◇第7話 レイ、闇の竜姫の姿に戻る

 ◇




 宴会の翌日。


 人魚の女の子とのお別れの朝。

 一暴れ?したレイの怒りは、すっかり収まっていた。


 彼女たちはキイキイ、クククと、二人だけでわかる言語で会話を交わしたあと、フフフ、と笑い合って、俺をチラリと見た。


 それから、ぎゅうむとハグをした。

 レイのくっきりとした緑の黒髪と、人魚の女の子のふんわりとした桃色の髪が交差して、キラキラ光る波打ち際の朝焼けの中、鮮やかな輪郭線を作り出していた。


 ああ、美しい光景だ。

 レイの左耳には、黒百合ブラックリリーのピアスが光った。

 そして、俺の右耳にもまったく同じものが嵌っている……。

 それは、ハイドやシオン、イジュワール艦長には与えられなかったものだ。


 ううむ。

 なぜだ。

 なぜ俺だけ?


 闇の竜姫レイの契約者は、俺たち四人なのだ。

 ハイドはエース竜騎士。

 シオンはその相棒竜。

 イジュワール艦長はお爺さんとはいえ、先の暗黒竜の戦争で功績を上げた偉大な呪術師。


 かたや俺は、入隊三ヶ月のしがない竜給仕ウェイターで、未成年。


 俺が一番、なくないか?

 コツコツモクモクだけが取り柄の、ジト目のヒョロヒョロだぞ?

 しかも腰抜け。

 わけがわからん。


 レイは、人魚の女の子を見送ると、俺の腕をとってすりすりと頬を寄せてきた。


 レイのプラムのような唇。

 その整った口角に、小さな牙がチラリと光った。

 白百合の香りが、フワリと立ち上がる。

 ああ。

 くらくらする。


 シオンとハイドは、俺たちを真似して、同じように頬を寄せ合って、ゲラゲラ笑った。


 まあいいか。俺は今、とても幸せだ。




 ◇




 その日。

 俺とハイド、シオンは、艦長命令により休暇オフとなった。

 俺たちは、レイの所属する皇国神殿へ挨拶に行く準備をしていた。


 六十年前に締結した、暗黒竜との終戦協定。

 以降、闇の竜は必ず皇国神殿に所属し、神殿内及び地下世界へ住まう決まりになっていた。

 それが、一般常識だ。

 

 イジュワール艦長が、レイや俺たちの頭上に手をかざすと、艦長の手の平に小さな文字がビッシリ浮かび上がった。


 「ふむ。やはりレイは、通常の竜と同じように、わしたち四人と仮契約状態になっておるな。乗り換えの契約が必要だ。あちらの転出届と、こちらの転入届。彼女の皇国神殿には一度、挨拶にいかねばなるまい」


 ……引っ越しの手続きみたいなモンか?

 

 「地下に行き来する人がおるのならば、地上を行き来する闇の竜が現れるのもまた道理。そうでなければ、帳尻が合わんからな。先の戦争から六十年。わしらを後ろ盾として、地下世界は試験的にレイを地上に派遣したいのだろう」


 ふうん?


 「この新たな試みが、果たして吉と出るか凶と出るか。我々の行く先にその答えがあるのだよ」


 あっ。

 出た出た。

 この言い回し。


 『つまり』

 「何もわかってないってことだな」

 「了解っス」


 中身のないことをそれっぽく言えるのが、偉くなるやつの条件だ。

 イジュワール艦長は耳が遠いか、聞こえないふりをしているんだろう。俺たちのヒソヒソ話なんてまるで意に介さなかった。

 この無視技術スルースキルもまた偉くなるやつの……以下略だ。


 「ま、俺は艦長についていくぜ!前人未到。最新鋭。ワクワクするぜ!なー、シオン」

 

 ハイドはニカッと笑った。

 ウヘェ。タフなヤツ!


 シオンの上に手をかざしたイジュワール艦長は、目をパッチリした。


 「ナスビくん、君は……」


 それから、ハイドに尋ねた。


 「ヘイトくん。シオンと契約して何年になる?」

 「七歳からだ。十年目」


 ハイドは、唐突にイジュワール艦長にグイッ袖をと捲られた。

 レイは目をパッチリしたし、俺だってギョッとした。

 腕にはおびただしい傷跡があった。

 こんな跡、今まであったか?

 まじないで隠してたのか?

