第04話:「燃え尽きた世界で:4」
そこは少し開けた場所で、かつての道路の跡地だ。
他の例に漏れず遺跡に過ぎなくなっていたが、瓦礫が片づけられ、整えられている。
そして、長さ約二メートル、幅約六十センチ程度の長方形に作られた小さな瓦礫の山がいくつも、それも整然と並んでいた。
長方形の山の片側には棒状のもの、木の柱だったものや鉄筋の飛び出した棒状のコンクリート、鉄骨等が突き立てられ、ボロボロになった衣服や、日用品だったらしきもの、雑多な野花が、まるで何かへの供物の様にその根元に置かれていた。
「……、お墓?」
少女は、それが何を意味するものなのかを察した。
「……あたしの仲間がやってるんだ。
あたしもつい昨日、手伝った。
非番の時、使える物が残ってないかを探すついでに、だけど。
遺体を見つけたら、ここへ運んできて、埋葬、っていうのをやってる。
……どういう意味があるのか、あたしにはまだ、よく分からないんだけどね」
兵士はその墓地が出来上がった経緯を説明してやる。
「何でも、対価、っていう事らしい。
使えそうなものを使わせてもらう代わりに、昔の持ち主だったかもしれない人達を、その、供養? するんだって。
……まぁ、瓦礫に埋もれたまま、っていうのも、良くない気もするからね。
自分が死ぬ事になっても、こういう風にしてもらった方が、何て言うか……、お前は存在していて良かった、って言われている様な感じがして、いい気持がするし」
「そう……」
少女は短く答えると、瓦礫で作られた墓地を見回した。
軽く数えただけでも、五十よりは多い。
だが、そこに埋葬された人々は、犠牲になった人々の内のほんの一握りに過ぎなかっただろう。
周囲の残骸の中には、その何百倍、何千倍もの遺体が、埋もれ、風化するままになっている———。
そこは、死と、終焉に満たされた世界だった。
もし、少女が、自身の思惑通りに[亡霊]に殺されていたら。
兵士達は、少女をここへ埋葬したのだろうか?
その光景を想像した少女は、胸の辺りが小さく痛むのを感じていた。
自分は死ぬ。
そうする事で、自らの運命を自身で決めることができる。
それは、己では何も決められない、他人に定められた様に生きる事よりよほどマシだと思っていた。
この運命を決めた人々の思惑を外れる事で、彼女をこの世界に生み出し、束縛し、自由を与えなかった人々に復讐できる。
決められた生き方を強制される苦しみから、辛さから解放される。
———そればかりを、考えていた。
だが、自身がそうなった後にどうなるかなどは、微塵も想像したことがない。
少女は自身の思考の中に、自身が死んだら、きちんと埋葬されるといいなという気持ちがある事に気がついた。
それは随分都合の良い事ではないかと思えた。
生きたいと願っていた人々は埋葬すらされず、死後の安らぎさえ得られないのに、死を願った自分が死後に安らぎを得たいと思うのは、利己的な考えに違いない。
そして、埋葬される事も無く朽ちて行った多くの人々の姿を思い描き、少女は、たまらない気持ちになった。
誰にも知られないままに朽ちて行く———。
そうする事で、自分が本当に得たかったものは手に入っただろうか?
何も得られなかったのではないだろうか。
きっと、空虚なだけだったのではないだろうか。
少女は自分自身の運命から逃れたかった。
あらかじめ決められた生き方を強要される事が嫌だった。
死と言うのはそれを達成するためにもっとも確実な方法に思えたのだ。
それは、生きている限り付きまとうやり場のない感情から解放される唯一の手段に違いないと信じていた。
耐え難い苦痛から逃れるためにあがき、考えられる限りの手立てを試し、上手く行かず、最後に残された唯一の解決策だと。
だが、そもそも自分は、何故、他人に定められた運命を拒んだのだろう?
その疑問にたどり着いた時、少女は、目の前に見えている世界が、先ほどまでとは全く異なるものの様に見えた。
燃え尽きて灰色に覆われた荒涼とした世界に、急に、色彩が生まれる。
そしてその中に自分自身がいるのだと、実感する。
私は、———私は、ここにいる。
ここで、生きている。
それは、彼女が生まれて初めて得た感触だった。
「早く行こう。
ここから先は、少し開けているけど、仲間のところまではすぐだから」
兵士は少女の変化には気づかず、彼女の肩を軽く叩いて進む事を促す。
そのまま歩み出した防人に、少女はやはり、無言で従った。
しかしその足取りは先ほどまでと違って、しっかりとしたものになっている。
二人は、今度は瓦礫の中には潜らず、通りの端を進んでいった。
建物の崩壊が著しく、瓦礫の中の隙間を通り抜けるのが危険だったためだ。
通りに出ると、端を移動していても視界が広がる。
こちらの見通しも良くなったが、[亡霊]からも発見されやすくなるため、兵士はより慎重になって少女を誘導した。
道路は他の場所に比べれば瓦礫が少ない。
兵士の仲間達が墓地へと行き来するために整備したからで、瓦礫をどかして歩けるように整えられた小さな道が伸びている。
そのおかげで進む先もよく見えた。
相変わらず廃墟と瓦礫ばかりだったが、数百メートル前方に、かつて鉄道として作られた高架橋が横切っているのがわかる。
「あの高架橋の辺りが、あたしらの野営地になってるんだ」
兵士が少し声を明るくして言った。
高架橋の辺りは、確かに人の手が入っている様だ。
それ自体も補修の手が入っている様子で、今でも列車が通行できそうな状態になっている。
その橋の上に、明かりが灯り、点滅を繰り返した。
数人の人影の様なものも見える。
明かりは兵士と同じヘッドライトによるもので、兵士の仲間が二人を発見し、合図を送っている様だ。
「仲間がこっちを見つけてくれた!
野営地から[シェルター]までは近いし、もう、大丈夫」
兵士は安心したのか、少女を振り返って笑顔を見せる。
少女は、———笑わなかった。
兵士の仲間達が送ってくる合図の光が、微かに歪むのを見逃さなかったから。
揺らぎはすぐに実体化した。
まるで、モニターに映していた映像を急に切り替えた様に。
二人からの距離はほんの数メートル、手を伸ばせば届きそうだと錯覚するほどの距離に[亡霊]が現れる。
二人は、———待ち伏せをされていた。
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