◇第8話 魔の水妖日

 ◇




 刀印を結び、水妖の女の子の匂いを辿る。


 俺は、ハッとした。

 ……近いぞ?


 「あれ?艦長。もうまもなくここに来るッスよ」


 ほどなくして水妖の女の子は、海辺の皇国神殿の沖にふらりと現れ、一同はほっと胸を撫で下ろした。


 しかし、ギョッとした。

 三日前にはふっくらしていた二股のヒレは見る影もなくやせ細り、赤黒い痣がいくつも見られた。

 

 刻まれたような跡こそないが、血肉をごっそり抜かれたような様相だ。


 大勢のナースさんがどやどやと駆けつけて、彼女の元へと集まった。

 レイのはみるみる真っ青になり、身体は小刻みに震えた。

 

 「レイ?」


 呼吸は荒く、頬は冷たかった。

 無理もない。あの子はホンの三日前に一緒に過ごした仲なのだ。

 レイの身体はみるみる小さくなり、人の姿に戻っていった。細い身体が美しい外套の中にスルスルと収まっていく。


 「シオン。レイを連れて先に帰りなさい」

 「艦長室で待機」

 『帰りは?』

 「呼笛か魔法封書。または誰かに乗せてもらうよ」

 『わかった。モクも戻る?』


 シオンは、俺の言葉を待っていた。

 奥からは、水妖たちのしくしくと泣く声が聞こえた。


 「ヘイトくん。竜給仕ウェイター少年。年の近いお前たちのほうが話しやすいだろう。話を聞いてきなさい」


 イジュワール艦長は、精悍な声できっぱり言った。シオンは頷き、俺も頷いた。


 シオンはレイを抱え、自分たちがすっぽりと入るだけの雨除けのまじないをかけると、船へ向けてバサバサと飛び立った。




 ◇



 

 「……ふむ。彼女は何も語らないそうだ。家出娘は帰ってきた。後は、海の帝王の管轄。我々の捜査は終了だ」


 イジュワール艦長はハイドに、まじない紙の紙束と、金貨の袋を渡した。


 「軍の支給品だ。うまく使いなさい。あの家出娘の帰還は、病院から海の帝王へ報せが行くだろう。しかし、それとは別に個別調査を行う。われわれは、これから人魚暴行事件を追うぞ」

 「ハイッ!」


 ハイドはイジュワール艦長にビシッ、と敬礼した。俺も成り行きで、同じように敬礼した。

 艦長命令であり、シオンやレイの友だちが酷い目に遭った事件なのだ。


 被害者ガイシャは、水妖のモモ(仮)。

 被疑者ホシは不明だ。


 うっかり名前をつけて、レイのときのように契約のまじないが発動したら、たまらないからな。

 口に出さないように、気をつけよう。


 「モク。まじない紙も、金貨も、シオンには内緒にしてくれ。アイツは、あればあるだけ使っちまう。それに、他の竜にもぺらぺら言い触らす」

 「了解」

 「ほい、口止め料」


 そう言って、俺の手をギュッと握った。

 手のひらには金貨が一枚。

 またかっ!

 

 俺の大好きな、時代劇のワンシーンが蘇った。



 ◆◆◆



 「へっへっへっ、お代官様。お近づきの印に、都で評判の、最中もなかでございます」


 「なに?最中もなかじゃと?わしは甘いものは好きでないぞ」


 「いえいえ、お代官様。これは山吹色やまぶきいろの、最中もなかでございます」

 

 最中もなかの箱は二重底。

 隠された下段には、……小判がビッシリ!

 

 「最中もなかは大好きじゃ!越後屋、お主も悪よのう」

 

 だーっはっはっはー!!



 ◆◆◆



 「このド悪党!」

 俺が金貨を突き返すと、ハイドは、きょっとーんとした。


 「レイの洋服代にしたらいいじゃないか?」

 「俺の給料袋から出すよ!」

 「同じだろ。金は金だ。お前さあ。そんなんだから、竜乗り免許証ライセンスの代金だって、払えなくなるんだぞ?」


 うっ。ぐうの音も出ないとはこのことか。

 ここは言う通りにしようか……?