 ハイドの目元がホンの一瞬、ピクリと動いたのを俺は見逃さなかった。


 「これは?」

 「おいおい。そんな目はやめてくれよ。俺は、竜騎士だぜ?噛み傷、切り傷、どんと来いだ。審美的な意味で隠してるだけだって。第七船団適正アリ、竜血毒耐性もバッチリ。毎日、石鹸で洗ってる。シオンは悪くない。みんなこんなもんだ」

 「ふうむ?」


 イジュワール艦長は、ハイドの目を凝視した。

 ハイドの目はみるみる輝き、歯もキラーンと輝いた。うん。いつ見ても胡散臭い。


 「シオン、船に来て何年だ?」

 『七歳より前の記憶はないんだ。ハイドと同じだよ。気づいたら第七船団ここに居て、二人で見習い竜騎士と竜だったんだ』


 「フン、まあいい。その話はまた今度だ」

 

 イジュワール艦長は自分から質問したわりに、あっさりと会話を取り下げた。

 それから、振り返って、杖でコツコツと絨毯の丸い金縁の刺繍を突付いた。

 それから、杖をビュウ、と上へと振り上げる。

 すると、絨毯の上に黒い水たまりがぶくぶくと湧き、闇の回廊への扉がずるりと這い出した。


 イジュワール艦長は俺たちの両頬を手の平で包むと、フッと息を吹いて、順番にメッキのまじないをかけていった。

 闇の世界に魅入られないための儀式だ。

 シオンとハイドの瞳がメッキの色に輝く。

 ハイドはいつもと大差ないように見えた。

 しかし、イジュワール艦長は俺に手をかざすと、左右に首を振った。

 

 「レイ。残念だがまた今度だ」

 『はっ?』

 「どうしたんだ?」

 「竜給仕ウェイター少年。我々に何か言い忘れたことはないか?」


 えっ?

 

 「貴様、無免許だな?」


 ギクリ!!


 「か、仮免までは合格パスしてるんスけど……」

 「やれやれ。仮ばかりだな。竜に乗るときは、わしかハイドを教官として連れて行くように」


 そう言って、【仮免許練習中】の札を胸の内物入れポケットに突っ込んだ。


 『……モクって、竜乗れないの?』 

 「不正入隊かあ?裏技とか、やるじゃん!モク」

 「違うって!仮免まではストレート。免許取得予定ってヤツだ。本試験に行く前に金が尽きたンだよ」


 金の話になると、ハイドはプイッと目を逸らした。レイは聞いていないか、聞いていないフリをした。

 うっ。

 都会は世知辛いな。

 

 「それで、竜騎士じゃなくて竜給仕ウェイターになったのか?」

 「いいや。それは危ない生業しごとを避けただけ。無傷で定年、年金暮らしが俺の人生の目標でスタートラインだ」

 「はあ?!どんな十五歳だよ」


 ハイドは、呆れた口ぶりで言った。


 シオンだけは尻尾をフリフリご陽気だったが、「お前は気楽でいいよな」とハイドが呟くと、ガブリと頭に噛みついた。

 ……ジュルジュルッ、と音がしたのは、気のせいだろうか?

 イジュワール艦長は、なぜか優しい微笑みを浮かべてシオンの額を撫でた。


 「……わしのほうで、本試験の手続きはしておこう。今日は解散だ。先方には、別件が入ったと伝えておく」

 

 そう言って、イジュワール艦長は一人で闇の回廊の向こうへ消えていった。




 気まずい沈黙……。


 俺が金欠なばっかりに。


 マズイ!

 マズイマズイ!!


 ここは空気を変えなくては!

 仕方ない。

 アレをカマすか。




 「……お金は、おっかねー」




 俺がボソッと言うと、シオンだけが、ブホッ!と吹き出した。

 うん。第七船団ウチの竜は、親父ギャグが好きだよな。俺もだ。

 レイの肩も、ピクピクと小刻みに震えた気がした。


 「……ふふ。まあ。仕方ないよな。レイ、俺たちの部屋を紹介するよ。行こうぜ!」 

 

 ハイドだって、空気を変えてくれた。

 さすが年長者。

 四人でぞろぞろと廊下を歩いた。


 レイが狭い通路をコツコツと歩くたびに、第七船団の仲間が振り向いた。部屋に居たヤツらは扉からひょっこり顔を出した。


 そりゃそうだ。

 女子おなごを船内で拝める機会なんて、そうそうない。

 俺はこともなげに歩いていたつもりだが、口がうにゅうとして、眉毛がアーチを描いているのが、自分でもわかった。


 これじゃ、まるで物語の主人公だ。

 お目々パッチリからの、キョットーン。


 レイに集まる視線を感じながら、俺は居心地の良さと悪さで、ぐじゃぐじゃになった。

 ハイドとシオンは、慣れているようだった。

 レイだってそうだった。

 

 第七船団の仲間たちは、大半が好意的こちらを見ていた。

 その反面、何人かは今まで見たこともない、苛立ちの顔を見せた。

 瞳は赤黒く、あるいはブラックホールのように真っ黒だった。

 中には、ドカン!と肩をぶつけてくるやつも居た。

 何かの間違いか?!と思ったが、ハイドは大喜びだ。


 ハイドの部屋に入るなり、ふはははは!と、今まで聞いたことのない笑い声をあげた。


 「あいつら嫉妬やきもち焼いてるんだよ!レイ、今度、いい子を紹介してくれ」


 シオンは、はー、とため息をついた後、悲しげに首を振った。


 ハイドの部屋は実にきれいに整頓されていた。

 世界中の寄港地で集めたという、フィギュアや、魔法音楽盤。ボードゲームにカードゲーム。ダーツにサッカーボールにバドミントンセット。編み物セットもあった。


 「あれ?シオンは同室なのか?」

 「共同の竜寝床アルコーブは別にあるんだけどさ。シオンはこっちに来たがるんだよ。終いには寝床を完全に取られて、俺が向こうの竜寝床アルコーブに寝ることもある」


 ヒャア。

 甘々。


 「そうだ、レイに服を貸してやるよ!」


 シオンは、竜の外套マントや礼服はもちろん、女物の服だって持っていた。巫女服にナース服、水着に、レオタード……。


 「まじないで再現するにも、本物の知識が要るんだよ」

 「金があるなあ」

 「まあな。俺たちは、とびきり稼ぐからな。こういう遊び心は大事だぜ?趣味も極めると、思わぬ生業しごとに、繋がることもあるからな……、お前も着る?細いし、着られるだろ」

