即席パーティー、もめる(改稿版)
@hiyorimi_syugi
即席パーティー、もめる(改稿版)
とある町のとある宿屋、その一室で4人の男女が丸いテーブルを囲んで談笑していた。
テーブルの上には人数分の木のカップと料理が並んでいた。
「いやー案外うまく行くもんだな!」
快活そうな剣士風の男が豪快に笑いながら言った。
「そうだな。良い連携ができたと自負している」
剣士から見て右の席に座る真面目そうな顔つきの重戦士風の大男がうんうんと頷きながら言った。
「そうね、初めて顔合わせてノリでパーティ組んだ割にはいい感じだったんじゃない?」
剣士の正面の席に座る魔法使い風の女が気の強そうな顔を今はほころばせて言った。
「互いの名前すら知らないのにダンジョンを攻略できちゃったのは、いい感じなんてものじゃないですよ~」
剣士から見て左の席に座る僧侶風の男がへらへらと笑いながら言った。
四人は顔を見合わせて笑い合うと、エールがなみなみと注がれた木のカップを手に取って一斉に掲げ、
「乾杯!!」
と大きな声で言い合った。掲げた時にエールがこぼれても誰も気にしなかった。それほど彼らは気が大きくなっていた。
この四人は所謂「冒険者」というものだった。
冒険者は主に冒険者ギルドという所で仕事を請け負い、こなすことで日銭を稼ぐものだが、この四人は少し違った。
冒険者ギルドで仕事を探していたところ、今紹介できる仕事はないと言われてしまったのだ。そんな四人が出会って、仕方なく近くのダンジョン攻略を始めた。ダンジョン攻略の仲間を募るのも冒険者ギルドの役割であるから、珍しい事ではないのだが、彼らのように初めて会った者がダンジョンに挑んでも結果は芳しくない事がほとんどだ。だが、彼らは初対面であるにも関わらず見事な連携でダンジョンを破竹の勢いで進んでボスを倒して攻略してしまったのだ。
気分が上がった彼らは近くの宿に人数分の部屋を取った。人数分の部屋を取るのは彼らにとっては贅沢な事だった。今は剣士の部屋に集まってささやかな宴会をしているところだ。
「お前の魔法すごかったな! モンスターどもを一網打尽でさあ!」
「アンタこそ! 厳つい魔物を一刀両断してたじゃない!」
「君の指示は驚くほど的確だったぞ」
「貴方が大盾でみんなを守ってくれていたので冷静に指示出来ていたんですよ~」
などとお互いを褒め合う言葉が飛び交い、酒も進んでささやかな宴会は徐々に声が大きくなっていった。
「にしても今日はすこぶる調子がよかったぜ!」
「私もだ。あの大盾をあんなに軽いと感じたのは初めての事だった」
「アンタたちも? 私も魔力が無限に湧いてくるかと思った程調子がよかったわ!」
「オレたちの運命の出会いが眠ってた力を目覚めさせたってとこか? なんてな!」
剣士の言葉に四人は大きな声で笑った。ひとしきり笑った後、僧侶が口を開いた。
「実はですね~……」
僧侶が何かを言いかけた時、コンコンと部屋の扉がノックされた音が響いた。
剣士が席を立って扉を開くと、そこにはメガネをかけた人のよさそうな白髪の男がいた。宿屋の店主である。
店主は申し訳なさそうな顔で言う。
「お客様、少々声が大きいようで他のお客様から苦情が来ています。どうかお静かにしてくださいませ」
店主はそう言ってぺこりと頭を下げた。
「あーそりゃ悪かったな。気を付けるよ」
剣士はバツが悪そうにそう言って扉を閉めようとした。扉が閉まる寸前、店主はふと顔を上げて剣士にだけ聞こえる声で言った。
「あの……失礼ですが、宿代の方は大丈夫なのでしょうか?」
「え?」
「申し訳ありません。ついこの前にたくさん料理などを頼まれた方が朝になったら姿をくらましていた、ということがありまして。それでつい……」
この宿は利用料金を後払いする方式を採用していた。だから贅沢をするだけして、朝になったら料金を払わずに逃亡する悪質な客に悩まされており、部屋代だけでも先払いにしようかと検討している最中であった。
「そっか、そんな事があったのか! でも大丈夫! オレたちは逃げない! なにせダンジョン攻略してお宝がたんまりあるからな!」