 ……って、ヤメヤメ!!

 軍資金の横流しなんて、バレたらロクなことにならないに決まってる。

 俺はコツコツモクモク、誠実さだけが取り柄の、日陰のヒョロヒョロ組だ。

 ハイドとは違う。

 ただでさえ、ありもしない罪を被るのが日常なんだ。

 俺には俺の生き様ライフスタイルだ。




 ◇




 先ず俺たちは、翻訳ほんやくと書かれたまじない紙を使うことにした。


 「見たことないぜ。レア物だろうな」


 それは舌に乗せるとまじない紙は甘く溶けて、耳の穴と鼻の穴とがピッカーンと金色に光った。


 「げっ!」

 「ぶっ!」


 実に珍妙だ。


 「鼻毛が見えるとか、女の子に見せたら一番ヤバいやつだ」

 「百年の恋も醒めるってヤツっスね。これは隠すしかないな」


 慌てて襟を立てて首をすくめ、マスクをした。

 診療所だから、まあそんなに不自然でもないな。


 「(なんで、どうして……)」

 「(先輩……)」

 「(みんな反対してたんだよ。ママたちも良くないって言ってたよ)」


 ひえっ、凄い。

 水妖たちの声が、スルスルと耳に入ってきた。

 甘くとろけるような女子おなごの声だ。

 

 ハイドは、売店の魚と芋の揚げ物フィッシュアンドチップスを購入すると、片手にひっさげて、笑顔でプールに近づいていった。


 「(君たち、お話を聞いてもいいかな?)」


 ハイドは何故か柱にもたれかかりながら、どこからか出してした薔薇の花を片手に、水妖の女の子たちに色目を使った。


 ウヘェ!!

 なンだそりゃ!

 見てるこっちが、面映おもはゆい。

 胸元を開けるんじゃない!

 いや、顔だけ見たら男前には違いないンだが、実に竜騎士らしいというか、身軽というか。

 こんなわざとらしいのに引っかかる女子は、相当に底が浅いだろ……。


 水妖の女の子たちが、キャアキャアッと近づいてきて、俺はずっこけた。


 ノリのいい子たちだな!


 ホラ、お前もやれよ、と横目で合図されたので、俺も同じようにやってみた。


 これは生業しごとだ。

 割り切るしかない。

 魚と芋の揚げ物フィッシュアンドチップスをひっさげて、全力の笑顔!!

 薔薇は持っていないので、人差し指と中指を立てて刀印を結び、ウインクを放った。


 「(君たち、話を聞いてもいいかな?)」

 

 シーーン。

 一人も寄ってこない。


 酷いっ。

 予想はしてたけど、凹むぜ。

 面映おもはゆし!!

 ジト目のヒョロヒョロ、黒マスクなんて不審者じみてると思ってたんだ!!

 そりゃあ、誰も近寄らないよな。


 俺は開き直って、魚も芋も自分で食べた。

 ハイド、後は任せた!

 俺は日陰の脇役で結構。ずーっとそういう生き様ライフスタイルだしな!

 要は聞き込みさえできりゃ、何でもいいのだ。


 すると。


 母親らしき女性と一緒に来ている清楚な水妖の女の子が、熱っぽくこちらを見て、スーッと近寄ってきたではないか。

 すると、ハイドに群がっていた派手な水妖たちも、チラチラと俺を見始めて、二股の鰭をくねらせながら、こちらに寄ってきた。

 プールの底からもお仲間が続々とやってきた。お、おお?!


 俺は今、黒マスクも外している。

 鼻の穴だってピッカピカのはずだ。

 どういうことだ?!

