十円ゲームセンター

第2話

　階段のカベには、見たことも聞いたこともないゲームのポスターがびっしりと貼られていた。

　ゲームで起こった出来事が本当に起きる『本物人生ゲーム』

　最新テクノロジーで、アイドルライブを最前列で体験できるリズムゲーム『イノセント☆アイドル　ＭＲ』

　超リアル！　その体験は本物になる！　これが新世紀のサッカーゲーム！『スーパーリアルサッカー』

　どれも知らないゲームだけど、どれもめちゃくちゃ楽しそうだ。涼太とルリは、わくわくしながら、どこまでもつづく長い長い階段を下りていく。

　五分くらいたっただろうか。ようやくついたその先には自動ドアがあった。ドアの奥からはピコピコとにぎやかな音が聞こえてきて、ピカピカと楽しげな光が漏れ出していた。

　涼太は、ゴクリとツバをのみこむと、ルリの手をひいて自動ドアの前に立つ。

　———ウイーン

　自動ドアが静かに開くと、ブラウン管のモニターがびっしりと置かれた、ずいぶんと古めかしいゲームセンターだった。部屋は暗く、モニターの光がぼんやりと部屋を明るくしている。

　そして、その奥に、ひときわ目立つ、大きなゲームマシンがある。『ソウルメダリオン』の続編だ！

「いらっしゃいませ！　おおきに」

　涼太とルリがふりかえると、目の前にメイド服を着たお姉さんがいた。がまぐち型のポシェットを肩からさげていて、胸まである明るい茶色い髪の毛をした、とっても美人なお姉さんだ。

　その瞳はアーモンドのような形をしていて、その目を、細く、細ぉくして、ニコニコと笑っている。

「ここは、十円ゲームセンターや。ゲームを遊んでストレス解消をせえへん？」

「本当に、どのゲームも十円なの？　『ソウルメダリオン』の続編も？」

「モチロンや。メダルゲームは、そこのメダル交換期をつこうてください」

　そこには見慣れたメダル交換期があった。すごい！　たった十円で、三百枚のメダルと交換できるなんて！

　涼太は、喜んでハーフパンツの右ポケットから、買い物の十円玉を取り出して、メダル交換期に入れた。

　すると、メダルのカップが落ちてきて、

　———ジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラ‼︎

　と、カップ一杯にメダルが落ちてきた。

　涼太は、メダルカップを持って、ルリが先に座っている『ソウルメダリオン』の続編の台に一緒に座る。

　へえ、これが『ソウルメダリオン』の続編か。ゲームマシンには、『ソウルメダリオン・リボーン』と格好いいロゴが刻まれている。

　よくみると、いつも遊んでいる『ソウルメダリオン』とところどころ変わっている。一番大きな変更点は、メダルゲームの中心にいる赤色のドラゴンだ。まるで生きているように、とんでもなくリアルで、おもわず圧倒されてしまう。

　涼太とルリは、大喜びでメダルゲームを始めた。

　『ソウルメダリオン・リボーン』の基本的なルールは、『ソウルメダリオン』とおんなじだ。

　フィールドにメダルを落として、メダルと一緒に入っているソウルボールを落下させると、ドラゴン討伐にチャレンジできる。

　涼太とルリが座った席には、今にも落っこちそうなソウルボールがあって、そのボールは、メダルを数枚落としただけで、すぐさま落下した。

『ギャオオオオ‼︎』

　赤いドラゴンが大きな口を開けて叫び声をあげる。すごい！　今にも襲ってきそううだ！

「お兄ちゃん、こわいよ！」

「大丈夫だよ、ルリ！　勇気をだしてドラゴンをやっつけるんだ！」

　このゲームは、ゲームをプレイしている人みんなでドラゴンを倒すゲームだ。ゲームに参加している人みんなで協力して、ドラゴンの体力を少しずつ減らしていく。そうして、最後のトドメをさした人だけが、メダルを総取りできるシステムだ。