 「なンでだよ!」


 俺は否定はしたが、俺はギクリともしていた。


 昼になったので、俺は艦長室の厨房でみんなのリクエストを聞いた。骨付きのチキンを焼き、パスタを茹でてナスのミートソースと、きゅうりのサンドイッチ作った。

 ハイドはチキンを食べ、シオンに骨をやると、シオンは、バリバリと跡形もなく食べ尽くした。


 シオンは、俺たちに心を許したのか?

 いつもよりも口数が減り、竜らしい竜に見えた。

 骨の間の髄液まですすり、幸せそうに目を瞑ったあと、俺に向かってニヤリと微笑した。

 長い睫毛は、実に妖艶だった。

 よく見ると、闇の回廊へ行くためのメッキのまじないがかかったままだった。


 レイは、きゅうりのサンドイッチを指のさきで上品に摘んで、パスタもナスのミートソースも美味しそうに食べた。

 シオンが啜ったミートソースが跳ねて、レイのドレスにシミを作ったが、シオンは無言のまま鉤爪からまじないの金色の炎を放つと、あっという間にシミを消した。


 昼過ぎになると、カモ事務長やモグ給仕長も、差し入れのケーキを片手に、交代で様子を見に来てくれた。カモさんも、レイとシオンの会話に加わっていた。


 そうして俺たちは、レイと楽しい時間を過ごした。


 夜になれば、艦長室の寝床に四人並んで眠った。




 ◇


 


 そんな調子で、あっという間に休暇は終わった。


 二日後。


 空飛ぶパトロール隊は、今も海の上だった。

 甲板の上には、半球状の大きな雨除けのまじないが掛けられている。


 竜騎士たちは三つの隊列を組み、外套マントの襟を立て雨除けを飛び出すと、ぐるりと旋回してから、ヒュウヒュウと飛び去っていった。


 肌寒い朝。

 今日の珈琲はホットだな。

 俺は荷物の中から、故郷から着てきた肌着を引っ張り出した。


 「おはようモク。いやあ、何度見てもイメチェン成功だなあ。若者はそうでなきゃな。だーっはっは!」


 俺の灰みの紫沈丁花ライラックアッシュと短髪、それから黒百合のピアスを見て、モグ給仕長が嬉しそうに笑った。出っ張った腹が、ぽよん、ぽよんと跳ねた。

 

 俺は真っ赤になった。

 ああ、面映ゆい。

 髪はハイドに、ピアスはレイにヤラレた結果だ。目立つのは性に合わないのだ。


 「またまたあ。シャキッとしろよ?!自信持て!いいよお、かっこいいぜ、モク。今度、イイトコロにも行こうな!」


 そう言って小指を立てた。

 出たな?

 指切りげんまん、小指を絡めてからの、親指チュッ、チュ♡、手首をひっくり返してハート♡だろ?


 しかし後ろの角からひょっこり現れたレイを見るなり、モグさんは慌てて、ハートの手を取り下げた。突然手を引っ込められて、俺はずっこけた。


 「ははっ。さあ、生業しごと生業しごと!レイも朝飯食べていくか?うちはビュッフェ形式だ」


 レイは、ニッコリ笑った。

 そうだ。

 レイの朝飯のことを忘れてた。

 モグさんが気を利かせてくれてよかった。


 今日の艦長は不在。

 ハイドやシオンも任務に飛び回っているから、レイは俺のところに居た。

 

 竜騎士たちはレイを見つけると、嬉しそうにテーブルから一斉に立ち上がり、あっという間に取り囲んだ。 

 ある者はトレイを持ち、ある者は皿を並べ、甲斐甲斐しく世話を焼いた。


 そのうちレイは、ビュッフェの作法を覚え、自分で盛り付けを始めた。

 きゅうり、ナス、ちょっぴりの肉。

 盛り付けのセンスも実に良い。

 そして、カウンターの隅へちょこんと座った。


 「アッチッ!!」

 「おいモク、集中しろよ」


 ぽやっとして厨房で炎を上げた俺に、先輩竜給仕ウェイターたちがどっと笑った。

 俺を見て、レイだってクスクス笑った。

 もう。レイは、可哀想な俺がツボなのだ。


 朝の生業を終えたら、遅めの朝御飯ブランチだ。

 俺は食堂に残っていたみんなに、新作スイーツの試作品を振る舞った。


 紫陽花あじさいを模した水羊羹みずようかん

 早朝に仕込んだものだ。

 レイにも、同じ物を出した。


 「おっ、新作だな!美味いなあ。こういうのって、いつ思い付くんだ?」

 「今回は宴会の後です。イメージが、バシッ!と降りてきたんです」


 どうしてそんなことになるのか、俺にだって判らない。

 しかしそれが、生業なりわいというモンだろう。


 「綺麗だな、凄いよ」

 「ちょうどホットの珈琲が飲みたいと思っていたんだ」

 「モク。髪切ってからますます冴えてるな!」


 食堂中に、たくさんの白い湯気がなめらかに立つ。竜給仕ウェイター冥利に尽きる瞬間だ。

 

 おや?

