高嶺の花3/教室ゴブリン【後編】
しまった。
あまりにも人と話さない人生を送ってきたから自分がコミュ障であることをすっかり忘れていた。あまりにもたどたどしい言葉を連ねてしまって、つい「は?」なんて思ってしまったではないか。
ふむ……話し方がわからない。
「あうっ、あうあうあー」
とても人とは思えないコミュニケーション能力。
全部「ぐぎ」で意思疎通出来たら楽なんだが……私の正体はゴブリンだった?
「ぐぎ、ぐぎ、ぐぎぐぎ(オレ、オマエ、ブッコロス)」
ああ、なんてことだ。ゴブリン語がわかるぞ。
どうやら彼はご乱心のようだ。凄い鼻息を荒くして血眼になって私のことを凝視している。
「ぐぎ!」
まあ冗談はさておきだ。気の利いた言葉は言えなかったが概ね満足だ。よし、二人とも帰っていいぞ。……ああ、ゴブリンが邪魔で動けないのか。仕方ない。せっかくカッコよく助けたのに死なれでもしたら興ざめだ。フフンッ、私が助けてやらんでもないぞ?
「ここは私に任せて先に行……」
……んあ゛ッ! ヤバい! ヤバいぞッ!
人生で一度は言ってみたいセリフンキング堂々の第1位から第4位くらいを行ったり来たりするセリフを口に出してしまうところだった! 危ない危ない。口に出してたら間違いなく私は絶頂していたッ!
ビクッビクン!
私は咳払いして口を開く。
「……私、引き付ける。君たち、逃げろ」
くそッ! 言葉が思うように出てこないぞッ!
定型文ならともかく長文を自分で考えて発するのが難しい。壊れたロボットか私は。声もやたら震えてしまう。
だが言いたいことは伝わったようで、茶髪の子が慌てた様子で口を開いた。
「そんなことできません! 私もここに残ります。三人がかりならーー」
「邪魔。失せろ」
あああああああああ!! なんてことを言ってるんだこの口はッ! 思ったことをそのまま口に出してしまったではないかッ!
たしかにこんな状況下で腰を抜かすような女の子は足手まといにしかならないから邪魔だとは思ったが、もっとこう、オブラートに包めただろッ!
……なにが何でもできるスーパー女子高生だ。
コミュニケーションという人として最も大切といっても過言ではない能力を鍛え忘れてしまっているではないか。
ぐぎ、ぐぎ、ぐぎぐぎ(ニンゲンノ、コトバ、ムズカシイ)。
「でも……」
「わかりましたわ。行きましょう
私がぐぎぐぎしていると金髪の子が茶髪の子を宥めた。あー、良かった。この人までここに残るとか言い出さなくて。フフッ、空気が読めるではないか君。えっと……金魚さんだったか?
「ぐぎ!」
ゴブリンが私向かって飛びかかる。
私は身体を反らしてそれを回避する。
一瞬、二人の驚く表情が見えた。
それはそうだ。私が避ければゴブリンは私の後ろにいる二人に飛び付く形になるのだから。
だが私はそれを良しとしない。
助けると決めた以上、最後までその役目を真っ当する。
ゴギィ!
私は回し蹴りをしてゴブリンを吹き飛ばした。
え、ちょっと待ってくれ。
私、カッコよすぎないか?
今の見てたか? 見てたよな!? 二人ともッ!
