高嶺の花4/犬飼さん【前編】
私の名前は
どこにでもいる普通の女子高生だ。
今は昼休みなので、教室で友達の
「な、なんですのあのペン回しはッ! まるで扇風機ではありませんのッ!」
金城さんはそう言うと、おもむろに胸ポケットからペンを取り出してそれを回し始めた。ペン回しに慣れていないのか、金城さんはポトッ、ポトッとペンを回そうとして失敗している。
きっとペン回しが得意な子でも居たのだろう。
金城さんは、そういうところがある。
直ぐ張り合おうとするというか、なんというか。
スポーツでも勉学でも遊びでも、自分より高みにいる人を見つけるとその人を超えようと突っかかってしまうのだ。
人によっては鬱陶しく思うかもしれない。
でも私はそんな金城さんのことが好きだ。
だってその……かわいいんだもん。犬みたいで。
何にでも噛みついてしまう昔飼ってたペットに似ていて、つい、なでなでしたくなる。
「上手くいきませんわね」
ムスッとふくれる金城さん。
かわいい。ポンコツでかわいい。
でも食事中にペン回しはよくない。
ちゃんとしつけ……注意しないと。
「金城さん、はしたないから止めた方がーー」
「キャアアアッッ!!」
「ーーえ?」
突然、教室の外から叫び声が聞こえてきた。
私と金城さんは顔を見合わせて固まってしまう。
それはクラスのみんなも同じで、教室がシーンと静まり返ってしまった。さっきまであんなにみんな楽しそうに友達と談笑していたのに。
ガラッ!
誰かが教室の扉を開ける音がした。
それとほぼ同時、教室の中に何かが飛び込んで来た気配がした。
ガラガラッ!
大きな物音がして私は慌てて後ろを振り返った。
するとそこには……ゴブリンが居た。ゴブリンは倒れた机や椅子に手を掛けて、よろよろと立ち上がっていた。
「……なんですのアレは?」
「……ゴブリンでしょうか?」
ゴブリンでしょうか? って。私は一体何を言って……でも、何処からどう見ても教室に入ってきたのはゴブリンで……。
私が考えを巡らせていると突然、赤い液体が舞った。私が視線を外した一瞬の出来事だった。ゴブリンが持っていた棍棒がクラスメイトの
「ひ、ひぃっ!」
私は情けない声を上げて椅子から転げ落ちた。
だって棍棒がっ……春夏ちゃんの頭に……それで……。
ぐちゃ。
力なく春夏ちゃんは倒れる。
砕かれた頭はぶよぶよと柔らかくなっていて、倒れると同時に地面にべちゃりと張り付いた。
虚ろな目をした春夏ちゃんと目があってーー。
◇◇◇
「ーー犬飼さん! 犬飼さん! しっかりしてくださいまし!」
私を呼ぶ金城さんの声を聞いて、私はハッと我に帰った。どうやら意識が飛んでいたらしい。
生まれてはじめて意識が飛ぶという経験をした。まるで眠りから覚めたかのような感覚だと、他人事のように思ってしまった。
だからだろう。さっき見た光景が夢であってほしい。神様に祈る気持ちで無意識にそう願っていた。
でもそんな願いは一瞬で砕け散った。
だってっ、目の前に広がる教室が、真っ赤なんだもんっ!
「ああっ……」
ポタポタと涙が落ちる。
そんな私を金城さんが強く抱きしめた。
カタカタと震えが止まらない。
私は必死になってその震えを止めようとしたけど震えは止まることはなかった。まるで真冬の外気に晒されたかのように身体が勝手に小刻みに震えてしまう。
「逃げますわよ」
そう言って、金城さんが私に肩を貸してくれる。でも私の身体は言うことを聞いてくれなかった。腰が抜けて動けない。全身に力が入らない。
「ぐぎ?」
ゴブリンが私たちの方を見た。
返り血で真っ赤になったゴブリンが。
金城さんは守るようにして私を抱き寄せた。金城さんも震えてる? わからない。この震えが彼女のものなのか、それとも自分のものなのか。
寒いっ。怖いっ。……気持ち悪い。
「ぐぎ!」
「きゃあああッ!」
ゴブリンが私たちに飛びかかってきた。
私は怖くてギュッと目をつむった。
きっと春夏ちゃんのように私も、私たちも……殺されてしまうんだ。
……でも、いくら待っても痛みは襲ってこなかった。痛みを感じる暇もなく、私は死んでしまったのだろうか? だったら、どうして私はものを考えることができているのだろう。
私は恐る恐る目を開けた。
『……え?』
金城さんと声が重なる。
「……」
そこには、綺麗な女の子がいた。
白髪の長髪を後ろで結った綺麗な子。整った容姿と制服越しにもわかる均整の取れたスタイルはまるで作り物のようで、
一体、誰なんだろう?
