下校

薄紅の欠片ひとひら

第26話

四月の暖かな陽の光に、榊原 翼は詰襟のホックを外して息をつく。

始業式を終え、大して変わりばえのしない三年のクラスの顔ぶれを眺めて今日は終了だった。


カラオケに繰り出す級友の誘いを断り、翼はゆっくりと川沿いの遊歩道に向かう。

新しい季節に胸が高鳴る少女の頬のような薄紅色の桜の木々。

桜並木がトンネルのように続くこの遊歩道はこの時期とても華やかだ。



ねーえー翼ってば!

アイス何味にする??あたし翼が何買うか聞いてから決める〜♪



柔らかな風に揺れる花弁の音が、幼馴染である宮原 希の声を浮かび上がらせる。

花見と称して近くのコンビニでアイスを買い、水面が薄紅色に染まる川べりを二人で歩くのが毎年のことだった。

毎年毎年飽きもせず、翼のアイスをもらうこと前提な台詞に『ブタになるよ』とからかっていた。


いいのっ!

毎年一年に一回な特別な日なんだから!

ぷいと頬を膨らませ、わざと歩調をずらす希。

年上と思えないほど拗ねた仕草が可愛い。桜けぶる向こう側に君の笑顔を想う。


「希、今年もコンビニ寄って…」

と後ろを振り返りかけて我に返る翼。



『あたしがいないからって四月からの登下校で泣かないでよねー』

卒業式の日に言われた、からかい混じりの明るい声が耳元に蘇る。



そっか。

いない。

もう、いないんだ。



いつの間に去年の記憶をなぞっていたのだろう。

ふくれっ面の希が朧のように消えてしまい、目を瞬く翼。

振り返った先にあるのは満開の桜だけ。




いなくなって初めて痛感する。

小学生と中学生の違い、そんなもの比じゃないくらい中学生と高校生には差がある。

桜並木の向こうに彼女はいない。

彼女は今年から高校一年生、翼とは違う学び舎に通うのだから登下校が一緒になることはもうない。


一歳の差がこんなにも遠い。




来年も桜はきっと咲くだろう。

でも、桜がその蕾を綻ばせた年月だけ彼女は遠くなっていく。


自分で近づかない限り。



「離れられるなんて、思わないでよね」



そっと呟く。

鈍い彼女のことだ。

幼馴染の中坊から告白されてもきっと冗談だと笑い飛ばされるか、想いを受け止めきれなくて即座に断るのは目に見えている。

この一年間は彼女の男関係に注意を払いながら大人しく受験勉強に勤しんだ方がいいだろう。

ただ、今までのように希のそばにいられない日々を思うと今からぞっとした。

こんな苦しい想い、一年間という期間限定でもなければとてもじゃないがやってられない。



来年、絶対希が通う高校に行く。



強い決心とともに再び歩き出す翼。

まずは彼女が通う宝良高校の偏差値でも確認しようか。




翼の背中を押すように、さやさやと舞い散る薄紅色の欠片。

その花びらはきりりと美しく、苦いーーーー。


〈scene end〉

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