第05話:「戦闘」
少女の表情から異変を察し、背後を振り返って[亡霊]の姿を確認した兵士は、咄嗟に小銃を構える。
「隠れて! 」
兵士は少女に向かって叫んだが、彼女は、———従わなかった。
代わりに防人を押しのけて前に出る。
それは、[亡霊]が振り上げた腕を振り下ろすのと同時だった。
押しのけられた兵士は倒れこみながら受け身を取るだけでも精いっぱいだった。
何が起こったのか理解できないままとにかく応戦するために小銃を構えると、目の前の光景を目にして呆然とさせられてしまう。
「んな……、あほな……!? 」
呆気に取られ、そんな言葉が漏れる。
少女が、[亡霊]が振り下ろした腕を受け止めていたからだ。
[亡霊]が振り下ろした腕は、それが叩き潰すはずだった相手の頭上で確かに止まっていた。
そこにある見えない何かとせめぎ合う様に震え、猛烈な力を加えられて空間が
それは、少女が引き起こした事としか思えなかった。
[亡霊]が弾丸を静止させたのと同じ様に、振り下ろされた腕を受け止めたのだとしか考えられない。
彼女は今まで目深に被っていたフードを脱ぎ去り、長く伸ばした髪を払いのけ、正面に居座る巨体を凛として見上げる。
「そこを、どきなさい」
そして、一歩、前へと踏み出した。
その瞬間。
[亡霊]の腕が一際大きく軋み、まるで悲鳴をあげるような轟音を立てながら砕けた。
その反動で[亡霊]はよろけ、数歩後退し、態勢を立て直せずにそのまま廃墟へと倒れこむ。
すぐさま起き上がろうと残った方の腕でもがくが、廃墟は戦火による損傷に加え、長い年月の間に風化して脆くなっており、容易に崩れてしまうのでうまくいかない。
もがけばもがくほど、より深く瓦礫の中に埋もれるばかりだ。
兵士は目の前で起こった事態を飲み込めなかった。
小銃を構えたまま、呆然としながら少女へと視線を向け、凝視する。
「早く! 走って、逃げる! 」
そんな防人に、彼女は叫んだ。
我に返った兵士は慌てて立ち上がり、未だに瓦礫の中でもがいている[亡霊]の脇をすり抜け、仲間がいる高架橋へと向かって走り出す。
だが、すぐに少女が上手く走れていない事を察知して背後を振り返る。
兵士と共に走り出したものの、少女はほんの数十メートルもせずに立ち止まり、廃墟にもたれかかってしまっていた。
呼吸は荒く、顔色は蒼白で、肌には汗が浮かび、顔をしかめながら右手で自身の頭を押さえている。
「先に……、行って。
私の事は、大丈夫、だから……っ」
こちらを心配そうに見つめている兵士に気づくと、彼女は絞り出す様な声で言う。
そうしている間に、[亡霊]はようやく廃墟から立ち上がろうとしていた。
こちらは[亡霊]に対して有効な対抗手段を持たず、逃げるしかない———。
一刻の猶予も無い状況。
瞬時に決断を下した兵士は小銃を捨てると、少女へと駆け寄り、彼女を担ぎ上げていた。
「ちょっと!? 何を考えてるの!? 」
「うるさい!絶対、死なせないからな! 」
少女は驚きながら叫んだが兵士は怒鳴り返し、そのまま走り出す。
既に完全に立ち上がり終えた[亡霊]が、鈍く大きな足音を響かせながら二人を追って来た。
防人は一人を担いだ状態でもかなりの速度で走っていたが、それでも敵との距離は縮まっていく。
身体の大きさがあまりにも違い過ぎるのに、相手は俊敏な動きを見せる。
このままでは追いつかれるのは確実だった。
「何をやっているの!? 私なんか放っておきなさい! 」
「嫌だ! 」
担がれた状態で背後に迫る[亡霊]の姿を目にした少女は兵士に向かって訴えかけたが、防人は頑として走り続けた。
彼女を助ける。
その理由を明確に言葉として定義する事はできなかったが、とにかく、その場に放っておく事などできなかった。
そんな事は間違っているに違いないと信じているからだ。
仲間がいる高架橋まで、あと三百メートルを切った。
そこへ向かって懸命に走り続ける。
少女はもう為されるがままで、背後の[亡霊]と、少しずつ近づいてくる高架橋とを交互に見ていた。
不意に、線路の上で動きがある。
兵士の仲間の内の一人がそのまま真っ直ぐ走れと叫び、他の数人が小銃と狙撃銃を構えて発砲を開始した。
弾丸は二人の頭上を飛び越えて一直線に[亡霊]に向かったが、やはり通用しない。
飛翔してきた弾丸は空中で静止され、角度のついたものは弾かれる様にあさっての方向へと弾き飛ばされていってしまう。
だが、やや遅れて別の防人が発射した無反動砲の砲弾が弾着し、炸裂すると、[亡霊]の速度を緩めるのにやや効果があった。
ただし、ダメージは無い。
「あんなもの、効くわけない! 分からないの!?
貴女たちなら知っているはずでしょう!? 」
このままでは、どちらも助からない———。
そう悟った少女は兵士に向かって叫ぶ。
「いいから、私を置いていきなさい!
私を囮にすれば、貴女は逃げられる!
私一人なら、何とでもなるんだから!
見ていたでしょう!? 」
兵士は答えない。
担ぎあげた相手の言葉を無視して、ひたすら走り続ける。
仲間達の援護射撃は決して無意味ではなかったが、それでも段々と[亡霊]との距離が近づいて来るのが分かる。
背後から圧迫感が迫って来るのだ。
そして、間近までやって来たそれが残った腕を振りあげると、その様子を観察していた少女は、せめてこの防人だけでも守ろうという決意のこもった悲壮な表情を浮かべていた。
地響きと共に高架橋の線路上に一本の列車が現れたのは、まさに二人が叩き潰されようとした
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