 

 不謹慎だが、まるで鯉のエサやりだ。

 魚をプールに投げ込むと、女の子たちは、頬を赤らめて、口をパクパクさせながら、次々にやってくる。

 さっきまでとは目の色が違った。

 指まで食べられそうな勢いだ。

 有り難いことだが、もはや怖い。


 ハイドはこちらを一瞥すると、ビシッ!と俺の右耳を指差した。


 「ソレだよソ、レ。レイに貰ったピ、ア、ス!闇の回廊の階層ヒエラルキーだ。そこらの水妖なら、みーんなひれ伏すに決まってる。翠玉エメラルド。それにブラックゴールド。どっちも純度が高くて、ものすごく高価なヤツ。女の子って、ホントそういうのよく見てるよなあ」


 なンと?!

 あれか!俺は魔法映写機シアターで見たことがあるぞ。



 ◆◆◆



 控えおろう!

 この紋所もんどころが目に入らぬか!

 ババーン!!


 ド真ん中には、毅然と立つ主人公。


 部下が、おもむろに出した印籠いんろうには、

 あおい文様レリーフ

 これは、高貴なやつしか使えないルールなんだ。


 こいつの前では、本人たち以外の登場全員が、ははー!とひれ伏すんだ。

 下々しもじもは、おかみに逆らわない。

 時代劇のルールだ。

 


 ◆◆◆



 たしかに、みんな俺の右耳を見ていた。


 なンだよ!

 俺の実力じゃないのか。


 「モク、調子に乗るなよ。?」


 は?


 ハイドの口元は笑顔だが、瞳がブラックホールのように真っ黒だ。


 怖い!

 自分から、タメ語でいいと言ってたクセに!

 これは嫉妬やきもちやきだ。


 マズイ!

 マズイマズイ!!


 竜の嫉妬やきもちやきは恐ろしい。

 そして竜騎士の嫉妬やきもちやきは、同じかそれ以上に恐ろしい。

 コイツは、とんでもない負けず嫌いだ。

 

 「(き、君たち、俺とハイド先輩に、お話を聞かせてくれるかな?)」

 

 ハイドは、ニンマリと俺の肩を組んできた。

 船の竜騎士たちとソックリだ。

 鮮やかな連携プレー、を俺に期待してるワケね。了解……。

 俺は今更になって、ハイドがロハの美容師を買って出てくれた意味に気がついた。


 「(……先輩から紹介があったの。かわいい子にだけ、特別よって)」

 「(だけど、私たちは学校があったから。それで、先輩だけバイト先に行ったの。そうしたら、あんな姿に……)」


 水妖たちが、ぽつぽつ話した。

 かわいい子だけ、ねえ。

 いかにも詐欺師の使いそうなフレーズだ。


 たしかに水妖のモモは、かわいかった。

 桃色の髪に、ムチムチの白肌。


 そして、この子たちだって美少女だ。

 青髪も居れば、緑髪も居た。

 上目遣い。長い睫毛。声も凄い。

 耳がとろけるとは、このことだ。


 「(怪しいって、思わなかった?)」


 水妖たちは、口を尖らせてムッとした。


 「(思わなかったです。先輩は優しいし、みんなの憧れなんです。本当にお小遣いだってくれました。まさか、あんなことになるなんて)」


 それから、シュンとしてしまった。


 しかし、少し離れたところにいる、地味な女の子たちが、そんな話私たちは知らなかった、と口々に言うと、どこか勝ち誇ったような、嘲るような光が、チラチラと宿った。


 ああ。

 なるほどな。

 やたら容姿のいい子だけを誘うのはそういうことか。彼女たちの間で、勝手に特別感や連帯感が生まれるんだ。


 「(いくら貰えたんだ?)」


 金額を聞いて驚いた。

 バイトするより遥かに割がいい。


 おそらくカラクリはこうだろう。

 最初の数回のバイトは、本当に報酬を渡すんだ。

 信用させて弱みを握ったうえで、口を封じて、血肉を頂く、……と。


 寿命八百年の血肉は、さぞや大金に化けるだろう。おびき寄せるための、最初の数回のバイト代なんて、安いもんだ。

 

 「(お小遣いなんて撒き餌……)」

 バシッ!