「今ですわ!」
「ちょっ、金城さんっ!」
ずっとタイミングを見計らっていたのだろう。私の有志をバッチリ見ていた金髪の子が茶髪の子の肩を担いでここぞとばかりに教室の扉へと向かった。金髪の子の表情は何処か安堵してるように見えた。
一方で茶髪の子は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。きっと、この程度の相手にも遅れを取ってしまう己自身の不甲斐なさを悔いているのだろう。知らないが。
教室を後にする二人を見送って、私はゴブリンに向き直る。
「ぐぎ、ぐぎ、ぐぎぐぎ(オレ、オマエ、ブッコロス)」
ああ、なんてことだ。ゴブリン語がわかるぞ。
どうやら彼はご乱心のようだ。凄い鼻息を荒くして血眼になって私のことを……ってワンパターンだな。アクションもリアクションも。
君は定型文を繰り返す
流石にここまで来ると次の行動の予測ができてしまうぞ。戦いを長引かせても仕方がないのでさっさと終わらせるとしよう。
「ぐぎ!」
「この辺り……だろう?」
飛んでくるゴブリン。
私はランスロットを前方に構えた。
「ぐぎ……ごぼっ! がはッ」
飛んできたゴブリンの口にランスロットがズブッと入り込んだ。深々と突き刺さり、ブチブチと臓器を抉るような触感がランスロット越しに伝わってくる。
ふむ、固い棒を口の中に突っ込んだのだが、処女膜を破る感触とはこんな感じだったりするのだろうか? まあ処女膜を破ったこともなければ、破られたこともないから知らないが。
「うげっ、ごぼっ! ぐぎ……」
ゴブリンは白目を向いて手足をジタバタとさせていたが、やがて力なく手足をダランと放り投げた。ゴブリンの串刺しの完成だ。
これどうしたものか。
ランスロットを天に掲げる私の視界に、ふとゴミ箱が入った。……ああ、ゴミはゴミ箱に捨てないとな。
がこっ! ぶちゅっ。
私はランスロットごとゴブリンの串刺しをゴミ箱に突っ込んだ。
ハッハッハッ、まるで巨大な串カツを垂れに浸しているみたいではないか。二度漬け厳禁。これだけ大きければ食べごたいはあるだろうが、残念ながらゴブリンだ。食用ではないだろう。
ぐっちゅ、ぐっちゅ。
おっと手元が狂って、ついうっかり二度漬けしてしまったではないか。口にしてはないがマナー違反だ。
なんてことだ。主人公らしからぬことをしてしまった。主人公は串カツを二度漬けするなんて禁忌は犯さない。……まあ、誰も見てないからいいか。
ぐっちゅ、ぐっちゅ。
さて、ゴブリンは始末したが外は相変わらず騒がしいままだ。悲鳴や怒号が鳴り響いている。動物のような鳴き声も聞こえてくる。
私は窓に近づいて外の様子を確認する。
下を見やると……おお、巨大なイノシシに追われる男子生徒がいるではないか。あっ、跳ねられた。
イノシシだけではない。歩く白骨標本やゾンビまでいる。それらは逃げまどう生徒たちを次々に
「……」
もう終わりだ。
諸事情によって真の実力を隠して冴えない女子高生を演じるもここぞという時に強大な力の片鱗を見せてしまい「あいつは一体、何者なんだッ!」と周囲から驚愕の眼差しを向けられる謎の実力者ロールプレイは……もう終わりだ。
冴えない女子高生を演じてる場合ではない。
今求められているのは、この状況を打開できる
「……フフッ」
フハッハッハッ! やっと、やっとだ。この時をずっと待っていたぞッ! 私の力が解き放たれるこの時を!
ここからは私が強大な力を悪に振りかざし、周囲から羨望の眼差しを向けられる無双パートだッ!
なろう系主人公に私はなるッ!
さあ早速、廊下にーー。
「ぐぎ、ぐぎ、ぐぎぐぎ」
「ぐぎ、ぐぎ、ぐぎぐぎ」
おい冗談だろ。
おかわりを頼んだ覚えはないぞ。
同族の敵討ちにでも来たのだろうか?
ゴブリンが二匹、教室へと入ってきた。
ゴブリンの串刺しを二度漬けした報いだろうか。
もうゴブリンはお腹いっぱいなんだが。
「……」
観客のいない教室で、私がため息を吐いて天を扇いでいるとーーーー頭の中に声が響いた。無機質な女性の声だ。
『経験値が一定数に達しました。それに伴い
はて、私の
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