 今日のクッキーくんは、元気がないな?

 ソックスも、ニッカポッカもだ。

 いつもなら、新作デザートに夢中で齧り付くのにな?


 『灰みの紫沈丁花色ライラックアッシュ

 『モクの真の名は、ライラックだもんね』

 『ハイドは紫陽花アジサイ。ハイドレイジアだよ』


 彼らは、唐突にこともなげに言った。

 真の名をこんなにポップに言われるとは?!

 ハイドの文様レリーフは、紫陽花なのか……。


 「紫陽花がハイドか。じゃあ、珈琲は?」

 『えっ?まんま人魚の女の子じゃない?二股のヒレ。あの子は水妖。セイレーンだよ』

 『回廊の向こうの、有名な珈琲店コーヒーショップ文様レリーフ


 へえ。

 クッキーくんの声は、まだ元気がなかった。

 むくれている。どうしたんだろう?

 仕方ない。

 一つ、かましてやるか。

 

 『羊羹はレイだよね。黒くてツヤツヤ』


 今だ。


 「……暗黒竜は、あんこ食う竜。なんちゃって!」


 シーーン……。

 ちび竜たちは、ぽっかーんとした。

 マズい、これは高度すぎたか?!


 『アハハ!』

 『モク、さむーい!』

 『親父ギャグだあー!!』


 竜たちは、ぐうぐう、くるくるとにわかに元気になって、新作デザートをもりもり食べ、ニッコリし始めた。


 よしよし。

 やっぱり第七船団ウチの竜は、親父ギャグ好きだ。


 ……しまった!

 カウンターには、レイが居るんだった。

 親父ギャグなんてかますんじゃなかった。

 だけど、レイは背中がプルプルしていた。

 おや?

 レイも、意外とイケる口?

 でも、聞こえなかったか、聞かなかったふりをしていた。

 姫君は爆笑なんてしないのだ。

 けれども耳が真っ赤だった。


 後ろ姿だって、レイは綺麗だ。

 緑の黒髪。

 自然な姫カットは、耳の上と腰のところで、小さな毛束が、ぴょこんと悪戯っぽく外にハネている。

 呪詛代行業。

 心優しき捨て身のヒロイン。

 彼氏ヅラはイタいと言われたが、構うものか。

 俺は契約主だ。

 守ってやらなきゃな。


 今日のレイの服は、シオンが貸してくれた。

 回廊の向こうでいう、バニーガール。さしずめドラゴンガールだ。竜の羽根と、竜の尻尾。竜の角を模したカチューシャをつけていた。


 「『もっと小股の切れ上がったさあ?!』」

 シオンとハイドには、身振りジェスチャー交じりに、露出多めの服の素晴らしさを熱弁されたが、なるべく布面積の多い控えめな服を選ばせてもらった。

 食堂は、酒場じゃなくて生業しごと場だ。

 レイは食器を下げてカウンターを横切った俺を、翠玉エメラルドの目でじいっと見つめた。


 だあっ。

 駄目だって!

 俺は今、生業しごと中!

 人前では、ベタベタ禁止!

 俺は、ひたすらレイを無視した。


 俺は食堂をグルグルと逃げ回ったが、そのうちレイは俺に近づこうと厨房に入ってきてしまった。

 

 「あのなあ。俺は生業しごと中なんだ。みんなの迷惑になるから、艦長室かどこかへ行ってくれ」

 

 レイは、ハッとすると、シュンとしてトボトボと食堂を出ていった。


 先輩竜給仕ウェイターたちの目線がグサリグサリと刺さった。食堂にいた仲間のもだ。


 ……みんなの視線が痛い。何も言わないが顔がうるさい。


 かわいそう。

 冷たい。

 俺ならあんな言い方はしないけどな?