 「(君たちは釣られ……)」

 バシッ!


 「(注文が来たら網で……)」

 モゴモゴ!


 ハイドに口を塞がれ、凄まれた。

 

 「お魚の例えやめろ」

 「スイマセン」


 竜給仕ウェイターサガだ。

 誠に不謹慎だが、ついつい寿司バーを想像してしまった。



 ◇◇◇



 にキープされた水妖たち。


 「へいらっしゃい!いいのが入ってるよ!」

 

 闇の竜の大将や、女将さん。



 ◇◇◇



 そんな画が、ありありと浮かんでしまったのだ。

 サイテーだ。

 

 「(あのな。未成年に生業しごとを直接依頼なんて、不審者だぜ?半端モンと関わるのは、ヤメときな)」


 しかし水妖たちは、食い下がった。


 「そんなんじゃ、一生彼氏作れない」

 「じゃあ、お兄さんがお金くれるの?」

 「誘われたら行くのが、仲間でしょ」 

 「友だちのパーティーとか行ったことないの?」


 ぐさり。

 万年孤独ぼっちを弄るな!


 「うちらも日頃、努力してるから」

 「お兄さんだって、未成年じゃん」


 俺はギョッとした。


 「なンで知ってるんだよ!!」

 「見たらわかるじゃん!!」


 ううっ。

 俺ってやっぱり幼く見えてるのか。 


 「私たち、子どもじゃないし。魔法封緘シーリングだって出せるし」


 ヒエッ。

 口が減らないなあ。ませた子たち!

 会話すればするほど、ピアスの効き目って弱まるのか?

 だんだん、扱いが悪くなってきた気がするぞ。


 ヒャア、服が濡れる。

 ヒィ、頬が冷たい。

 プールに引き摺り込むんじゃない!


 あー、もういい。

 元凶である闇の竜をシメよう。

 そっちのほうが話が早そうだ。

 

 「(先輩の連絡先は、わかる?)」

 

 水上で慎重にバランスを取りながら女の子たちに尋ねると、魔法封書とメッセージカードを見せてくれた。

 


 ◆◆◆


 かわいい水妖の女の子限定!

 お小遣いが欲しくなったら連絡してね


 ◆◆◆

 


 封筒の裏には、魔法封緘シーリング


 あれ?

 

 竜騎士と帆船の文様レリーフ

 これって……。


 「これって第七船団ウチしか使えない文様ヤツですよね、ハイド先輩。あっ!」


 ハイドを振り返ると、とろーんとした目つきでプールの底へぶくぶくと沈んでいたので、慌てて引っ張り上げた。


 「(コラ!!君たち!!)」


 水妖の女の子たちは一斉に、えへへ、と笑った。

 しかし、気絶したハイドを見て、清楚な水妖の女の子や、その母親すら、それはそれは誇らしげな顔を浮かべていた。

 水妖の女の子たちの瞳や唇、ふんわりとした髪やムチムチの身体は、みるみる輝きを増し、やがて発光した。

 俺は、あまりの迫力に腰を抜かしてしまった。

 引き摺り込まれる!!

 

 「ほらほら、どいたどいたっ!!」

 

 巫女さんやナースさんが担架を持って、どやどやと駆けつけた。

 水妖の女の子たちはケラケラ笑いながら、甘く美しい声を響かせて、ぽちゃんぽちゃんと海の底へ帰っていった。


 危機一髪。

 竜騎士の先輩たちは心配なんてしないワケだ。

 そんなヤワな子たちじゃない!


