道の始まり

第24話

あっという間に高校3年目の師走が通り過ぎ、新年を迎えて自由登校となった教室はそこだけが切り取られたように静かだ。

外では重たい雪があらゆるものを白く塗り隠している。

俺は窓から見える白い景色に帰宅するのをさっさと諦め、進路指導室を出ると自分の教室に向かった。

『期待してるからな本庄!

このままいけば我が校初の医大進学だ。両親もさぞ喜ばれるな!』

うるさい。うるさい。うるさい。

お前らの期待を背負うなんて真っ平ゴメンだ。

じわじわと擦り寄る暗い腕に寒気がする。

このまま白い世界に閉じ籠り独りになりたかった。

3-Eのすりガラス窓を覗くと、小柄な影が見える。

あの影形はもしや。

ガラガラガラッ!

「環、お前こんなとこで何やってんだよ?!」

教室の影に声をかけると、トレードマークのポニーテールがひょこんと揺れた。

「あー大(だい)ちゃん、あけましておめでとう〜」

腐れ縁で幼馴染である吉瀬 環がひらひら手を振っている。

このタイミングで環の顔は見たくなかった。

俺は進路指導室でのイライラを消化することができずに、語気が強くなる。

「お前こんな雪の日に学校来るとか信じらんねえ。教室冷えるのに何やってたんだよ?」

「ん〜新年の目標作り?」

「はっ?!バカか?

お前念願の音大推薦取れたんだから、家でぬくぬくしとけっての」

「いいのっ!

ここだと捗るんだもの。

今年の目標はー

今年は大学で新しい友達増えて♪

音楽堂で吹奏楽部のOBやみんなとコンサートして♪

あ、ウィーンへの短期留学もしたいなぁ〜♫」

卒業後のサクセスストーリーというか、環の理想が胸焼けするほどてんこ盛りだ。

能天気な様子にイライラする。

「相変わらず、むちゃくちゃな空想してんのな」

意識しないと舌打ちをしてしまいそうだ。

「え〜、だって」

俺の反応がつまらなかったのか、唇を尖らせる環。

ちっちっち、と持っているペンを目の前で振ると、

「イメージするのはタダ!!!」

そう言い放ち、にししと満面の笑みを浮かべる。

そうだった…こいつ、こういうヤツだった。

小さい頃から好き勝手言って、なぜか大人も友達もそれにのせられ、最後には環の思い通り、いやそれ以上の結果が出るのだ。

昔からそれがすごく不満で。

環は好きなことばっかりしてるのに、俺ばっかり、なんで家業の医者を継ぐために勉強ばっかりしなきゃいけないのかって彼女を羨んだ。

幼馴染として一番近くにいながら、俺は密かに環のそういう自由なところがすごく嫌いだった。

好きなことをして、たくさんの友人から愛される彼女に俺は必要ないだろうとも思う。

だから、今目の前で鼻歌を歌いながらノートにごちゃごちゃ書いている環を傷付けてやりたくて。

「卒業したらお前とやっと離れられる。本当せいせいするわ」

と呟いた。

第一志望しかない進路予定表の白さが脳裏に翻る。

手が止まり、ガバッと机から上げる環。

その顔は幽霊でも見たような顔をしている。

「やだっ!」

「…やだじゃねーよ」

目の前の能天気な顔が一気にぐしゃぐしゃになる。

「やだぁっ!やだやだやだ!!

なん、で…急に、そんなこと、言うのよ…」

環の瞳からぽたぽたと涙の粒が生まれては零れ落ちる。

んだよ、これ。

狙った通りのはずなのに、環の泣き顔が胸を衝く。

「やだ…やだよぅ…

だい、ちゃんがいなきゃ…他に誰が、環の隣に…っふ…いてくれるのよぅ…」

「他に」

いくらでもいるだろう、という言葉が浮かんで消えた。

生徒会長で悪友である四堂の、

『大地お前、環の安全装置な自覚持てよ。あいつ危なかしくって見れたものじゃない』

というため息まじりな声がこだまする。

隣にいる環をいつも遠くに感じて。

地上から楽しげに空を舞う鳥を見上げるばかりだったけど。

もしかすると、自由ということは不安もあるのだろうか。

大空を愛する鳥も、安心できる宿り木がなくては自由に飛び回れないのだろうか。

四堂が言ってた『安全装置』って、こういうことか…?

腹括れ、俺。

俺は息を吸い込んで環を見すえる。

「環。お前俺がお前から離れるの嫌か?」

「…?…ゔん」

「ずっと一緒がいいか?」

「…ゔん、一緒がいい」

間髪入れずに答える環に脱力感すら覚える。

「はぁー…分かった。

さっきのなし、忘れろ」

素直な環の言葉が小憎らしく、また嬉しかった。

自分の未来に新しい道の始まりが生まれるのを感じる。

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