　今、『ソウルメダリオン・リボーン』を遊んでいるのは、涼太とルリのふたりだけ。そしてドラゴンはもう体力がほとんどなくなっている。

　チャンスだ！

「ルリ、ありったけのメダルをドラゴンにぶつけるんだ」

「うん！」

『ギャオオオオ‼︎』

　ドラゴンは、ふたりのメダル攻撃を浴びて苦しんでいる。そして首を大きくあげて、のどもとにある、キラキラと光る弱点をむき出しにした。

「ルリ、あのキラキラをねらうんだ！」

「わかった！！」

『ギャオオオォォォォォォォォォォォォ……』

　ドラゴンは、弱点に大量のメダルをぶつけられて、断末魔をあげると、そのままばたりと倒れて動かなくなった。

『ドラゴン撃破！　ジャックポットボーナス！』

　盛大なファンファーレが鳴ると、ドラゴンは大量のメダルに変化して、ジャラジャラと崩れ去っていく。さすが最新作、みたこともない、大迫力の演出だ。

「やったね、お兄ちゃん！」

　ルリは、大喜びで、ジャラジャラと落ちてくるメダルに目を輝かしている。

　涼太も大興奮だ。

　ああ、何て楽しいんだ。もっと、もっと遊びたい。でも……。

　涼太は、壁にかかっている時計を見た。もう五時を回っている。ママが仕事から帰ってくる時間だ。なごりおしいけど、一旦終了しよう。

　このゲームセンターは、家からすぐの場所にあるんだ。メダルを預ければいつでも遊びにこれるじゃないか。

　涼太とルリは、大量のメダルをせっせとメダルカップに入れていく。

　それに気がついたメイド姿のお姉さんが、大きなケースを持ってきて、メダルを運ぶのを手伝ってくれた。お姉さんはメダルの預かり機を操作しながら、ニコニコとした笑顔で話しかけてくる。

「楽しかった？」

「はい。とっても！」

「ドラゴンは、ちょっと怖かったけど、おもしろかったよ」

　涼太とルリは笑顔で堪えた。

「ほんま？　楽しんでもらって良かったわぁ」

　ルリの答えに、お姉さんは、アーモンドの形の瞳をニコニコと細めて、ルリの頭をなでると、預かり機を確認した。

「はい。二千五百五十五枚やね。確かに預かりました。このメダルはいつでも引き落とせるさかい、困ったことがあったらお気軽にお声がけください」

　ん？　困ったことがあったら引き落とせる？

　何を言っているんだろう。ゲームのメダルは、ゲームセンターでしかつかえない。それも、同じゲームセンターでしか使えないのが常識だ。

　ちょっと、何言ってるかわからない。

「あ、お帰りはあちらのエレベーターを使ってください。階段をのぼるの、大変や思うんで」

　涼太は、ルリと手をつないで、メイド姿のお姉さんに案内されたエレベーターの中に入った。それは、不思議なエレベーターだった。ボタンがないのだ。階数を選ぶボタンも、開閉ボタンもどこにもない。

　不思議に思った涼太がメイド姿のお姉さんに声をかけようとすると、

「本日は、めっちゃおおきに！」

　メイドのお姉さんは頭を下げて、そのままエレベーターは閉じてしまった。

　涼太とルリの乗ったエレベーターは、ギシギシと音を鳴らしながら、ゆっくりと上昇していき、一分ほどすると、音もなく開いた。

　そこは、雑居ビルの裏口だった。

　涼太が振り返ると、エレベーターの入り口は跡形もなく消えていた。

　不思議に思った涼太は、表通りに出る。

　あれ？　置いてあったはずの十円ゲームセンターの看板がなくなっている。それどころか、十円ゲームセンターに入るための下り階段も消えていた。

　そんなあ！　せっかくドラゴンを倒して、大量のメダルをゲットできたのに！

　涼太はガッカリしながら、ルリと手をつないで家へと帰っていった。