第03話:「燃え尽きた世界で:3」
逃げ込んだ路地を走り抜け、建物にできた大きな穴へ辿り着くと、兵士はそこへ飛び込み、無理やり連れてきた少女を引っ張り込んでその場に突き飛ばす様に押し倒した。
本当ならもっと逃げて距離を稼ぎたかったのだが、自力で走ろうとしない少女をそのまま連れていく事は不可能だった。
瓦礫の上に突き飛ばしたのも、死ぬために来たという少女が元の場所に戻って[亡霊]の手にかかりに行けない様にするためだ。
その場にしゃがんで姿をなるべく隠し、先ほど飛び込んだ穴から外の様子をうかがいながら、兵士は小銃の弾倉を交換して弾薬を装填する。
無駄な事は分かっていたが、兵士が現状持っている自衛の手段はその小銃だけだったからだ。
幸い、駆け込んだ路地は狭く、巨体の[亡霊]は入って来られない様だった。
粉塵はやや収まったが、まだ視界は悪い。
兵士から[亡霊]の姿を確認する事もできなかったが、少なくとも、相手もこちらを見失った様子だった。
何とか時間は稼げたはずだ。
「この先に、私の仲間がいる。
そこまでなんとかして逃げる」
突き飛ばされた衝撃で息が詰まり咳き込んでいた少女に、兵士は気遣う様子も無い。
「げほっ……。
貴女、何で、こんな事をっ!?
……逃げるなら、貴女だけ逃げればいいじゃない!
私は、ここで死ぬために、ここまで来たんだから! 」
ようやく呼吸を落ち着かせて瓦礫の上から上半身を起こした少女は、兵士を詰問した。
「お前、いい加減にしなよっ!? 」
思わず、彼女が発した以上の大声で言い返す。
口調も乱暴になった。
「さっきから死にに来ただの、死にたいだの、どういうつもり!?
周りを見てみろ! そこら中に遺体が埋まっている!
みんな生きたい、死にたくないって思いながら、生きられなかった人達なんだよ!?
お前にどんな理由があんのかは知らない。
けど、自分から死ぬだなんて、絶対に間違ってる! 」
「偉そうな事を言わないで! 」
少女の言葉も、感情的なものだ。
「アンタ何か、[防人]何か、ただの人造人間じゃない!
たかだか二十年も使われれば廃棄される様な分際で、何でそんな事が私に言えるのよっ!? 」
兵士は何も言い返さず、右手で少女の頬を叩く。
ばしん、と激しい音が響いた。
「ぁっ……、なっ、何をっ……っ? 」
少女は、呆然自失としながら、叩かれた頬を手で覆っている。
思い切り平手打ちをされたためか彼女の頬は赤くなり、すぐに腫れて、青あざもできそうだった。
「そうだよ。
あたしは、[防人]。
人造人間、単なる消耗品だ! 」
兵士は静かに、怒りを込めながら言う。
「それでも、自分が死んでもいいなんて思わない。
短い寿命でも、生きているんだ。
二十年後じゃなくて、今、死ぬかもしれない。
[防人]っていうのは生まれる前からそうなる事が決まっている。
けど、お前は、人間は違うはずだ!
いいか!?
あたしたち[防人]は、人間を生かすために作られるんだ!
人間を生かすために、代わりに死ぬ、消耗品として!
……だから余計に、お前が許せない。
絶対に、死なせてなんかやらない! 」
少女は呆然としたまま兵士を見上げていた。
何も言い返してこない。
半ば放心状態で、そんな気力もない様子だった。
「……とにかく、奴に見つからない様に逃げる。
さっきの騒ぎに私の仲間が気づいてくれているはず。
このまま路地と瓦礫に隠れながら行く。
もしかしたら、援護もしてくれるかも。
それまでは、———あたしが、あんたを守る」
兵士は鉄帽の紐を直すと、空いている左手を差し出す。
そこにはもう、先ほど爆発した激情はなく、すっきりとしていて、優しさがあった。
「わっ……、私、は……」
少女はまだ立ち直っていない様子だ。
兵士は少し表情を和らげると、今度は丁寧に彼女の身体をつかんで立たせてやる。
「しっかりして!
無理やりにでも引きずっていくから!
……道はほとんど塞がっているけど、瓦礫と廃墟の間を抜けて行けるルートがあるんだ」
兵士は手を引いて歩き出し、少女は消極的にだが、それに従った。
高度に発達し、無数の人々がせわしなく生活していたかつての市街地は、今や複雑怪奇な迷路の様に入り組んだ廃墟群へと変わっていた。
縦横に伸びていた交通網は瓦礫に塞がれ通り抜ける事はできず、どこにも行けない様に思えるほどだ。
だが、廃墟の瓦礫の山にはいくらか隙間や穴があり、それらが道になっていた。
ようやく通り抜けられるような狭い空間が瓦礫の下にあり、ところどころは人為的に通行できる様に整備された痕跡がある。
この燃え尽きてしまった世界で、防人たちがまだ活動を続けている、その痕跡だった。
鉄帽にポーチから取り出したヘッドライトを取り付け、暗闇を照らしながら兵士は黙々と進んでいった。
時折立ち止まって振り返り、少女がついて来ている事を確認しながら。
[亡霊]の気配は感じられなかったが、まだ二人を探している事は間違いないだろう。
兵士は瓦礫の隙間から小まめに外の様子を覗き見、[亡霊]の姿が見えない事を確認したが、街の廃墟には[亡霊]の巨体が潜むのにも十分な隠れ場所があちこちにあるから安心はできない。
一瞬、瓦礫の影で何かがうごめいた様な気がして、兵士は慌ててヘッドライトのスイッチを切って息を潜める。
相変わらず月明かりがあり周囲を判別する事はできたが、瓦礫の隙間から見ているために視界が悪く、相手が闇に溶け込む様な外見をしているため、それがただの夜の暗がりなのか、それとも[亡霊]なのかの区別もまともにできない。
やがて、[亡霊]の様に見えた何かは、何も気付かずに通り過ぎて行った様に思えた。
「奴らは目が悪いっていうのは、本当なんだね。
物音を立てなかったら、足元を通り抜けても気づかなそう」
ほっとしたものの、言い表し様のない緊張感が残った兵士は軽口で気分を変えようとしたが、少女は何も反応を見せず、気まずいだけに終わってしまった。
二人が瓦礫の隙間を縫って進んだ距離は、実際にはさほど長くは無い。
普通に歩けばほんの数分もかからない様な距離だったが、慎重に進んだ上に歩きやすいとは言い難い経路で、ぐねぐねと曲がりくねり遠回りだったために、たっぷり数十分はかかってしまった。
瓦礫の隙間からまた外の様子を確認した兵士は、安全だと思うとまず小銃を外に出し、それからやっと自身の身体が潜りぬけられるだけの隙間から外へと這い出した。
屈みながら小銃を拾い上げ、射撃姿勢を取って周辺を見回して確認した後、後ろにいた少女へ手を貸して彼女を瓦礫の中から外へと導いてやる。
少女は何も述べず、兵士に導かれるまま外へと出て立ち上がり、それから、目の前の光景を目にして驚きに双眸を見開き、その場に立ちつくしていた。
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