第9話 奴、襲来

 須川くんが椅子から立ち上がって、椅子を直す音が聞こえる。


「――じゃあな」


 ぶっきらぼうにそう言い残して、教室から出ていく須川くんの背中を見送った。

 そして、チラっと久保さん達を見て、私は須川くんが何を言いたかったのか分かった気がした。


 うわっ……それ、面倒くさ過ぎるって!

 頭が痛くなってきた。


 須川くんじゃないけど、私も机に突っ伏したくなる。

 でも、ここに長居はしたくないから、私もさっさと帰ろう。

 依然と私に突き刺さる視線を無視するように教室を出た。


 私が廊下に出たタイミングで、隣の教室の扉がガラリと開いて、自然と視線がそこに向かう。

 中から出てきたのは、瀬尾春斗くんだった。


 普段は誰がとか気にしないけど、何だかハルくんに絡まれると疲れそうだし。

 俯いて顔を隠し、スルーして横を通り過ぎようとしたけど、逃してはくれなかった。


「あっ、えと……そーだ、そーだ『無愛 想』さんっ!」


 私に向かって声をかけてきた。 

 しかも、その呼び方。

 全然、そーだ、そーだじゃないし。

 

 顔をあげて、軽く瀬尾くんの顔を睨んでから、応答せずにスタスタと歩いていく事にした。


「ちょっと、ちょっと。ひでーな。無視?」


 瀬尾くんは、笑いながらそう言って、私の横に並んできた。


「無視?してないよ。『無愛さん』って誰?」


 素っ気なく言葉を吐き出すと、悪びれる事もなく


 「オレ、名前しらねーもん。ちゃんと呼ぶからさ……教えてよ」


 まぁ、瀬尾くんの言葉はもっともだけど、別に絡みたくもない人に名前を教えるのもなぁ……。

 でも、どうせ分かるだろうし。


「美佳……村瀬美佳」


 歩きながら、名前を教える。

 そう――愛想も無く、『よろしく』とかの言葉も無く単に名前だけを。


「ん。ありがと。じゃあ村瀬美佳さん。樹と何かあったの?」


『で、何か用事?』って、突き放したかったけど、その前にいきなり本題とも言える質問が飛んできて、突き放すタイミングを失ってしまった。


『瀬尾くんには関係ないでしょ』

なんて事も言って突き放す事もまだ可能だっただろうけど、須川くんの友達だし。


『関係なくないじゃん』

とか言ってくるのは目に見えていたから、小さく溜息をついた。


 帰り際に須川くんから『可愛い過ぎるから』って、言われた言葉が脳裏によぎってしまうけど、そこは言わない事にする。


「べつにたいした事じゃないよ。球技大会の男女混合メンバーに私を勝手にいれてきただけ」


 淡々とした口調でそう言うと、瀬尾くんが意外な反応を示した。


「えっ?マジで?……樹がバスケを?」


**************

次回かその次あたりに、須川くんの過去の話の予定です。

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