店主の肩をガシッと掴んで励ますように、あるいは自慢するように剣士はそう言った。
店主は顔を明るくするともう一度ぺこりと頭を下げ、部屋の扉を自分で閉めて戻って行った。
剣士は席に戻るとカップのエールを飲み干してから言った。
「明日の朝にする予定だったけどさ、今やっちまわないか? お宝の分配」
「急にどうした?」
重戦士が訊くと剣士は店主から聞いた話を伝えた。
「許せんな」
「ヒドいヤツもいたもんね。そうはなりたくないモンだわ」
「だから逃げないって言ってたんですね~。なんのことかと思っちゃいましたよ~」
三人は口々に逃亡した者を軽蔑するようなことを言った。
「だろ? まあオレたちはそんな心配ないんだけど、一応な」
「まあいいだろう」
「私もいいわよ」
「取り決めでは一番活躍した人に一番価値のある宝を渡して、残りは等分になるように分配する。で間違いありませんよね?」
僧侶の確認に他の三人は頷いた。
「じゃあ、とりあえずで分けてたお宝を持ってきてくれ。ここで確認しようぜ」
剣士がそう言うと、他の三人は自室に置いてあるお宝を取りに席を立った。
剣士はテーブルの上にあるカップや皿をベッドの上にどけると、部屋の隅に置いてあった袋を手に取った。ダンジョンで金目のものを詰め込んだ袋だった。剣士はその重みに思わずニヤニヤと笑みをこぼした。
他の三人も同じような顔で袋を持っている。
ニヤニヤと笑っている四人は示し合わせたように袋をテーブルの上に掲げ、同じタイミングで机の上に中身をぶちまけた。
「…………」
テーブルの上にぶちまけられたものを見た時、彼らは沈黙した。それが何であるかを理解できなかったのだ。いや、何なのかは理解はできたはずだ。しかし、なぜそれがテーブルの上にあるのかは理解できない、あるいは理解を拒んでいた。
「……どういうことだ?
「う、嘘でしょ……?」
「これは……」
重戦士、魔法使い、僧侶が声を絞り出す。
袋に詰めたのはダンジョン内で見つけた金品のはずだった。しかし、テーブルの上にあるものは何の価値もない石の欠片ばかりだったのだ。
「何だコレはああああああああッ!?」
ようやく事態を飲み込めたのか、剣士が慟哭にも似た叫び声を上げた。
「い、意味がわかんねえ! 一体どうなってんだ!?」
「声を抑えるんだ! 店主がまた来てしまうぞ!」
大きな声で騒ぐ剣士の口を重戦士が塞いで言った。
「状況から考えるに……僕たちは騙されていた、ということになりますね」
僧侶はいつもへらへらと笑っていたが、今は沈痛な面持ちで顎に手を当て、考えながら言った。
「ダンジョンの些細なものを金品と思わせる魔法、ってところかしら」
魔法使いが痛恨の表情で言った。
「迂闊だったわ……舞い上がってた……」
「僕もです。ボスを倒した後にも作用し続けている魔法とは……時間が経ったかダンジョンから出たことで効果が切れたってところでしょう」
苦虫を噛み潰したように僧侶が言った。
「どうすんだよ、コレ……?」
剣士はほとんど呆然自失のような状態となっていた。だが、首を振ると彼はその瞳に無理矢理に希望の火をともした。
「いや、諦めねえ! もしかしたら本物のお宝が混じっているかもしれねえ!」
言って剣士はテーブルの上の石をかき分け始めた。
必死なその様子を他の三人は哀れなものを見る目で眺めていた。あるわけないと諦めているのだ。
「ん!? これは!?」
剣士の手が止まった。
そして、石の中から手を突き上げ、掲げてみせた。
その手には赤い宝石のはまった指輪が握られていた。
「それは!?」
「ダンジョンのボスが持っていた指輪!?」
「それだけは本物だったというわけですか!?」
あるわけがないと思ったものを見せつけられて、三人は目を剥いた。次いで歓喜の表情となった。剣士もニカッと気持ちのいい笑顔を見せている。
「いやー一時はどうなることかと思ったぜ」
額の汗を拭いながら剣士が言う。
「でもこれで宿代が払えるな」
剣士がそう言って笑うと、他の三人もほっとしたように笑った。
「よし! じゃあ朝一でオレが換金してくるぜ!」
剣士がそう言った瞬間、部屋の空気が確かに変わった。
「いや、俺が換金してこよう」
「何言ってるの? 私が換金してくるわ」
