それはただ
第23話
相変わらず綺麗な字書くよなー。
昼休み後の、なんとなく浮ついた雰囲気の学校で、よく通る声ときれいな板書の授業が続く。
教壇に立つのは教師になる前からよく知っている彼で。
小田原 和、通称『かずくん』だ。
かずくんて、今年何歳だっけ…?
少し長めの前髪が白い肌に映え、高校生の自分とあまり変わらないように見える。
しかし、僕が高校受験を乗り越えられたのは、目の前で今まさに化学の授業をしている若手イケメンホープNo.1教師が付きっきりで勉強をみてくれたからなのだ。
うちの母親たっての依頼だったとはいえ、生活サイクルがまるで違う六つ下の幼馴染のガキに勉強を教えるのはしんどかったに違いない。
まぁ、そのお陰で今の高校ライフがあるのだから、かずくんには足を向けて寝れないけどね。
でも、まさか生徒と先生という立場で同じ時間を過ごすことになるとは、受験時には想像もしてなかった。
そういえば、かずくんて勉強見てくれるときっていつも眼鏡してたっけ。
眼鏡の奥の長いまつげが色っぽくて、なんかちょっとドキドキするんだよね…。
そんなことを考えながらぼんやり見つめているとかずくんと目が合った。
ん?
『キョウカショ、モンダイ』
かずくんが口パクでさりげなく教科書を指し、ようやく僕は周りのクラスメイトが問題を解こうとうんうん唸っていることに気付く。
やっば!!!
慌てて教科書に目を落とすがもう遅い。
こっそりかずくんを見ると、教科書で顔を隠しながらもこっちを見つめ微笑している。
柔らかな眼差しに、なぜか胸の奥が熱くなる。
かずくん、その笑顔反則…!
頬が紅く染まるのがはっきり分かる。
恥ずかしくて、こんな顔見られたくなくて、全く頭に入ってこない問題文をひたすら目で追ううちに、授業が再開され解答用紙が配られる。
解けたの解けないのと喧騒が広がるクラスの雰囲気に、ホッとする。
用紙を後ろに送ると、
「椎名、お前顔赤いけど大丈夫か?」
と僕の後ろの席に座っている、親友の高柳 善が声をかけてくる。
いまそこ一番突っ込まれたくないんだけど!
顔の赤い僕を熱があるのではと心配するいいヤツだ。
だが。
さっきまで彼の想い人を褒めた僕に「やらねー」とか言って噛みつかんばかりの勢いだったくせに…今そんな気遣いするんじゃない!
「あはは、大丈〜夫!
それより問題解けたの?
うわっ、相変わらず几帳面なノートだねぇー」
彼の気遣いをぶっ飛ばし、おどけて話題を変える僕。
訝しげにこっちを見つめる善。
お前…その気遣い彼女に使え!
そもそも、向こうに恋愛感情がないとかさっき言ってたけど、バカじゃないの!
ふとした瞬間に彼女の視線がコイツの背中を追っていたり、小さな身体を精一杯伸ばして隣で話してるときのとびきりの笑顔に何故気付かないのか、七不思議としか言いようがない。
ニヤニヤしながら見てるのが楽しいから教えてやらないけど。
「それならいいけど…無理すんなよ?」
「うん、ありがと」
にっこり微笑んで気持ちだけいただいておく。
その後は普段よりは多少真面目に授業を受けて、じりじりしながらチャイムを待つ。
キーンコーンカーンコーン…
おっし!
待ちに待った部活の時間である。
ガターーーーン!
「善!先行く!」
「おい椎名!ちょ、待てって!」
待ったないよーだ。
僕は日直の終礼の掛け声も終わらぬうちにカバンを掴み、教室の後ろのドアへと走る。
そこに、
「椎名くん!」
「ふぁいっ!」
教壇側のドアから突然かずくんに呼び止められ、思わず背筋が伸びる。
やばっ、授業中ぼんやりしてたの注意される?!
廊下で二人向き合う形になり、首を竦めた僕に、
「部活がんばれっ!!!」
廊下に響き渡る大きな声で、昔から変わらない僕に最高のパワーをくれる笑顔が咲いた。
瞬間、心の中から強い思いが湧いてきて。
受験日当日緊張でガチガチだった僕がなぜ普段以上の自分を出せたのか、その理由を教えてくれる。
でも、当の本人は思った以上に大きな声が出てしまったことに口元を覆い耳まで真っ赤だ。
そんなかずくんが可愛くて、笑いながら、
「うん!見ててね!」
と頷いた。
弾む心の勢いに任せ、2段飛ばしで階段を駆け下りる。
「か、階段は走らない〜〜〜!」
と背中のずっと後ろで慌てた声が聞こえた気もするけど、聞いちゃいられない。
全身からとめどないパワーが溢れて止まらない。
今日も僕は元気だ。
高校生活は順風満帆で、空は青く清々しい。
それはただ、貴方が笑うから。
〈scene end〉
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