こんな人、私たちのクラスに居ただろうか?
ふと周囲を見回すと、ゴブリンが倒れた机と椅子に埋もれているのが見えた。
白髪の子の手には木の棒が握りしめられていて、まさかそれで私たちを助けてくれたのだろうか?
教室は静寂に包まれる。
その静寂を破ったのは金城さんだった。
「あなたは一体……何者ですの?」
何者って……少し言い方に違和感があったけど、金城さんが芝居がかった大仰な言い方をするのはいつものことなので私はスルーする。
「……ッ!」
白髪の子は金城さんの問いかけに無言で返した。
心ここに有らずといった様子で、心なしか身体がプルプルと震えている。恐れ……いや怒り? それとも悲しみ? その感情は私には読み取れなかった。
「あの」
「……大丈夫?」
私が声をかけようとしたら白髪の子の声と重なってしまった。少し申し訳なく思う。間が悪かった。
「あうっ……」
白髪の子の声は弱々しく震えていた。
ああ、きっとこの人も怖いんだ。それなのに真っ先に私たちの心配をしてくれるなんて……自分のことで頭がいっぱいの私とは大違いだ。
私は自分のことで手一杯で金城さんを巻き込んでしまった。金城さんひとりなら逃げることができたのに、それなのに私は金城さんの足を引っ張って彼女を危険に晒してしまった。
私がうつむいていると、頭上から白髪の子の声がする。
「ここは私に任せて先にーー」
白髪の子は自分の言葉を飲み込んだ。私が顔を上げると、彼女は口もとを押さえてビクビクと震えていた。まるで自分が発そうとした言葉に恐れおののいているかのように。
それはそうだ。だってそれは、その言葉は、死亡フラグなのだからっ。
ゾンビ映画とかで中盤くらいに主人公を庇って死んでしまうモブキャラのセリフだ。このタイミングでそんなセリフを吐いてしまったら本当に死んでしまう。
白髪の子は言い直す。
「……引き付ける。君たち……逃げろ」
少し言葉足らずだったけど、言いたいことは直ぐにわかった。彼女は自分を囮にして私たちを逃がそうとしている。死亡フラグを回避するためにセリフを言い直すくらい死にたくないと思っているのにも関わらずだ。
こんな優しい子を置いていける訳がない。
彼女をひとりにはできない。
「そんなことできません! 私もここに残ります。三人がかりならーー」
「……ろ」
小さな声で彼女は言った。
ん? あまりにもか細い声な上、私の声と重なって聞き取れなかった。たぶん「逃げろ」と言ったのだろう。
「でも……」
「わかりましたわ。行きましょう
私が言い淀んでいると金城さんが
……金城さん? どうしてそんなに迷いがないんですか? てっきり、「私もここに残りますわ」と言うと思っていたのに。いつもみたいに張り合うと思っていたのに。どうして……。
「ぐぎ!」
私が動揺していると、そんなことお構いなしにゴブリンが私たちに向かって飛びかかってきた。
白髪の子が身体を反らして回避する動きを見せたので私は手で顔を覆った。彼女が避ければ私たちにゴブリンが飛び込んで来る形になるからだ。
しかし、気づくとゴブリンは音を立てながら床を転がっていた。彼女が何かしたのだろうか?
「今ですわ!」
「ちょっ、金城さんっ!」
私は金城さんに手を引かれて立ち上がらされた。
身体に力が入る。いつの間にか身体の震えは収まっていた。白髪の子が私に希望をくれたからだ。助かるかもしれないという希望を。
私たちは白髪の子を残して教室を後にした。
すれ違い様に見た、彼女の何処か安堵したような笑みは忘れられそうにない。
まるで彼女は、物語の主人公みたいだ。
きっと彼女のような人を、人はヒーローと呼ぶのだろう。
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