第28話

「帰ったら着替えてそっちの家に行くから。歌英さんは仕事か?」

「ううん、今日はお休みだから家にいるよ。久しぶりに元に会えるんだから、きっとテンション上がると思う」

歌英さんとはお母さんの名前だ。

小さい頃から家族ぐるみの付き合いだったのでお互いの両親と子供同士も仲が良く、昔からお母さんは「早く元くんウチの息子にならないかしらね〜♪」というのが口癖だ。

一人娘としては、ちょっとジェラシー。

元はズボンのポケットに携帯をしまいながら、

「ご無沙汰してるし、きちんと挨拶しなきゃだな」

と妙に真面目に呟いた。

「…前から思ってたんだけど、元ってウチのお母さんにはすごく丁寧だよね。娘にはこんな雑な扱いなのにさー」

「あぁ?…まぁ歌英さんにはいろいろ世話になってるし」

さも当然という態度が腹立たしい。

「それって、小さい頃ウチでよく夕飯食べたこと?ワンダーランドとか一緒に連れて行ったこと?」

昔のイベント関連の写真にはいつもあたしの隣には元がいる。そんな昔のことをまだ恩義に感じているんだろうか。

食い下がるあたしの勢いに目を丸くしながらも、意地悪い笑みを浮かべる元。

「それもあるけど…それだけじゃない。でも都には秘密」

「な、何よそれ秘密ってーーーーー!」

嫉妬心を見透かされたような気がして頬が熱くなる。

元のくせに元のくせに元のくせにー!

「いいもん!お母さんに教えてもらうんだから!」

覚悟しとけ!

「はいはい、分かったから。ほら、家着いたぞ。15分後には行くから準備しとけよ」

あたしの言葉なぞ歯牙にもかけず、幼馴染は顎で家に入るように示す。

くぅーーーーー!その余裕しゃくしゃくな態度がイラつく!何が何でもお母さんに聞き出してやるんだから!!

「わかってるよーだっ!!じゃあね!!」

あたしは道を挟んで右側を、元は左側の門扉を開きそれぞれの家のドアをくぐる。

力任せにドアを閉めたとき、目を細めて笑う元が見えた気がした。




「ぷくく…ホント面白えな。あいつ」

暗く冷えた玄関に自分の独り言が落ちる。

自分の母親と幼馴染が仲がいいのがむかつくとか、どんだけ子供なんだよ。

まぁ、冷蔵庫にあるシュークリームでも持って行けばコロッと笑顔になるだろ。

昔から都は変わらない。素直で、飾らなくて、嬉しいも楽しいも悲しいも、全部出してくる。

それにどれだけ自分が救われてるのか、話したところで都は理解できず、ぽけーとこちらを見つめるだけだろうが。

『…元。都とずっと一緒にいればいい。

心を出せない自分を恥じることも虐めることもないんだよ。元はそのままの元で都の隣にいればいいの。母親のあたしが許可するんだからさーいししし!』

そう言って向日葵のような笑顔いっぱいで抱きしめてくれたあの日の歌英さんが脳裏に浮かんだ。

幼い自分の悩みを受け止め笑い飛ばしてくれた人。

そりゃあ言葉遣いも態度も丁寧になるってもんだ。

しかも都の隣にいられるお墨付きまでくれた。

欲しくて欲しくて勝手に諦めて自暴自棄になって、それでも諦めきれなくて苦しむくらい大切で。

そんな想いを、歌英さんは見抜いていたんだ。

感謝しかねえよな。

幼い記憶につられて、するりと今年の春の会話が蘇る。

『元いいの?違う高校で』

『高校違っても変わらないから』

この気持ちは変わらない。だからいい。

『そう…いししし!元は一途だねー!』

あのときと同じように笑う歌英さん。

そう、変わらない。

でもな、今は人並みに健全な高校男子だからな。会えない高校生活の中で、恋愛発生フラグでしかないイベントがあるって聞けばそりゃあもうイラつくし、都の手を取って踊る架空の相手にも嫉妬もする。

これからの数日間、文字通り手取り足取り都に触れることができるチャンスを逃すわけないじゃないか。

お手をどうぞお姫様。

虎視眈々と自分を食べようとしている王子の前に、何にも気付かず手を差し出すお姫様が隣の家にいる。


俺はほくそ笑むと、第一回目のラッキーチャンスを実現すべく自分の部屋に向かうのだった。


〈scene end〉

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