第12話:作戦会議_3
私の話ばかりしていては、どうもネガティブな話になってしまう。今はそれで頭がいっぱいになってしまった。もっと他の話もしたいのに、そればかり頭に浮かんでしまう。
「サトコ、前に結婚秒読みかもって話してたじゃん? 幸せのおすそ分けをいただきたいんですけど?」
「あー……んー……」
「……え、私なんか地雷踏んじゃった?」
明らかにサトコの態度がおかしい。
「……実は、それなんだけど」
「うん」
「結婚の話、なくなるかも……」
「えぇっ!? 婚約したんじゃないの!?」
「ハッキリ婚約してたわけじゃないんだ。私はその、そのつもりでいたんだけどね」
「な、なんで……? 別れるの?」
「『結婚したいね』って話はしてたんだけどね。私はもうそのつもりだったんだけど、彼はそうじゃなかったって言うか……。そのうちできたら良いねくらいのニュアンスで、全然今の話じゃなかったんだよ」
「えぇ……そうだったんだ……」
「それにちょっと、すれ違いも多くてさ。私も子どもほしいなって思うし、やり直すなら今しかないのかもって。匂わせてたのがいけなかったのかな……。でも、そういう話しないと結婚ってできないと思ってるし。負担にならないように、できるだけ黙ってたつもりなんだけど」
「なにか、手伝えることある?」
「あははっ、ありがと! でも、今は大丈夫。シオは自分のことに集中して?」
気遣われてしまった。私のためにサトコは写真を撮ってくれたのだから、私にもできることがあるのならばしたい。
「なんか、結構良い彼氏さんだと思ってたんだけどね? てっきり、このまま結婚すると思ってた」
「私も最初は思ってたよ? まわりで結婚する子も増えたし、子ども産んでる子もチラホラ出てきてさ。無性に羨ましくなっちゃうときがあるんだよね。どのおうちも旦那さんと仲が良くて、幸せそうで『自分も絶対そうなるんだ』って思ってたのに」
かける言葉が見当たらない。その『どのおうち』の中に私の家庭も入っていたのだろうか。なんて、余計なことを考えてしまう。
「あーあ、私も結婚したいなぁ」
「……サトコなら、別れてもすぐに良い人が見つかりそうだと思うけどね? 今の彼氏以外に、誰か良さそうな人いないの?」
別に、今付き合っている人と必ずしも結婚しなければならないわけではない。自分が結婚したくても相手にその気がなければ上手くいかないだろうし、もちろんその逆も然りだ。結婚は我慢が必要だとどこかで聞いた気もするが、結婚する前から我慢をしていてはその先が思いやられる。
「仲が良い男性はいるんだけどね。そっちにいこうかな」
「友達の状態で仲がいいなら、付き合ってもそのままの関係でいられるんじゃないかな?」
「だよね? 今の彼氏はさ、マッチングアプリで知り合って、そのまま付き合ったの。すぐだったし、やり取りしてた中では一番良かったし、話も合ったから大丈夫と思ったんだけどなぁ」
「その仲の良い友達のほうは、マッチングアプリじゃないの?」
「違うよ。前からの友達なの。だから、それなりにお互いの性格とかわかってると思うんだよね。喋ってるとやっぱり楽しいし、たまーにケンカするときもあるけど、日にちが経てば元に戻るし。一緒に出かけるのももちろん楽しいしさ。……はぁ、なんか話してたら、もう別れたくなってきた、今の彼と」
「今は別れ話までは行ってないの?」
「はっきりとはまだ、ね。でもギクシャクしてると思う。だって、ねぇ……」
「あぁ、わかるよ……」
「歩み寄れないかもって思ったら、もう付き合ったころほどの気持ちがなくなっちゃってさ。話し合わないといけないんだろうけど、その気力もどっかに行っちゃった」
サトコがグラスに刺さったストローで、勢いよく中の液体をかき混ぜている。シュワシュワと泡立ちながら回るそれは、私のグラスの中身と一緒だ。辛口のジンジャエール。消えてもすぐに戻る気泡が、私のあお君に対する気持ちとどこか似ているかもしれない――。なんて、そんなことをぼんやりと思った。
「……なんか湿っぽくなっちゃった?」
「え? 別にそんなことないよ?」