 水妖の女の子って、そういう生きライフスタイルなんだな。

 ハイドがログアウトされなくてよかった。

 

 「もー、お兄ちゃんたちも、かわいい女の子だからって、油断しちゃ駄目よ!」


 巫女さんはタオル越しに俺の全身をごしごし擦って温かい飲み物をくれた。


 「これでまじないが解けますよ」


 俺は礼を言って渡された飲み物を、ぐいっと飲んだ。それから、喉が灼けるように、カッっと熱くなった。

 ゴホゴホ!!

 ホットワインだ!!

 俺はプールサイドに吐き戻してしまった。


 「葡萄ジュースでお願いします……」

 「あら。飲めないなんて珍しい。お兄ちゃん、他所の地域の子?これはねえ、ジュースじゃ駄目なのよ」


 巫女さんとナースさんは、ニコニコしながら、バッ!!と紙を広げた。

 高額な魔法薬の載ったメニュー表だ。

 なンだって。

 まさか、水妖の女の子と診療所とで共謀グルじゃないだろうな……?


 ナースさんは、たいそう手慣れた様子でハイドに人工呼吸をしていた。


 「ぶっは!!」

 「水妖への聞き込み調査って、思いの外危険な任務だったんスね」

 「悪い、油断した」

 

 息を吹き返したハイドは、グビグビとホットワインを飲んだ。

 しかし、巫女さんとナースさんは再びメニュー表をバッ!!と開いた。

 救助は救助。

 別途、礼金が必要とのことだった。


 「はあーー?これは、そっちの落ち度じゃないですか?あの服だって、高かったんスよ?!」

 

 金がかかるとハイドは本気だ。

 鼻頭をシワシワにして迫ったが、巫女さんは涼しい顔をして、プールの注意書きを指差した。


 ◯プールサイドは走らないでください

 ◯飛び込み禁止


 よくある警告の他に、


 ◯水妖が出たら直ちに水から離れてください

 ※水妖に関する如何なるトラブルも責任は負いかねます

 ※救助は有料オプションです


 人魚に、バッテンのアイコンがあった。


 「……都会は世知辛いっスね」

 「な?金が要るだろ?いいよ。ここは、イジュワール艦長に代金を支払ってもらおう」


 辺りを探すと、イジュワール艦長は売店のカフェで呑気に紅茶を啜りながら、遠巻きに俺たちを見ていた。


 「艦長!危険な任務なら、部下に報せといてくださいよ」 


 ハイドは詰め寄ったが、イジュワール艦長は新聞から目を離さない。

 ポンポン、と肩を叩くと、え?と耳に手を当ててきた。


 よく見たら、耳にガチガチに蜜蝋を詰めていた。  

 酷っ!!

 部下のことちゃんと見てろよな!