 そう、ハッキリ伝えていた。


 「何ンですか、その顔はっ!!放っといてください!」

 「あのさ。もっと、肩の力を抜いたらどうだ?モク」


 そーだ、そーだ、と先輩竜給仕ウェイターたちから非難の声が飛んだ。

 このとき俺の目は、さぞ赤黒く光った、と思う。


 すうう。

 俺は肚から息を吸い、意を決して言った。


 「俺はですねえ、公私混同は、大っ嫌いなんスよ!学校やバイト先でイチャつくやつとか、本気マジで信じられないっス!」


 先輩竜給仕ウェイターたちは、目を丸くした。


 「こういうのはね、例外を作っちゃ駄目なんスよ。あれもいいよな、じゃ、これもいいよなって、そのうち、めちゃくちゃになるんですって。学業も生業しごとも、本分ってあるじゃないですか?それを、何なんスかね?あいつら。ベタベタベタベタ!迷惑超えて、公害っスよ!」


 「……あ、あいつら?」


 「あんなのは自分に酔ってるんスよ。彼氏?!彼女?!そういう形が欲しいだけで、相手は誰でもいいんじゃねえの?!って思っちゃいますね!本当に大切ならあんなことしないっス!!」


 「は、はは……。今日のモクはよく喋るなあ」


 先輩竜給仕ウェイターたちは、俺の熱量にドン引きして、そーっと俺から離れていった。


 引きたきゃ、引け。

 これは、故郷に居る頃から、ずーーっと思ってたことだからな!!


 俺は、荒い鼻息はそのままに、きゅうりをカットして皿に並べ、白百合の形を作った。


 「やあ、センスがあるな」

 「尊敬するよ」


 先輩たちは遠巻きに、しみじみ感心してくれた。

 そうだろう、そうだろう。


 「美しいものは美しく。余ったクズはそれなりに!」

 

 俺は、フンッと鼻を鳴らしながら、カットした余りのクズ野菜を煮込んだものを、魔法撹拌機ミキサーへ入れ、スイッチを押した。


 ゴウゴウ。

 それから、味付け。

 それは、予想より美味しく仕上がった。

 うむ。見た目はアレでも、素材は良いのだ。


 そう。


 大切なのは棲み分けだ!


 「三等船室は、すぐに卒業だろうな」

 「お前のまかないは、ずっと食べていたいけどなあ……」

 「レイが来てから、お前変わったよ」


 先輩竜給仕ウェイターたちは、曇天の淡い朝陽の中で、心底幸せそうに笑った。


 生業しごとを奪われる危機感なんて、まるでない。

 それは、そうだ。

 みんな、俺よりずっと年上。

 俺みたいな日陰のヒョロヒョロは、育成ゲームいくせいゲーの対象だ。


 もちろん優しいだけじゃない。

 先輩の一人が魔法冷蔵庫リフリジレイターの影で煙草を吸おうとして、モグさんにこてんぱんに叱られた。モグさんは腹はポヨンポヨンだけど、筋骨隆々だ。


 「嫉妬やきもち焼いても、船焼くなだ!」


 みんながどっと笑い、クズ野菜のまかないスープの白い湯気が、なめらかに立った。


 俺は、神棚に手を合わせた。




 ◇




 皇国神殿の朝刻の鐘が鳴った。


 俺はドラゴンガール姿のレイを伴って、甲板で遅めの朝食ブランチを食べていた。興奮しすぎて自分の腹を満たすことを、すっかり忘れていたのだ。

 

 硬いパンと、ブルーベリー。

 いつもなら魔法照準器スコープまじないを瞳にかけて、海鳥に餌やりをするところだが、あいにくの雨だ。


 ここでも何人かの仲間が俺たちをチラチラを見ては、笑ったり、赤黒い瞳で俺を睨みつけたりした。

 それというのも、レイが俺の口元を拭いたり、身体中のパンくずを払ったり、甲斐甲斐しくお世話をするからだ。


 「あ、あのなあ!俺は夏で成人だぞ?」


 俺は、鼻頭をシワシワにして抗議したが、レイは翠玉アメジストの目をパッチリした後に、口元をペロリと舐めてきた。


 レイの首筋から白百合の香りがブワリと立ち上がる。温かく柔らかい感触。

 

 ヒャア。

 口元にブルーベリーがついていたらしい。

 くっそ。俺の言うことなんてまるで意に介さない。

 無視技術スルースキル

 偉くなるやつの条件だ。


 突如。


 巡回の竜騎士たちが、バタバタと慌ただしく甲板へと戻ってきたのが見えた。


 「なンだ?」


 休憩中の俺とレイも、第七船団の仲間と一緒に、みんなの指差す、遠くの岩の上を見やった。


 海の帝王的お父さんがゴウゴウと唸っている。

 上半身は半裸で、下半身は魚。

 頭に王冠、手に三叉のスピアを持っていた。

 

 「まいったなあ。通訳をやっていたアル爺が居なくなったからなあ」

 「誰か、水妖の言語がわかるやついるか?」

 「今日はベテランが出払ってるんだよなあ」


 若い竜騎士たちは口々に声を上げた。


 『アル爺?誰だっけ?』

 「前々前艦長だよ」

 『そっか』


 「シオン、ハイド、お帰り」

 「モク、レイ。事件だぜ」


 シオンとハイドも甲板へと帰還していた。

 ハイドは、事件の匂いに目をキラキラさせている。

 精悍な十七歳。

 濃紫の短髪。白い歯が光った。


 その隣は、その美しき相棒竜シオン。

 岩礁のような瞳に、ナスビ色のツヤツヤ尻尾。

 我が第七船団の、エース竜騎士コンビだ。


 「カモさんは?」


 外套を畳みながらハイドが言った。


 「飲みつぶれて入院中。ベテランも、今日は出払ってるんだよ」


 若い竜騎士たちが答えた。


 『またあ?ハイドさあ、カモさんのこと、飲ませ過ぎだよ』

 「はあ?!シオン。いいか?勝負ごとっていうのは、手を抜くほうが失礼なんだよ。後で見舞いに行くよ」


 またやってたのか。

 テキーラ・ショットガン。しょうもな!


