薄灯りの自転車置場
第31話
あー疲れた…
ヘトヘトになるまで酷使した身体に、部活用のバッグが肩に食い込む。
部室の鍵を顧問の先生に渡し、「気をつけて帰れよー」という声を背中で聞きながら、暗いが近道である裏口に向かう。
毎回思うけど、練習後のボール拭き&鍵閉め当番は、部員みんなでやればもっと早く帰れるんじゃないの?
あたしは、疲労困憊の頭で勝手な悪態をついた。
頬を撫でる春の夜風は、少しひんやりする。
風邪引きそう…早く帰ろう。
「っくしゅっ‼︎」
夜の闇に響いたくしゃみに、急ぎかけた足がギクっと止まる。
誰かいる⁈
先生…?生徒はこの時間ほとんど帰ってるし…まさか…
変質者というキーワードに身体が強張る。
「おぅ」
次の瞬間、慣れた声が頭の上から降ってきて、あたしは安心して思わずた悪態をつく。
「もー何よ‼︎なんでそんな暗いとこに立ってんの!ビックリしたじゃんか‼︎」
「そうか?」
「そうだよ‼︎って、男子もいま終わり?」
「おぅ」
一年生でレギュラーって、練習大変なんだろうなぁ…。
校舎の明かりでうっすら見える幼馴染の表情はけろっとしてるが、運動部の中でも群を抜いた練習量で有名な部活だ。
血を吐いた先輩もいるらしいという友人の噂話を聞いたとき、真っ先にこの顔を思い出して青ざめた。
「そっちは?」
左隣で歩き出した彼が問う。
「ん。当番。」
「そっか。よく頑張った」
頭のてっぺんにぽむぽむと慣れた手のひらの感触がする。
へへへ、とにやけた。
頑張ったことを認めてくれことが嬉しかった。
それから、2人で並んであるきながら、来月の中間試験が早くも危ういと愚痴ったり、今でもハードなのに夏になったら脱水で死ぬかもしれないと脅し合ったり、今日のドラマの俳優の話をしながら、あっという間に我が家に到着する。
手前の家があたしの家、その奥が彼の家だ。
もうかれこれ13年のお付き合い。
見上げるように彼を見やると、うなづき、
「また明日」
と隣の家の門扉を開き入ってゆく。
「ただいまーお母さん夕飯なにー?」
閉まりかけた隣の家の玄関から能天気な声が聞こえる。
あいつ、相当腹減ってんだな。
帰り道でも、一日三食じゃ足りなくなってきたどうしよう太るでもお腹すいたを15分ほどループしてたのを思い出す。
少しくらい太ったからってあんまり変わんねえのに。
「お帰りー」
と父親が柔和な笑みでキッチンから顔を出す。
うちの家の場合、料理担当は親父である。
ただいまと声をかけて、先に着替えようと二階の自室への階段を登ろうとすると、
「またこの近くで変質者が出たんだってね。回覧板で回ってきたよー。
春になると変な輩が増えるから…姫ちゃんに気をつけるように言っといてね。」
と真面目な顔つきで声をかけられる。
親父は小さい頃からあいつのことを「姫ちゃん」って呼んで、自分の娘みたいに可愛がってるから余計に心配なんだろう。
でも、知ってる。だから、待ってたんだし。
無言で見かえすと、
「はいはい。こっそり部活終わりの姫ちゃんを待ってるナイトくんには余計なお世話でしたー」
うひひひひ、とふざけた笑いと共にキッチンに引っ込んで行った。
…ワザとだな、絶対アレ。
春の夜は穏やかに過ぎていく。
〈scene end〉
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