何かが始まる最初のちょっとした出来事
第37話
西日が名残惜しそうに校舎や廊下や机を茜色に染めていく。
校門を彩る緑の銀杏並木が沈む太陽の軌跡のようだ。
綺麗。
「あれ?西野まだいるの?」
振り向くと眩しさに顔をしかめながら隣のクラスの荻野くんが教室を覗き込んでいる。
お昼休み会ったばかりなのにまた会うなんて、今日は荻野くんフィーバーだ。
普通なら隣のクラスの男子なんて部活か委員会が一緒でない限り知り合うこともない。
のに、あたしが荻野くんを知ってるのは親友のおかげ?だ。
今日のお昼休みの一幕を思い出してちょっと笑ってしまう。
「なんだよー?なんか俺の顔ヘン?」
照れくさそうに頬に手をやりながら長身を屈めて近づいてくる。
「ごめん、思い出し笑い。
これは先生に頼まれてた雑用」
「あぁ、今日のカルピスアイス事件?
本当あの二人面白いよなぁ」
彼の影が手元のプリントに重なって、距離の近さに心臓が落ち着かない。
あたしの親友と彼の親友を間に挟み、ある意味あたし達は同志だから。
なんとなく心を許せると言うか、信頼感がある。
「ほんと有坂くんて梓には過保護よね。予想通りの反応なんだもの」
ドキドキが聞こえないように、プリントをチェックしてる振りして彼の話題にのった。
「荻野くんは部活休み?」
「そう。でもウズウズして部活の奴らと中庭でボール蹴ってたら結構遅くなっちゃった」
前の席に陣取るとこちらを向いて手元を覗き込む荻野くん。
ひゃぁ〜〜〜近い近い近い!
周りからは「大人っぽい」だの「クールビューティー」だの言われるが、情けないことに男性との交流は数えるほどしかない。
思わず仰け反ると、顔を上げた彼と視線がぶつかった。
荻野くんの瞳が夕日に照らされ鮮やかに煌めく。
彼の手が伸びて。
あたしの髪を一筋掬い。
「西野の髪、陽の光に透き通ってて綺麗」
そう呟いた瞬間、世界が全く違うものになる。
頭のてっぺんからつま先まで真っ赤に染まるあたし。
「……あ、ありがと……」
「!!!!
ごめっ…俺すげー変なこと言ったよね?
ちょ、あんまり綺麗だから見とれてぼーっとしてて…って、何言ってんだ俺!」
「ううん、色薄いのコンプレックスだったから、嬉しい。ありがと。」
小さい頃から染めてるだろうってからかわれて、でも切ると負けたみたいで嫌で、ずっと伸ばしてたから。
思わず笑みが零れる。
自分の言葉に慌てていた荻野くんがなぜかピタッと動かなくなった。
「あぁもうピンポイントすぎだろコレ…」
ごにょごにょ言いながら目元を覆い深いため息をつく。
夕日に照らされて耳まで茜色だ。
「…?」
「いや、なんでもないこっちの話!
…んで、西野の雑用は終わりそう?」
実は荻野くんが来る前にほぼ終わってたので、素直に頷く。
「じゃあさ、親友カップル(予定)のキューピッド同士、交流のためになんか食いに行かない?
俺サッカーで腹減ったー」
屈託ない爽やかな笑顔にドキドキしながらも頷くあたし。
「あれからあいつ、全然授業聞かずにずっとニヤニヤしててさ…ーーーーー」
あたし達は
幼馴染の親友で、
親友同士友達で、
友達からのその先はまだまだ始まったばかりだ。
〈scene end〉
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