「落ち着いてくださいよ~。僕が換金してきますから~」
三人は口々に自分が換金してくると言い始めた。それを剣士は不思議なものを見る目で言った。
「何言ってんだお前ら? これはオレのなんだからオレが換金してくるに決まってるだろ?」
ピシリと、空気が音をたてて凍ったようだった。
「……取り決めを忘れているのか? 今見つけた者の物ではないぞ?」
重戦士が怒りに似た感情をグッと抑え、剣士に諭すように尋ねた。
「わかってるって。一番活躍したヤツが一番のお宝をもらえるんだろ? ならオレので間違いないじゃねえか!」
剣士が自信満々にそう言うと、他の三人の表情が明らかに変わった。
三人の考えは概ね一致していた。せっかく手に入れた宝が指輪一つになってしまった。ということは、金銭を手に入れられるのは四人のうち一人だけということになる。それは認められなかった。何よりも全員が自分が一番活躍したと自負していた。
「……は?」
「バカじゃないの?」
「ちょっと同意できませんねえ~」
彼らの否定的な態度に剣士は顔をしかめた。
「とりあえず、その指輪を置いてくれないか?」
「なんでだよ?」
重戦士の提案に剣士は問い返す。
「宝の分配をしようと言い始めたのはお前だろう? 宝はその指輪一つだけになってしまった。ならば、それが一番の宝となる。一番の宝を手にするのは一番活躍した者だろう? 宝の分配をするためには誰が一番活躍したかを決めなければならない。そうだろう?」
重戦士は極めて冷静な口調で言った。その甲斐があったのか、剣士は痛い所を突かれたような顔をした。自分で言い出したことを反故にするのは、嘘を吐かない事を信条にしている剣士にとってしたくない事だった。
剣士は歯噛みしながらテーブルの真ん中に指輪を置いた。
「いいぜ、全員がコイツが一番活躍したと認めるヤツが手に入れる、ってことでいいんだな?」
それに反対する者はいなかった。
「自分の活躍を主張して認めさせるって事ね」
「自分以外の主張は絶対に認めないとかはナシですよ~? 自分の方が活躍したとするならキチンと理論だてて説明するってことにしましょう~。できなかったら無効ってことで~」
魔法使いと僧侶が補足する。
「じゃあオレから言わせてもらおうか!」
剣士が胸を張って主張を始めた。
「ダンジョンのボスを倒したのは、このオレだ! そんでこの指輪はボスが持ってたもの! つまり! オレがいなきゃこの指輪は手に入らなかったし、下手したらモンスターが倒せなくて生きてダンジョンから出られたかもわからねえ! だから、この指輪はオレのモンだ!」
剣士の主張を受けて、魔法使いが鼻で笑った。
「モンスターが倒せなくてダンジョンから出られなかったかも? それは聞き捨てならないわね! ダンジョン内で誰が一番モンスターを倒したと思ってるの? 私でしょうが!? 多くのモンスターを倒した私こそ一番活躍したと言えるわ! だから、この指輪は私の物よ!」
高らかに宣言する魔法使いに、剣士は皮肉そうに顔を歪めた。
「なーに言ってんだ? 肝心のボスに魔法が効かなくて半泣きだったくせによお!」
「な、泣いてなんかないわよ!」
剣士の言葉に魔法使いは頬を引きつらせて反論した。
「アンタなんてモンスターたちに囲まれておしっこチビッてたでしょ!? 誰がそのモンスターを倒してあげたと思ってるの!?」
「はあ!? チビッてねえし! あんな雑魚どもオレの剣で真っ二つだったっての!」
「嘘吐き!」
「なんだと雑魚狩り女!」
剣士と魔法使いは売り言葉に買い言葉でヒートアップしていき、二人が互いに噛みつき合うのではないかと思われた時、重戦士が大きな咳払いをした。
重戦士は一拍を置いて話し始める。
「お前たちの主張はわかった。お前たちがボスや雑魚モンスターを倒したのは認めよう。しかし、それができたのはなにゆえだ? ボスの攻撃や雑魚の攻撃をまともに受けなかったからこその成果だろう? そう、この俺の大盾で守ってやったからだ。故に俺こそその指輪を手にする資格があるのだ」
重戦士の主張を聞いて、剣士と魔法使いは先程の勢いのままに反論した。
「あんなのろい攻撃避けられたっつうの! なあ?」