 結局、今船に居るメンバー総出で、海の帝王的お父さんの調書を取ることになった。


 実にボスキャラらしい。

 海の帝王は、ゴウゴウと叫びながらも、岩の上でどっしりと待ち構えて、これ以上こちらに来る様子はまるでなかった。

 この世界の、あるあるだ。緊急性はあるようで、さしてないんだろう。

 つまり世界はつつがなく平和で、みんなすごく暇だった。


 レイは、おずおずと前に出てきた。

 そうか。レイは水妖と会話が出来るんだった。

 さすがは、我が姫君。

 美しい上に、賢い。

 なんと頼もしいことか。


 レイの様子を見て竜騎士たちは、一斉にレイを囲んで、お願いします!!と頭を下げた。


 こ、これは。

 実に身軽。さては、この展開を狙っていたのか?

 女子おなごに頼み事をして仲良くなる。

 実に古典的クラシックな手口だ。

 うちの姫君は、そんなにチョロくないぞ?

 レイは、頭を下げる竜騎士たちにプクククッと笑った。


 いや、こういうの結構好きなンかーい!!


 「モクもいいか?」


 竜騎士たちは年下で未成年で新入りの俺にも、ニコニコと許可を取ってくれた。俺は、レイとお揃いの黒百合のピアスを付けた契約主だからな。


 「ハイ。休憩時間内なら」


 残念ながら、竜給仕ウェイターに暇はない。

 戦はなくとも、腹は減るのだ。


 いいけど、レイの服はどうしよう……?

 さすがに海の帝王的ボスキャラにお会いするのに、ドラゴンガールはマズいよな?

 しかし、シオンに借りられるのは、ナースやら、メイド服やら、宴会用の衣装ばかりだ。

 ああ。

 昨日の休暇オフの間にレイの服を買ってくればよかった!

 俺が万年金欠なばっかりになあ!

 

 振り返ると、レイはおもむろにドラゴンガールの服を脱いで、しずしずと畳みだした。

 竜騎士たちは、おお!!とどよめいた。

 素っ裸になるレイを俺は全力で隠したが、なんてことはない。

 すぐにレイの身体は美しい竜の型に変貌していった。そういうことね!


 「とうとう竜乗りデビューか!」

 「俺のスピアを貸そうか?」

 「手本を見せてやるよ!」


 なンだ?!

 竜騎士たちが更に甘い声で、一斉に群がってきた。

 ギャアア!!

 押しつぶされる!!

 近い、近い、近い!!

 なンなの?竜のほうが好きなの?

 怖い怖い怖い!!

 

 「はいはーい、お触り禁止でーす!」

 

 ハイドは実に手慣れた様子で、彼らの輪に押し入り、並ばせていった。

 俺が呆気にとられている間に、シオンが受付をどんと構え、受け取った贈り物を手際よく開封した。


 「はーい。レイへの贈り物はこちら。生モノと手作り品はお断り。新品未開封か金でお願いします!」


 「生花は?」

 「あー、モク!受け取って!」


 「手紙は?」

 「あー、モク!読んどいて!」

 

 「歌は?」

 「あー、モク!聞いといて!」

 「なンでだよ!!」

 

 このトンチキな状況に俺は全然ついていけないが、さすがにツッコんだぞ。


 竜騎士たちは、大きなリボンや包装紙に包まれた外套、装飾品、まじない紙次々と持ち込んだ。


 これはあれだ。姫プレイだ。

 ここでも育成ゲームいくせいゲーだ。

 ちび竜たちの契約主も居た。


 ああ。

 クッキーくんたちの不機嫌の理由はこれか。

 列に並ぶ契約主かいぬしサンの隣で見たことのないへの字口をして、涙目になっていた。

 かわいそうに。

 今日の竜騎士たちは、すっかりレイに夢中だ。いつもの甘い声はどこへやらだ。

 

 「どうした。シャキっとしろ?」

 「明るい挨拶、毎日しようだぞ?」

 「なんだ、疲れたのか?お前たちだけで、竜寝床アルコーブに行くか?」

 

 竜騎士が女の子に、贈り物をするなんて日常茶飯事だ。

 しかし、レイは闇の竜人型リフォーム済とはいえ、竜は竜……。

 大きなリボンの贈り物を、よその竜にやるなんて、耐え難い事態だろう。


 待てよ?

 マズイ!

 マズイマズイ!!