「私の話は良いのよ! 結婚してないからさ、ちゃんとした婚約もしてないし。だからさ、別れるのってお互いがムキにならない限り難しいものじゃないのよ。シオのほうが大変じゃない? 物自体は紙切れ一枚とはいえ、そこにサインするまでどうなるのかわからないし」
「まだ離婚すると決まったわけじゃないけど、考えないといけないよね……」
「青天の霹靂! ってなるよりかは、多少頭に入れといたほうが良いんじゃない?」
「だよね、そうする」
こんな話ができるのも、サトコしかいない。あまり大勢に相談するような内容でもないし、だからと言ってひとりでため込むには荷が重い。サトコも彼氏と別れようとしているなら、お互い相談相手としてちょうど良いのではないだろうか。
「あ、ねぇ、シオって蒼飛さんのスマホ見たりしてるの?」
「……見てない、まだ」
「まだってことは見る予定あり?」
「んんんー……スマホは最終手段に持って行きたいかな……。もし見て真っ黒だったら、その瞬間どうして良いかわからなくなりそうなんだよね。で、メチャクチャ問い詰めちゃいそうだし。もっとこう、冷静に話し合いをしたいというか。……正直、見るのが怖い気持ちも大きいけど」
「私もさ、前に元彼浮気してたって言ったじゃん? 覚えてる?」
「うん、今の彼氏の前の彼氏だよね?」
「そうそう。そのときに、なんで浮気が発覚したかって、スマホ見たからなのよ」
「堂々と見たの? それとも、こっそり?」
「ありきたりっちゃあありきたりかも? 向こうが先に寝てたんだけど、相手のスマホが鳴って、視界に入った画面にメッセージの最初がチラッと映っててさ。そこに『来週楽しみ! 大好き!』みたいなことが書いてあったんだよね。もうさ、はぁ!? ってなっちゃって」
「そりゃあそうなるね……」
「だからさ、そーっと元彼の指紋でロック解除して、見られる範囲で見たわけよ、メッセージのやりとり。もう黒も真っ黒、漆黒の闇って感じよ! その場で叩き起こして、家から追い出したもんね」
「強い」
「あとからしつこかったからさ、その場ではやっぱり頭に血が上っちゃって、勢いで対応しちゃったけど、もう少し上手くやればよかったかなって思うよ。だから、シオも私みたいな行動はとらないほうが良いと思う」
「……経験者の言葉は重みが違うね」
「そうだよ? 目的もいろいろあるじゃん? 慰謝料ほしいとか、相手と別れさせて再構築したいとか、離婚できればいいとか」
「それによって行動も考えないといけないよね」
「そうそう! ……シオはさ、多分離婚になったとしても、すぐに良い人見つかると思うよ? 今はさ、昔ほど離婚しても世間体とか気にしないと思うし、まだ子どももいないから再出発しやすいと思うし」
「ありがとう」
「さっ、まだまだ時間もあるし、美味しいものいっぱい食べよ!」
「うん!」
嫌なことを吐き出したら、私の気持ちはいくらか軽くなっていた。気持ちはずっとブレブレで、それでもあの最初の写真を見た時と比べたら、落ち着いてきたのではと自分では思っていた。でも実際は違った。本当にあお君が浮気しているのかどうかも、私自身離婚したいのかどうかも、なにも確立されていない。たかだか一か月という時間だけでは、そんなものなのだろうか。
ここのところ、浮気のことばかり考えていて気分は落ち込んでいるし、またあの、優しくないあお君になってしまったらと思うと気が気ではない。
「そういえば、その仲の良い人の写真ないの? ちょっと見てみたいかも」
「写真? んー……ないなぁ」
「写真嫌いな人?」
「あんまり一緒に写真撮るとか、考えたことなかった。ひとりでは撮らせてくれないし」
「好きじゃなさそうだね、写真撮るの」
「かもね。でも今度、お願いしてみようかな? 待ち受けにはできないけど、なんかちょっと言われたら写真ほしくなってきちゃった」
「撮れたら見せて!」
「上手く撮れたらね?」
なんだか、その仲の良い男性の話をしているときのサトコはとても楽しそうに見えた。その姿を見て、なんだか私も嬉しくなった。
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