地下室の鍵盤

第29話

ダウンライト一つ、柔らかくピアノを照らしている。

昔のバラードの音色が部屋にはらはら降り注いでいく。

高い天井を見上げながらソファに寝転がり、彼の音色に深く沈み込んでいく瞬間がすごく好きだ。

身体中が透き通ってピアノの音色でいっぱいになる気がする。



耳が音楽に溢れて、彼が自分を呼んでることに気づくのに暫くかかった。

「…、ほ、茉歩聞こえてる?」

「……聞こえ、る」

暫く喋らなったせいか、口がうまく回らない。

「茉歩の沈み込み方半端ないんだもの。こっちがはらはらしちゃう。」

全く焦っていない、のんびりした声で鍵盤の上を滑る手を止めると、あたしの頭の方に座る。

彼が座った分だけ、頭がソファに沈み込む。

音色がやみ、残念だなと思う。

「いまなんじ?」

「もうすぐ7時。外は真っ暗だよ。」

7時。学校から帰ってまっすぐにここに来て、二時間どっぷり彼の音色に浸かっていたことになる。


帰らなきゃ。

誰もいないあの家へ。

誰もいないなら、あたしの帰る場所はあの家なんだろうか?

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