 ふたりが腕を組んで歩いている。周りは明るいから、どこか建物の中だろう。女性の顔は見えない。だが、雰囲気は損なっていない。


「駅だよ。会社の最寄り駅」

「……私の見間違いかな……」

「……目の前でこの光景を見ていた私からすると、見間違いじゃないと思うよ?」

「やっぱそうだよね」


 サトコの話の通りならば、会社からこの駅に向かったことになる。あいだでお酒を飲んだわけでも、体調を崩したわけでもない。そんな話は今、サトコから聞いていない。


「一応聞くけど……。これって、駅までのあいだにお酒飲んだとか、どっちでも良いんだけど体調が悪い素振りみせるとか、そういうのはなかったんだよね?」

「介抱してた……ってこと? ないよ。ないない。時間見て? ……あれ、送った写真って、撮ったときの時間なんだっけ? 送った時間なんだっけ?」

「わかんない」

「ええっと、私のほう見れば良いか。……はい、最初の写真と、この写真と……この写真」


 見せてくれた写真のプロパティを見る限り、確かに会社から出て駅まで歩く程度の時間しかないようだった。


「全然体調は悪そうじゃなかったし。どっちもね」

「じゃあもう確定……?」

「うーん……。限りなく黒に近いグレー……って感じ?」


 はぁぁ、と大きく溜め息を吐いてしまった。こうなってしまっては、もう浮気相手が誰なのか突き止めるしかない。まだ名前はわからないが、あお君と同じ会社ならば知る術がまったくないわけでもない。あお君の会社は、毎月社内報を発行している。そこに、毎年年度初めは新入社員の集合写真と名前が掲載されるのだ。事前に掲載しても良いかどうかの打診が入るらしいが、会社のものとなると断る人は少ないらしい。そして、あお君はこの社内報を一年経ったら捨てているが、この年度初めの社内報は残している。新入社員の名前と顔を覚えるために。

 件の女性は若く見える。私よりも年下のはずだ。それなら、あお君よりも年下で、今我が家に残っている社内報にいる可能性が高い。年上だったら社内報は家にないし、中途採用であればそもそも写真を撮らないから載らない。


「……どうする? ここからさらに調べるの?」

「うーん……せめて名前は知りたいかな……」

「そうだよね」

「せめて、女性の家に行っているだとか、どこかにデートで行っているだとか、そういうのがわかると良いんだけど」

「私も追いかけられないからなぁ……。探偵にでも頼んでみる?」

「……めちゃくちゃお金かかりそう」

「それはわかる」

「頼むにしても、確実にふたりが会社以外で会う日じゃないと証拠撮れなさそうだよね。何日も会うかどうかわからないのに張り付いてもらえないよね」

「稼働する日数? 時間? ぶんお金がかかるんだっけ? それだと、最初から日付がわかってるほうが良いよね。じゃないとお金だけかかりそう」

「支払いにも限界出ちゃいそうだし……」

「うーん。そうだなぁ……。なにか良い方法があれば良いんだけど」

「いつ会うかわかってたら、私が尾行しちゃうんだけどね」

「バレない!? それ」

「バレるかもしれない」

「まずは女性が誰なのか確定させようよ。で、そこから作戦会議」

「……そうだね。下手に動いて証拠隠されてもいけないし」


 協力してくれたサトコには感謝しかない。女性がどこの会社か突き止めるだけでなく、こんなふうに写真まで撮ってくれるなんて。私ひとりではできなかっただろう。これで少し話は進んだ。まだ私の身の振りかたは考えていないが、このままいくならば、もう決まったも同然だろう。


「家に帰ってから、また落ち着いて考えてみるね」

「うん、そうしなよ。……蒼飛さん、今帰り早いんだよね? 邪魔されない?」

「大丈夫だと思う。ふたりで一緒にいるのって、ご飯食べるときと寝るときくらいだから。とくに帰りも遅い日が多かったからさ。趣味部屋に籠ったり、テレビ見たり長風呂したり自由にしてるよ」

「それなら気にしなくても良いのかな」

「多分ね? ……うん、よし、次はサトコの話!」

「え、私?」


 追加されたジンジャエールを飲み干すと、私はサトコへ話題を振った。

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