 ◇



 「ほお。俺たちを騙ってたのか。こいつはシメなきゃな」


 文様レリーフの効果は、絶大。

 偽物の登場なんて、実に様式美おやくそくだ。


 ハイドは、胸の物入れポケットから絵葉書を出し封筒に収めると、下唇に親指を当てた。

 濃紫の瞳に金のラメが宿り、髪がふわりと立ち上がる。

 指のさきには、輝く濃紫の魔法蝋がジワジワと集まった。

 ジュウ、と封筒に押し当てると、丸く封緘が施される。

 魔法封緘シーリングの完成だ。

 濃紫に金のラメ

 文様レリーフは帆船に竜騎士だ。


 「これが本物の第七船団の魔法封緘シーリング。こっちは偽物だ。ホラ、見ろよ」

 「ああっ、ぜんぜん竜騎士じゃない!フンドシ姿のマッチョ半魚人だ!」

 よく見たら、全然違った。


 ハイドがフッと息を吹くと、魔法封書は半魚人……、ではなくナスビそっくりのミニ竜に姿を変えた。シオンそっくりだ。

 片足には金の鎖がかかっていた。


 「こいつで、行く先を探ろう」

 「ハイドってまじない紙しか使えないと思ってた」

 「フム。筋は悪くないぞ?ナスビくんほどのセンスは感じないがな」

 「言わないでくれ。そんなの俺が一番わかってる」

 「はっはっは。契約主のプライドか。ヘイトくんも苦労しておるな!」

 「ハイドだよ!」


 イジュワールは心底嬉しそうだった。

 この人も呪い師だもんな。


 「もしかしてスピアもそれなりに使えたり?」

 「当たり前だ。アイツ抜きでも俺はエース竜騎士だ!」


 涙目だ。へえ、意外なコンプレックス。しかし魔法封書が空飛ぶミニナス竜くんに変わるあたり、それはそれとして、シオンがかわいくて仕方ないんだろう。


 男三人でミニナス竜を追いかけていく様は、実に珍妙だった。俺たちは診療所を出て、皇国神殿に戻り、礼拝堂を抜けて、細い廊下を抜けると、裏手にある関係者用の扉の前にたどり着いた。


 ミニナス竜くんは、すとんと床に降りた。

 扉には鍵がかかっていた。

 

 「モク、頼むぜ」


 へいへい。

 無傷で定年。悠々自適の年金暮らし。

 ハッピーホーム、ハッピーライフの夢は、何処へやらだ。

 結局、俺は、裏稼業からは逃れられないんだな。

 泣きたくなった。


 「何だよ、モク。だってさあ。短髪にしてからも、ずーっとヘアピンしてるじゃないか。自分でも薄々、判ってるんだろ?」


 まあな!

 やれやれ。

 竜騎士ってのは竜には甘々のくせに、人には手厳しいな。

 俺はヘアピンを抜き、鍵穴に指した。

 ド厳しい親父に仕込まれた、お家芸だ。


 「高いぜ?」

 「構わん」


 かちゃり。


 「……いつから気づいてたンだよ?」

 「最初から。お前さあ、忍者過ぎるんだよ。普通の人間は、【ぜになげ】なんかしない。水の上も歩かない。印を結んで、まじないはかけない。お前の故郷じゃ普通かもだけど、お前って、めちゃくちゃ忍者だぞ?」

 「……鍵屋だぞ」


 「足音もせんしな。さっき水妖とプールに居たときもやっておったぞ?あれは、水蜘蛛みずぐもじゃろ」

 「船団にやってきたときから服も履物も、ツッコミどころ満載だったぞ。何だよ、あの黒装束。イカみたいな頭巾を被ってさあ。季節ごとに服やサンダルを支給したのも、ほぼお前のためだぞ」

 「……だから、鍵屋だって」


 「わかってるって。口外NG。言っちゃいけないのが、忍びの掟だろ?」

 「あのなあ!鍵屋だってンだろ!わかってるなら、口に出してくれるな!」


 イジュワール艦長は、わーっはっはと高笑いをした。ハイドはまあまあ、と手で制した。


 ミニナス竜くんは、ふああ、とあくびをした。



 鍵を開け階段を下ると、闇が濃く深くなっていくのが判った。

 潮の匂い。それから生臭い匂い。

 俺は、壁伝いにコソコソ歩くが、二人は闇が濃くなろうが、まるでおかまいなしだ。

 胸を張って大手を振り、通路のド真ん中をコツコツ、スタスタと歩いた。

 王道だ。

 主人公の足の運びステップ


 冗談じゃない。

 協働パーティーを組んだからって、俺はゲームのように一緒に真ん中を歩いたりはしないぞ?

 万年脇役、ヒョロガリ組だ。

 鉄格子の牢屋を横切り、遺体安置所を横切った。


 ――誰だ?!

 出現エンカウント!!

 闇の竜二頭が、突如飛びかかってきた。


 ほらなあ!!


 イジュワールの杖の鞭がビュウとしなって、二頭を一瞬でのした。

 ヒーッ!

 速い!

 二撃だ。

 味方だと頼もしい!