 俺は日陰のヒョロヒョロ組だ。

 こういうとき。


 悪いのは、ちび竜たちの契約主かいぬしだ。

 しかし、彼らは竜騎士で紳士。


 贈り物の受付をしたのはハイドとシオンだ。

 しかし、彼らもまたエース竜騎士。


 贈り物を受け取っているのは、レイだ。

 しかし、彼女は闇の竜姫さまだ。


 そして。

 こういうときなぜかはわからないが、いつも悪党役にされるのは俺なのだ!!

 ジト目のヒョロヒョロ、腰抜け男。


 俺は、この嫉妬やきもちやきのツケを払わされ、矛先でグッサリとやられる自分の画が、ありありと浮かんでしまった。


 嫉妬やきもち焼いても、船焼くな!

 なーんてモグさんは呑気に言うけど、嫉妬やきもち焼きほど、怖いものはないのだ。

 第七船団を丸焼けにしかねない。


 ここは、ボヤ騒ぎのうちに日陰の消火活動だ。

 俺はとびきりの笑顔を作って、ちび竜トリオに近づいた。


 「クッキーくん、ソックス、ニッカポッカ。レイに贈り物ありがとう。お返しは、何がいい?その、今すぐは、無理なンだけどさ。何でもってわけにもいかないンだけどさ。給料日の後?ならさ。特大のリボンに包んで、みんなに贈るよ」


 ……我ながらカッコ悪!!

 しかし、金がないンだよぉ。


 それを聞くとクッキーくんたちは、パアッと花開く笑顔を見せた。


 『うふふ。いいよぉ。お気持ちだけでぇ』

 『俺たちの給料袋は、大っきいしぃ?』

 『モクは、まだ仮免でしょ?』


 くっ。

 耳の早いやつらめ!


 『俺は、食堂のアツアツのパンがいいな』

 『そうそう、それに、モクの給料袋はレイのものだよ』

 『女の子は、竜に乗りたいんだよ。市場に行くなら竜車を呼ばないと。お金が居るよ!』


 ぐうう。

 都会の竜は、ちびでも世慣れたこと言うなあ。


 『『『んじゃ、頑張ってー!!』』』


 ちび竜トリオは、キャッキャとはしゃいで、契約主かいぬしサンにぎゅうむと抱きついた。


 あ、あれ?

 ケロリとしているぞ。

 俺は、またしてもイチャイチャの出汁にされただけか?

 や、やられたー!!


 クッキーくんたちは、チラチラと俺の方を見ては、キャッキャと尻尾でハートを作るのだった。




 ◇


 


 レイは、宝玉の縫われた白い外套に身を包んでいた。

 花の文様が織り込まれた、美しい生地だ。

 俺は、急激にレイが遠ざかる心地がしたが、レイは俺の心境を知ってか知らずか、翠玉エメラルドの瞳を潤ませて、俺にすりすりと頬ずりしてくれた。

 いつもの白百合の香りがブワリと立ち上がる。

 俺は右耳を触った。

 そこに黒百合のピアスが嵌っていることを確認すると、少し気分が落ち着く、気がした。


 レイの目はハッキリ、背中に乗るように俺を促した。

 うっ。

 竜とはいえ、女子おなごは、女子おなごだ。

 しかも闇の竜の姫君。

 いいのか?


 オレは、誠に申し訳ない気持ちだったが、レイは手綱も装備していたから、ハイドやシオン、先輩竜騎士たちの顔を見た上で、おずおずと背中に乗った。

 たてがみはフワフワとして温かかった。

 

 わあ。

 これが、竜騎士の見ている景色か。

 怖え!!

 俺が手綱を握ったことを確認すると、レイはブワリと空中に飛んだ。


 ギャア!!

 腰が抜ける!!

 しかし気づけば後ろにハイドが来ていて、俺は二人乗りタンデムになり、俺の首には「仮免許練習中」の札が掛かっていた。

 レイは、チラリと俺の方を振り向いて、クスクスと笑った。

 もう!

 やっぱり可哀想な俺が好きだな?


 レイはくるりと旋回し、大きな雨除けのまじないの上に、さらにまじないを掛けた。

 雨除けのまじないは漆黒に変わり、美しい白百合の文様が、みるみる刻まれていく。

 第七船団の仲間が、おお!っと歓声を上げた。

 レイは、ニッコリと微笑んだ。


 海の帝王は、レイのまじない見た途端、ハッ!とて唸り声をピタリと止めた。


 それから、おずおずと頭を下げた。

 彼が三叉のスピアを振るうと、海の波が割れて、最寄りの海辺の皇国神殿までの道を示し、彼は神殿へと消えていった。


 こちらで話をしましょう、ということだ。


 海辺の皇国神殿には、大勢の巫女さんたちがズラリと待ち構えていた。

 海からの道は、拝殿、更にその向こうへと続き、俺たちは奥へ奥へと案内されていく。


 一般の参拝客は、入れない空間だ。

 天井にも壁には、水妖をはじめ、波や魚、海藻などの文様が所狭しと刻まれていた。


 海の帝王は奥にあったソファに座り、俺たちは少し低い位置へと座らされた。

 しかし、レイだけは海の帝王の隣へ通された。

 海の帝王はレイと、キイキイ、ククク、と会話した。

 

 ……さっぱり聞き取れない。

 一体どうするのかと戸惑ったが、レイとシオンが、キイキイ、くるくると会話を始めた。


 「どうなってるんスか?」

 「シオンはまじないだけじゃなくて、言語もいけるんだよ。でも、難しい言葉はわからないんだ」


 なるほど。

 海の帝王とレイが話したうえで、

 レイがやさしく噛み砕いてるワケね。了解!


