第6話 本来のルートでは?

 「———すみません、もう終わりで大丈夫です」

「は、はぁ……ん、ええっ!? や、やめるんですか!?」


 普通に溜飲が下がったのと、シンプルに戦うのに飽きた俺がそう告げれば、開始の合図をした審判代わりの試験監督の女性が驚いた様子で声を上げる。

 心底勿体ないと言いたいらしいが、もう十分目立っているので、俺は迷わず頷いた。


「そうっす、やめます。もう十分なんで。てかこれ以上ここでやっても、総試験監督は本気を出せそうにないですし」


 そう言って俺は、肩で激しく息をしつつ、所々を真っ赤に腫らした総試験監督ことオズワルトを一瞥すれば。


「ふ、ふざけるな……ッ! わ、私をここまで馬鹿にして許されるとでも……ッ!!」


 既に魔力が殆ど尽きているにも関わらず、無理矢理捻り出して魔法を発動。

 今までよりも小さく、更に僅かに歪んだ魔法陣から飛び出してきたのは、何の変哲もない『ファイアボール』だった。

 それはプロ野球の投球速度と同じくらいで飛来するが。


「や、その状態じゃ無理ですよ。俺は魔力も大して使ってないですけど、総試験監督は魔力も体力も使い果たしてるじゃないですか」


 俺はそう指摘しながら炎を握り潰す。

 ファイアボールは爆発するも、結局俺の身体に傷一つ与えることも叶わなかった。


「ほら、これで分かったでしょ? もうこれ以上やっても無駄なのが」

「……クソッ…………降参だ」


 ギリッと唇を噛んで俺を睨みつつ、白旗をあげるオズワルト。

 正直とても降参した人には見えないが、まぁ分別がある程度付く人で良かった。



「しょ、勝者———キョータ・ヤソラ!!」

「「「「「ぉおおおおおおおお!!」」」」」



 女性の言葉と共に、観客達の歓声が上がる。

 誰もが俺を褒め称え、尊敬の念を向けていた。


 ……フフッ、フフフフフフ……やべぇ、ちょー癖になりそう……!!

 今度から履歴書の好きな所の欄に『人に褒め称えられること』って書こうかなぁ!


 俺は歓声の中で思いっ切り調子に乗りつつ、武舞台から降りたのだった。









「…………え、えぇ……?」


 そう、私———サーラこと夢原沙羅ゆめはらさらは困惑の声を上げる。

 理由は言うまでもなく、目の前で緩んだ頬を隠そうともせずニマニマと笑顔を浮かべている受験生———キョータ・ヤソラの存在だ。


 そもそもの話、私はこのゲームをプレイするのが初めてじゃない。

 VRゲームなのでリアルなのはもちろん、それでも納得できないくらいにNPCがリアルでナチュラルなことで有名なこのゲームは、それなりの人口が遊んでいる。

 もちろんその流れに乗って何度かこのゲーム『Another World Life』通称『アナライ』をプレイしたことある私は、ある程度のストーリーは把握していた。



 ———はずなのだが……。



「だ、誰なんだろうあの人……?」


 まだゲームの初期の初期、チュートリアル兼序章でしかない入学試験で、早速謎の人物に出会ってしまった。


 そもそもこの序章では、試験監督を相手に戦いの基礎を学ぶチュートリアル要素が大きい。

 戦いの他に、基本的な操作も一緒に習え、本来なら試験監督に勝った数少ない受験生として主人公である私は他のメインキャラと共に注目を浴びるはずなのだ。


 ところが———その役目は全てキョータ・ヤソラに奪われた。

 正確に言えば、注目を奪ったどころか、今まで誰一人としてチュートリアルでは戦えなかった総試験監督であるオズワルトと、こうも簡単に戦った上にあっさり勝っているのである。

 流石におかしいと思って、先程パパッとネットを漁ってみたが……生憎キョータ・ヤソラという人物については一切書かれていなかった。


 つまりは全くの謎。

 完全に初見のキャラである。

 まぁゲーマーの端くれである私からすれば、それだけで十分燃える要素なのだが。


 しかし、不気味なことには変わりない。


 この世界は異世界を元に創られたゲーム。

 名前は全部西洋チックなはずで、オズワルトやノアたんことエレノアーレの名前を見るだけでなんとなく分かるだろう。


 しかしながら、キョータ・ヤソラは完全に日本人の名前だ。

 漢字にしたら、矢空響太……と言った所だろうか。

 何とも日本人っぽいが……運営が作った隠しルートなのだろうか?

 まぁとにかく———。




「……まずは様子見かなぁ……」



 

 私はノアたんの美しい御顔を見ながら、静観を貫くことを決めた。


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