「そうよ! むしろアンタに魔法を当てないように気を遣ったんですけど?」
言い争っていた割に息のあった口撃であったが、重戦士は首を振って溜息を吐いた。
「ほう? お前たちの目は節穴か? 俺の大盾は攻撃を防ぐだけではない。攻撃を防いだ後、お前たちが攻撃しやすい場所に相手がよろめくようにしたのだ」
「そんな事で……」
「思わなかったか?」
なにやら言いかけた剣士を重戦士の問いかけが遮った。
「大盾で弾かれたモンスターの動きが遅くなったな、モンスターの体が脆くなったな、と」
「何を言って……」
「あッ!」
魔法使いが反論しかけた時、剣士が大きな声を上げた。重戦士がにやりと笑う。
「こ、こいつの言う通りかもしれねえ! 盾で攻撃を弾かれたモンスターはやけに倒しやすかった! 動きものろかった!」
「……チッ!」
魔法使いは舌打ちした。彼女も内心思い出したことを、剣士は包み隠さず言葉にしてしまったのだ。これで重戦士の活躍を認めないわけにはいかなくなった。
「あの大盾には攻撃を行った者の体を重くした上に傷を深くする魔法がかかっているのだよ」
重戦士は自慢げにそう言った。
「お前たちの成果は私のサポートによるものだと理解したか? それはつまり、私が一番活躍したということでいいな?」
剣士と魔法使いはどう反論したものかと考え、一瞬の間が出来た。
「あの~忘れてませんか、僕の事?」
その間に滑り込むように、僧侶がへらへらした笑顔を困ったような顔にして言った。
重戦士は僧侶を見て言う。
「ダンジョン攻略で君は何かしたか? 俺たちはほとんどケガをしてないから活躍なんてしてないだろう?」
そう言われても僧侶はへらへらした顔でゆるく主張し始めた。
「やだな~、指示が的確だったと言ってくれたじゃないですか~。それに僧侶が治癒魔法しか使えないと思ってるんですか? 皆さん、今日は調子がいい、よく動ける、とか言ってませんでしたか?」
僧侶に指摘され、他の三人は顔を見合わせた。三人は確かに褒め合っている時に、調子がいい、盾が軽い、魔力が無限、などと言っていたことを思い出した。
「それがどうしたってんだ?」
剣士が問うと、僧侶はどこか小馬鹿にしているようなへらへらした笑顔で言った。
「たまたま出会った人たちが、全員絶好調なんてあると思います~?」
「まさか……!」
何かに気付いた魔法使いが驚愕の声を上げる。彼女には僧侶の笑顔の口が僅かに鋭くなったように見えた。
「僕が補助魔法をかけていました~」
手品の種を明かすように僧侶は言った。
「何ィ!?」
剣士と重戦士は驚愕に目を見開き、魔法使いは悔しそうに顔を歪めた。
「いや、待て。本当か? 皆が絶好調だった可能性はゼロではないぞ!」
重戦士が往生際悪くそう言って僧侶を指さした。
僧侶は溜息をつくと呪文を唱え始めた。そして僧侶の補助魔法が発動した。その補助魔法の発動には眩い光や派手な音などはなく、ただ静かに対象を強めるものだった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
補助魔法の対象となった重戦士が思わず雄叫びを上げた。発動直後に体の内から溢れんばかりの活力と元気が湧いてきて、叫ばずにはいられなかったのだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
重戦士は叫び声を上げながら、宝と思って持って来てしまった石の一つを右手に掴んだ。
「力が有り余るぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」
叫んで右手に力を籠めると、石はあっさりと砕け散った。石が脆いわけではない。重戦士の力が異常になっているのだ。
「はい、これで信じていただけましたかね~?」
ぱんッと手を打って補助魔法を解除して僧侶はそう言った。
重戦士はもう一度右手に石を掴んでグッと力を籠めてみたが、石は手に食い込むばかりで痛い思いをしただけだった。
「み、認める。君の補助魔法が作用していたことを……」
重戦士は僧侶から目を逸らせてそう言うしかなかった。