 「娘さんが、家に帰ってこないんだって」


 シオンは娘さんの特徴を聞きながら、似顔絵を書いた。


 桃色の髪。

 二股の鰭。

 あれ?


 俺とハイドは顔を見合わせた。

 俺たちと、宴会の夜を一緒に過ごしたあの子じゃないか!


 「ここは一つこれで……」


 ハイドが海の帝王に金を渡そうとしたので、俺は全力で止めた。

 反射神経に自信アリ!


 (娘サンの失踪を金で揉み消すんじゃない!)


 おおかた、シオンの不祥事だと思ったんだろう。

 なんで入隊三ヶ月の俺が、こんなことをエース竜騎士に教えなきゃならんのだ!


 『ごめん』


 シオンが悲しそうに呟いて、俺はゾッとした。

 日常なのか?シオン絡みで、女の子が姿を消すことが?そんなわけないよな?


 若い竜騎士たちは、みんな呑気だった。


 「うーん。彼氏とかの線はない?」

 「友だちと遠出とかな」

 「このぐらいの年頃って、親と居るのが嫌になるしな」


 「酷くないスか?!なんでそんなに呑気?」


 「だって、水妖の女の子だしなあ」

 「母親は、心配してないだろ?」

 「あるあるなんだよ」


 「……フム。わからんぞ?人魚の肉を食えば、八百年の寿命を得られると言われておるからな」

 

 あれ?イジュワール艦長!いつの間に。

 どこから来たんだ?!


 そうだよ。現艦長。

 何故、誰も呼ばなかったんだ?


 ……まあ、担任不在のフリーダムに、わざわざ学年主任を呼びに行くようなモンか。

 余計なことするなよ、ってヤツだな。

 それにみんな、レイと話したかったんだろう。


 イジュワール艦長はコツコツと杖を突きながら、海の帝王の前に座り、スラスラと会話を始めた。

 いやあ。

 実に頼もしい。


 『寿命八百年かあ。いいな』

 「えっ。竜の寿命は千年じゃないっスか」


 俺がシオンにツッコむと、シオンは三本の鉤爪を折り、暫くしてから、えへへ、と笑った。

 うん。計算出来てないな。


 ハイドはそんなシオンを見て、嬉しそうに額を撫でた。

 「難しいよな、難しいよな。いいんだよ。そういうのは、俺がぜーんぶやるからな!」


 ウヘェ。

 甘々。


 「わかった。我々、皇国軍竜騎士団も全面協力をしよう」


 話がまとまったようだ。

 海の帝王は立ち上がると、ギラギラの目でこちらを睨みつけた。


 「えっ」

 「ふむ。仕方あるまい。ここには人魚の肉を食ってでも、長生きしたそうなヤツが多いからな」


 竜騎士たちは一斉に目を逸らした。

 それから己の竜を熱っぽく見つめ、遠い目をした。


 ――人にとっては一生の契約でも、竜にとっては一瞬の邂逅

  

 ……たしかに、八百年の寿命を求めて、いつ暴走してもおかしくない連中だ。


 「お前たちが呑気な発言をしよってからに、海の帝王は一層、疑いを深めてしまったようだぞ……」

 「……ですよねえ」


 俺は、海の帝王派?だ。

 若い女子おなごが丸一日帰ってこないなんて、即通報するに決まってる。

 こんなときのための、空飛ぶ竜のパトロール隊だ。

 相手は水妖だけどさ。


 そうして会談は終わり、各々帰路についた。

 イジュワール艦長は俺の肩を叩いた。


 「竜給仕ウェイター少年。早速、君の能力を使うときが来たようだ」

 「え?休憩時間っスよ。晩飯はまだまだ先」

 「ふふ。そうだな。すまない。人払いをしよう」


 はあ。


 あーあ。

 やっぱり、そっちの生業しごと


 無傷で定年。悠々自適の年金暮らし。

 ハッピーライフ、ハッピーホーム。


 やはり俺には、幻なのか?


 だよなあ。

 空飛ぶ竜のお巡りさんのところに飛び込んだって。短髪にして、髪色を灰み紫沈丁花色ライラックアッシュにして黒百合のピアスをしたって。


 俺は、日陰のヒョロヒョロ組だ。

 王道を歩く、美しい姫君が隣に居ても、それは別に変わらない。

 俺はやっぱり、裏稼業を求められるしそれが性に合うのだ。


 俺は、食堂に戻る時間を心配しながら、人差し指と中指を立てて刀印を結び、フッと息を吹きかけて、己の肚に力を込めた。


 それから、辺りを漂う水妖の匂いを辿った。


 【隠し通路と狙ったお宝が視える】


 それは、人探しだって例外じゃないのだ。

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