 更にもう一頭の闇の竜がミニナス竜くん目掛けて飛びかかってきた。

 ミニナス竜くんは、まじないの竜でただの封書とはわかっているが、俺は反射的に担いで、一緒に隠遁の魔法封緘シーリングをかけて壁に隠れた。

 ハイドは上着の下の肩掛けの中入れショルダーホルスターから、麻酔銃をパスリと打つと、闇の竜はバッタリと倒れた。

 怖っ!

 

 「……竜騎士が麻酔銃を打つのか?」

 「銃の資格だって持ってるぞ」


 ハイドは、バッ!と資格証の紙束を見せつけてきた。

 それ好きだな!


 「俺は、シオンやお前と違ってセンスがないからな」


 へえ。そんなことないと思うけどな?

 そうして二人は、闇の竜三頭をあっという間に捕縛ぐるぐるまきにした。


 どうりで東の領域リージョンは、平和なわけだ。

 空飛ぶ竜のパトロール隊は、地上でだって敵無しなんだな。


 そうして、三頭の闇の竜は、牢屋へとぶち込まれた。

 遺体安置所も覗いてみたが、幸い、人魚の遺体はなかった。

 俺たちは、再びパタパタと飛ぶミニナス竜くんを連れて、いくつも扉をこじ開け前に進んだ。

 

 そして。

 とある扉の前でミニナス竜くんはストンと降りた。

 

 ハイドはミニナス竜くんの頭を撫でると、フッと吹き、魔法封書に戻し、懐にしまった。

 俺は一抹の寂しさを抱えた。


 さて。

 窓のない扉。

 そこは、人魚屋と書かれた店だった。


 「……マズイなあ」

 「何が」

 「カモさんが入院中って言ったろ?あれはフェイクだ」

 「は?」

 「お前さあ、気づいてるだろ?カモさんの実年齢」

 

 ……それは、まあ。

 以前、シオンの見せたイジュワール艦長の幻の中に、彼は居た。

 六十年前の戦争。

 カモ事務長はイジュワール艦長の思い出の中、今と全く変わらぬ姿で戦場に立っていた。


 コツコツとイジュワール艦長が迫ってきた。


 「俺、帰る。そろそろ夕飯の支度だ」

 「逃げるな!もう辞令が張り出されてるよ。お前は今日から、イジュワール艦長の専属竜給仕ウェイターだ」


 えっ!?

 そうだったのか。


 「俺だって、ごく普通の人魚カフェだと思ってたんだよ。人魚の肉と寿命の話だって、さっき知ったんだ。まさか、カモさんが人魚を食ってるとは、思わないぜ?思わないけど、俺にはアンカーの生業しごとがある。掟破りに、罰を下すのが俺の任務だ。万が一ってことがある。でもさあ、俺、カモさんとは、友だちなんだよ。頼む。カモさんの姿が視えても、艦長には、黙っといてくれ」

 「了解」


 イジュワール艦長は、こともなげに言った。


 「潜入だ。二人とも、メッキの呪いをかけるぞ」

 「ハイッ」

 「歯磨きはしたかな?風呂は入ったかな?」

 「はい?」

 「やれやれ。一旦戻るか。シオンとレイには、捜査の件は伏せるように」

 

 イジュワール艦長は、そう言って人魚屋の更に奥にある、一つの扉を開けた。


 そこには艦長室そっくりの絨毯があった。

 ものすごく小さな部屋だ。

 まるで、ただ絨毯を置くためだけにあるような謎の小部屋。


 まさか。


 イジュワール艦長は、コツコツと杖で丸い刺繍の縁を叩いた。

 そして、杖を振り上げると、黒い水たまりがぶくぶくと立ち上がり、闇の回廊がずるりと這い出てきた。


 「艦長室へのショートカットだ。闇の回廊を抜け、一旦、風呂に入り、歯を磨いてくるとしよう」


 こいつは、ボス戦前の休憩所セーブポイント

 こんな便利なモンがあるのに、何で最初からこっちから来ないンだよ!


 この世界のあるあるだ!

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