僧侶は満足そうに笑う。
「僕の補助魔法が作用していたことで皆さんが成果を上げることができた。つまり、その原因となった僕が一番活躍したということですよね~? だから、指輪は僕がもらいますね~」
僧侶はそう言うとテーブルに置いてある指輪に手を伸ばした。
「ま、待て!」
それに待ったをかけたのは重戦士だった。
「まだ信じられませんか?」
「いや、君の補助魔法が大きな役割を果たした事は認めよう。しかし、聞いてくれ」
重戦士はそこで一旦区切り、呼吸を正して三人の顔色を窺うと、意を決して口を開いた。
「俺には病気の妹がいる」
「!?」
「妹の病を治すために薬がいるのだ。頼む、俺に譲ってくれ!」
重戦士はそう言うと深く頭を下げた。
病気の家族のためという理由を聞かされ、他の三人は顔を見合わせると微妙な空気が流れた。互いに困惑する中で、剣士はそんなことを言われては譲るしかない、という考えになっていった。
しかし、重戦士に病気の妹など存在しなかった。
重戦士が指輪を得るために吐いた嘘であった。彼には金が必要だった。強力な効果を持つ大盾を買うために大きな借金をしていたのだ。一定期間ごとに決まった金額を金貸しに返さないと、どんな目に遭うかわからなかった。
「病気の妹がいるんじゃあ……」
しょうがないか、と剣士が口に仕掛けた時、
「私は村を人質に取られているわ」
魔法使いが重い口調で話し始めた。
「村を……人質? どういう事だ?」
剣士は輪をかけて困惑したようだった。
魔法使いは沈痛な面持ちで話を続けた。
「私は雪深い場所にある小さな村の出身なんだけど、その村が盗賊の襲撃を受けてね。そいつらは村の稼げない者を人質に取って、私のような稼げる者たちに毎月人質の安全を買わせるの。もしも私がお金を払えなければ、村のみんなは殺されてしまうわ!」
妙に演技がかった口調で魔法使いが叫んだ。
「だからこの指輪、私に譲ってちょうだい!」
無論、魔法使いの出身の村など盗賊に襲われていないし、人質に取られてもいない。それどころか彼女の故郷は雪深い場所ですらなく、どちらかというと暖かい場所の比較的大きな町出身だった。重戦士の話が嘘であると直感し、より大きな話で対抗したのだ。
かくいう彼女も金を欲していた。前から探していた魔法書が古書店で埋もれているのを見つけたのだ。しかし値段は高く、その時の全財産でも足りない程だった。高いとはいえ求める者の多い魔法書であったため、すぐにでも誰かに買われてしまうかもしれない。その焦りが彼女に嘘を吐かせたのだ。
「ま、マジかよ……! お前、大変な目にあったんだな……!」
大袈裟かに思われた魔法使いの話だったが、剣士は騙せたようだった。
「でもどうすりゃいい? お前に指輪をやっちまったら、こいつの妹が」
「オイ! どう聞いても嘘だろう!」
剣士が魔法使い側に立とうとしていると感じた重戦士は、ハッキリと魔法使いの話を嘘だと言いきった。魔法使いが鼻で笑う。
「私の話が嘘? 冷たい人もいたものねえ? ところでアンタの妹さん、なんて病気なの?」
痛い所を突かれ、重戦士は一瞬口ごもった。
「は、流行り病だ」
「へえ? どんな症状?」
「うるさい! お前こそ村の名前と場所を言ってみろ! 盗賊の人数は!? どんな装備だった!?」
「醜い争いはやめましょうよ~」
重戦士が声を張り上げた直後、のんびりした口調だと言うのによく通る僧侶の声が彼らの言い争いを止めた。三人とも僧侶の方を見る。
僧侶は人差し指を立て、まるでわがままを言う子供を諭すように言う。
「僕に提案があります。実は僕、とある教団の密命でマジックアイテムを回収してまして。この指輪を回収出来たらそれなりに大きな報酬が手に入る予定なんです。ですから、僕に譲っていただければお二人が必要な分はお支払いできると思いますよ?」
へらへらと曖昧な笑みを浮かべながら僧侶はそう言った。僧侶の恰好から「とある教団」が大陸でもっとも権威を持つ団体であることが予想できた。その教団は慈善活動もさることながら、黒い噂も絶えないところだった。確かに言えることは大金を動かすことができる団体ということだ。それ故に、重戦士と魔法使いは僧侶の提案が自分たちに対抗するための嘘なのか本当なのか、はかりかねていた。
