ジュウボウ
「粗茶ですが」
マンボウを
「その台詞、その器使って、紅茶な事あるんですね」
マンボウは私のオトボケにも的確に指摘を入れて来た。
間違いない。
このマンボウは模倣でも当てずっぽうでもなく、確かに「会話」しているのだ。
「あの……本日はどういった御用向きで……」
知性を持ち宙に浮く魚と言う、ある種幽霊以上に出会う機会の無さそうな稀少種を前に、私は
「先刻申し上げた通りです。訴えます」
「訴えるというのは、穏やかな話ではありませんが、そのう、こういう場合だと書面で何か……」
「訴状はありません」
「だとすると法に照らして裁きを仰ぐというのは難しいかと……。そもそもで言いますと、人と魚類との係争という先例はどこにも……」
「ええ、ですから、暴力に訴えます」
「そんなマンボウな。間違えた、乱暴な」
「あら、面白がられてらっしゃる」
「まさかまさか」
声音に剣呑な色を嗅ぎ取り、私は急ぎ佇まいを正した。
「あのう、当方と致しましても、与えてしまった損害に対し、出来る限りの補償をする意思が御座いますけれども……」
ああ、それを聞かなければならない。
この悪夢めいた情景によって頭の処理機能が食い潰され、生じた過熱によって浮かされそうになりながらも、私は鋼の意思で話を前に進める一大決心を固めた。
「
そこを聞かない事には
暴力を受領したくはないので、その回避の為にまずは原因究明である。
「『如何なる』?『如何なる』と仰いましたかあなた!」
「ここで申し上げていますのは海棲生物の
「なんて見下げ果てた御方だ!あのような所業に手を染めながら、そこに邪悪の自覚
が、反響で地形と生態系を解明せんとする潜水艦の如き私の迂遠なる探査は相手の
「混獲による個体数の減少!娯楽施設による『間抜けた奇形』といった呼び込みでの見世物扱い!
成程人類を代表する賢者としては、なんとも耳が痛くなる陳述 の数々ではあったが、その中で一節、対話相手の怒りに触れようと訂正せねばならない、どうしても聞き捨てならない箇所を指摘せざるを得なかった。
「
この戦後最大最悪の冤罪事件に臨むにあたり、私の抱いた不本意を熱弁した所、当然の如く火に軽油を注ぐ結果となった。
「何を仰いますか!これは紛れもなくあなたへの指弾!あなた個人を裁く為の法廷です!」
「マンボウが人を捌くのですか?」
「『裁く』!のです!」
「裁く!結構!私は貴君が主張する公訴事実について、一切を否認させて頂く!」
私には勝算があった。
少し上等に言の葉を操れるとは言っても、所詮は脆弱な
万に一つも、負ける道理無し。
「それでは聞きますが、貴方は昨晩、飲食店“マンボウ”で開かれた『合同コンパ』を目的とした集会に参加した。違いますか?」
私の自信は一撃の下に砕かれた。
その常軌を逸した魚類に、
「ぃいやぁ、まあ、行った、というか、うん………」
「その店内という公共の場において、大きな声で我々マンボウについて語って聞かせたという事実について、お認めになりますか?」
「ぃいやぁ、まあ、言った、というか、うん………」
さっきまでの虎の威勢は何処へやら、狐どころか仔猫にも劣る引け腰にまで落ち込んでしまった。
「貴方はそこで!我々マンボウの事を!『最弱』などと呼称し貶めた!
「わ、私は!私は知識を!事実を開陳したまでだ!」
「いいや!嘘です!真っ赤な出鱈目!我々の『最弱伝説』に纏わる逸話は常々
「そ、うなのですか……?」
ここに来て私は己が声音をもう一段、落とさざるを得なくなった。
姿勢と言い口調と言い顔色と言い「被疑者」と呼ばれるに相応しい萎え
「では自ら跳び上がって海面に衝突墜落死と言うのは」
「でっち上げです!馬鹿のする事じゃないですか!」
「日向ぼっこの際に太陽光線で」
「そんな生態を持ってたら絶滅待ったナシですよ!とっくに淘汰されてます!」
「仲間が狩られるとショックで命を」
「目まぐるしい生存競争の中、そんな事で心を驚かすのは人間みたいな腑抜けた
「3億個の卵って」
「あなた方が一回に吐く精子の数と同程度の卵を産むなんて、おかしいと思わなかったんですか?人間はそれを数回繰り返してやっと1体か2体ですよ?」
「では魚を呑み込むと骨が喉に詰まると言うのも」
「………」
呆れが頂点に達したのか、到頭マンボウは押し黙ってしまった。
「マンボウですのに、そんな貝のように口をお閉じにならなくても」
「ちょっと楽しくなってます?」
「いえそのような。今の季節お寒いでしょう?暖房入れますか?マンボウだけに」
「楽しんでますよね?」
「そんなそんな」
「おかしみを感じてらっしゃる」
「決してそのような事」
「訴えます」
「まってつかあさい」
私に残ったのは全面降伏の道だけであった。
事ここに至って始まるは敗戦国の常、
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