全部ちょうだい
第34話
とある放課後。
夕日が名残惜しそうに居残り、まだ外は明るい。
珍しく教室に残る悪友の姿を見つけ近づく俺、本庄大地。
俺の気配に気づき、悪友•四堂は読んでいた文庫本から顔を上げた。
「どうした?
いつになく真剣な顔をして」
いつだって今だって四堂の眼差しはまっすぐだ。
「いや…その…」
近寄ったのはいいが、何から話せばいいか全く考えてなくて。
俺はごにょごにょと口ごもる。
「ははっ。
言い淀むなんて珍しいな。
お前らしくないが、吉瀬のこととなるとまた別か。」
微笑みながら切り込んでくる我らが生徒会長は、なんでもお見通しらしい。
俺は四堂の前の席に座り、深いため息をついた。
「環が。」
「うん?」
「最近全然知らないヤツに見える」
「ほうほう」
縁側でお茶を飲むおじいさんのような相槌に、俺は相談の人選ミスを後悔しかける。
「なんでもお分かりの四堂生徒会長様はこんな気持ち味わったことなんてねーんだろうけどな」
俺の拗ねた呟きに、
「いや、そんなことはないぞ?」
と四堂は黒い笑顔で首を傾げた。
「今の大地は、
『さっきの移動教室で使う教材を大地が代りに持ってやったときにはにかんで笑った吉瀬の顔に目が離せなくなったり、
普段見慣れてるはずなのに白くて眩しいうなじに触りたくてたまらないこととか、
吉瀬が他の男と仲良く話してると無性に腹が立って、わざと無理難題を言って怒ったり困ったり顔を赤らめたりする吉瀬の顔が他のどの女性よりも愛おしくみえて、
もっと苛めてみたくてゾクゾクする自分に戸惑いを隠せない』
といったところだろう?」
ぶっ!!!
「しじょっ!
お、おま、お前全部見て…!!!」
思い当たることだらけの言葉に一気に赤面する俺。
「はっはっは、大当たりか。」
のんびり笑う四堂。
そこまで四堂とつるんでねーのに、なんでそんなに正確に言い当てられるんだよ!
「本当にお前イヤな奴だな…」
恨みがましい視線を向けると、四堂は意外にも穏やかな表情を浮かべた。
「いや…
以前私も体験したから分かる、というだけだ。」
机の上に広げた手の平をぼんやりと見つめる四堂の瞳が色を変える。
甘く優しく愛おしむ瞳。
まるで小さな彼女を手の平でそっと包み込んでいるような。
四堂ってこんな顔できたのか。
悪友の、馴染みのない柔らかい微笑みにつられて、次の言葉がするりと零れた。
「…そんときどうした?
戸惑ったり、すげー嫌な男になったり、そんとき四堂はどうしたんだ?」
「私か?
全部言ったよ。
他の誰よりも可愛いくて、
彼女の全部を知りたくてくだらないちょっかいばかり出してしまって、
他の男に嫉妬して自分がコントロールできなくて、
そんな自分に笑ってしまうほど君が愛しい、と。」
どちらかというと静かに淡々と紡がれる言葉。
なのに、四堂の強い想いに目が眩みそうだ。
「…俺、今すげー惚気られてる?」
肩を竦め苦笑すると、四堂もつられて笑う。
「それはこっちの台詞だ。
さっきのは憶測でしかなかったからな。
大地にそこまで想われて、吉瀬は幸せ者だ。」
「んなっ…?!」
だぁっ!!憶測だとぉ?
環への気待ちを自分から暴露してしまったミスに恥ずかし過ぎて憤死しそうだ。
四堂のやつ、カマかけやがったな…。
顔が熱い。
「…男がそんなこと言うの、女々しくねぇ?」
「多少の女々しさは『可愛い』に変換されるようだから、安心して行ってこい。」
俺の最後の足掻きも、意地悪く笑う四堂にあっさりいなされる。
それも、彼女に言われたのだろうか?
180センチを越えるこのでかぶつが『可愛い』とか全く理解できないけど、彼女はそうでもないらしい。
「へいへい。
じゃあ、行ってくるわ」
背中を押され立ち上がる俺。
教室の扉に手をかけたところで後ろから声が掛かる。
「あ、大地?」
「ん?」
「味見するなら、体育館への渡り廊下裏がいいぞ?」
人目に付きにくくて、声が多少漏れても部活の音で紛れるからな、と真面目な顔で勧める四堂。
お前…絶対そこで彼女といちゃこらしただろっ!!
さっきまで純情さはどこへやら、しれっとこういうことを言ってくるからこいつは面白い。
思わず吹き出して、
「譲ってくれてさんきゅ。
ありがたく使わせてもらうわ」
と四堂を教室に残し、向かうは音楽予備室だ。
さて。
『可愛い』ってヤツ、してくるか。
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