「ちなみになんだが……とある教団が指輪を回収できなかった場合……どうなる?」
重戦士が問うと僧侶は曖昧な笑顔で考える素振りをし、少し間を置くと今まで見せたことのない真剣な表情で行った。
「……死ぬぞ」
僧侶を除いた3人は戦慄した。僧侶の言葉の真偽はわからないままだが、彼の補助魔法の実力や、教団の黒い噂がその言葉を信じてしまえる説得力になっていた。
だが、もちろん僧侶の話も嘘である。
とある教団の黒い噂は、所謂やっかみや陰謀論によるものであり、実際のところ噂程のことはしていない。そもそも彼はとある教団に所属しているわけではなく、あくまで関係者であると勘違いさせる見た目をした方が得だと心得ているから似たような恰好をしているだけだった。
僧侶もまた金を必要としていた。彼は以前組んでいたパーティーを騙して宝を独り占めした。そのせいでその時のパーティーメンバーにしつこく命を狙われているのだ。金を得たら彼が追って来れないように海を渡り身を隠すつもりだった。
重戦士と魔法使いに僧侶の話を嘘と確信することはできなかった。もしも本当だったら、という考えが彼らの口を塞いでいた。
「逆に良かったんじゃねえの!?」
重い沈黙を剣士の能天気な声が破った。
「お前に任せれば二人の問題も解決じゃねえか! あ、でも、それなら俺にも分け前はくれな?」
問題が解決したことで肩の荷が下りたのか、剣士はやけに明るい顔と声で僧侶に言った。僧侶はその勢いに一瞬引いたが、もとのへらへらした笑顔に戻って言う。
「ええ、報酬が手に入ったら必ず。お二人もそれでよろしいですよね?」
「……アンタの勝ちよ……」
「……致し方なし……」
魔法使いと大男は苦虫を嚙み潰したような顔で同意した。
「それじゃあ指輪は僕が預からせてもらいますね」
言って僧侶は指輪に手を伸ばした。
ちょうどその時、コンコンと部屋の扉を叩く音がした。
剣士が扉を開けると、そこには申し訳なさそうな顔をした宿屋の店主がいた。
「あーすまねえ。もう終わったから大丈夫だ。静かにするよ」
店主が何かを言う前に、剣士が先回りして言った。また騒がしくしたことに対する苦情が入ったのだと考えたのだ。それは当たっていた。
「左様でございますか。それでは失礼しました」
店主はそう言って扉を閉めようとするが、閉まりきる直前でぴたりと止まった。
「あの……失礼ですが、宿代の方は本当に大丈夫なのでしょうか?」
店主は言いながら再び扉を開けた。
「大丈夫! 大丈夫! こいつがこの指輪をとあるところに持っていったら大金が手に入るんだってよ!」
言いながら剣士は僧侶とテーブルに鎮座している指輪を指さした。
「ほう……それはつまり、今払えるお金はない、ということですかな?」
店主はメガネの位置を直しながら言った。メガネの奥の瞳がギラリと光ったような気がした。
「えっと、持ち合わせがあるヤツ、いる?」
雰囲気の変わった店主の存在感に圧されながら、剣士が振り返って他の三人に問いかける。
だが、三人は答えずにスッと剣士と店主から目を逸らせた。言葉はなかったが、実に雄弁だった。
「なんでしたかな? その指輪をそこの僧侶さんがどこかに持っていくと大金が手に入る、でしたかな?」
店主は穏やかでありながら、どこか底冷えするような声で僧侶に問いかけた。
「ええ、そうです~」
「どこか、とはどこですかな?」
僧侶は極めて平静を保とうとしたが、そう訊かれて少し口ごもった。
「それはちょっと言えません。なにせ秘密の使命なので~」
「……それでは信用できませんな」
僧侶の誤魔化しを店主はばっさりと切り捨てた。
「宿代を頂けないとなると、あなた方を憲兵に突き出さなくてはいけなくなりますな」
店主の言葉に4人は激しく動揺した。
「ちょっと待ってくれって! こいつが指輪をあの教団に渡したら大金が手に入るんだって!」
剣士が店主を思いとどまらせようと僧侶の言っていたことをそのまま言った。僧侶の頬が引きつる。
「あの教団? それは『あの』教団のことですかな?」
店主が目を細めて僧侶を見た。その目は剣士の剣よりも鋭いように思えた。
「『あの』教団がこの指輪を求めている、と?」
「え、ええ……」
店主の圧に圧倒され、僧侶はそれしか言えなかった。
「……拝見します」
店主はそう言うと、無駄のない動きで素早く指輪に近づいて手に取った。店主の圧に圧倒されていたこともあって、四人は全く反応できなかった。
「……ふむ」
店主は鑑定でもするかのように指輪を色々な角度から眺めまわし、そして言った。
「これを、『あの』教団が求めている? 笑わせないでいただきたい。 なんの力も持たないただの指輪ではないですか」
部屋に一瞬の沈黙が落ちた。
「いやいや! それ、ダンジョンのボスの持ち物だったんだぜ! なんの力も持ってねえハズは……!」
「そうよ! 何もないって事はないでしょ!?」
剣士と魔法使いが慌てて店主の言葉を否定する。
「では、自身の目でお確かめください」
店主は指輪を持ったまま彼らの眼前に突き出した。食い入るように、四人は指輪を舐めるように眺めまわした。
「嘘……魔法的細工が全くない……」
魔法使いが呟いた。
「……そういえば確認なんてしてませんでしたね~」
僧侶が遠い目をして呟いた。
「ボスを倒して舞い上がって、価値のある物だと思い込んでしまったな……」
重戦士が脱力しながら言った。
「え? つまり?」
魔法の物品を見分ける方法を知らなかった剣士だけが取り残されていた。そんな彼に店主は冷たく言う。
「コレはただの指輪で、売ったとしてもお客様方の部屋代と食事代に届くかどうか、というところでしょうな」
「そんなあ!」
剣士の悲鳴が宿に響いた。
「まあこの指輪は宿代として私がもらいましょう。よろしいですね?」
店主がそう言うと、さすがに認められなかったようで四人は抗議の声を上げた。
「それはないだろう! 売れればさすがに宿代くらいは越えるはずだ!」
「そうよ! 売った金額から宿代を引いた分を渡すのが筋というものでしょう?」
「それにそれは僕たちが命がけで手に入れた物です!」
「えっと……そーだ! そーだ!」
彼らの言い分を聞いて店主は溜息を吐いた。
「騙そうとしたことを憲兵や教団に言ってもいいんですよ?」
店主がそう言うと、三人はもう何も言えなくなった。剣士だけは「騙すって何だ?」と呟いて首をひねっている。
「それでは、この指輪は私がいただきますね」
店主はそう言うと無駄のない動きで素早く扉の外に移動した。
店主は人のよさそうな笑顔を作ってお辞儀した。
「それでは、ごゆるりと」
店主は言って部屋の扉を閉めた。
店主が去った部屋の中は何とも言えない沈黙が支配していた。
「えっと……もしかして……嘘だったのか?」
剣士がそう問うと、他の三人は見合って疲れたような顔をした。乾いた笑いが起こるがそれも長くは続かなかった。
「そっか……病気の妹や人質にされた村、マジックアイテムを集める教団なんてなかったんだな……じゃあ、まあ……今日は解散して、また明日ダンジョン潜ろう!」
剣士がそう言うと、三人は意外そうな顔をした。
「騙されそうになったのに、また私たちと一緒にダンジョンに行くっていうの?」
魔法使いの言葉に剣士は意外そうな顔をした。
「当たり前だろ! オレたちめっちゃ相性いいじゃん! まあ、嫌なら無理にとは言わねえけどさ!」
剣士がそう言うと三人はもう一度顔を見合わせた。
三人ははフッと笑うと、代表して魔法使いが悪戯っぽく言った。
「騙されてもしらないわよ?」
宿屋の店主の部屋で、店主は指輪を見つめてニヤニヤと笑っていた。
手元には今しがた書き終えたであろう手紙があった。
その文面にはこうあった。
あなた方が求めていた「魔法を打ち消す指輪」と思われるものが手に入りました。
おっしゃっていた通り魔法的な細工はありませんが、近付くと私の魔力を視認するメガネが効かなくなったため「魔法を打ち消す指輪」だと考えました。
いつもの方法で届けますので確認をお願いします。
全ては教団のために。
即席パーティー、もめる(改稿版) @hiyorimi_syugi
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