高嶺の花2/教室ゴブリン【前編】
教室にゴブリンが乱入してきた。
……ゴブリン? ゴブリンだって?
テロリストならまだ理解できるがゴブリンだなんて空想上の生き物だ。だが、現実にここに居る訳で。
「ぐぎ!」
「……」
ゴブリンが飛びかかってきたので、私は難なくそれをかわした。
私を抱きしめたいならイケメンになってから出直してくれたまえ。
跳躍した緑のそれは、そのまま机の上に着地した。だが勢いが強すぎたのだろう。机が傾いてそのままガラガラと音を立てながら机や椅子を倒しながら地面に転がった。
「きゃああ! なに!? え? マジでなに?」
「こいつは一体何者なんだッ!」
おい! それは私に向けられるべき言葉だぞッ!
突如、教室に乱入したゴブリンにみんな驚いた様子でその場に固まっている。かくいう私もビックリだ。
だってゴブリンだぞ?
一瞬、コスプレかとも思った。
だがこの身体能力、野生動物のような身のこなし、とても人間とは思えない。だってこんな小さな成りで自分の背丈より高く飛んでたんだぞ? 口元から垂れるヨダレや明らかに正気を失っている目はとても演技とは思えない。なんか臭いし。
こいつは本物だ。たぶん。
「ぐぎ」
ゴブリンは教室をぐるりと見回して、1人の女子生徒に視線を向けると動きを止めた。ググッと足を踏ん張ったかと思うと、次の瞬間、私に飛び掛かってきた時と同じ要領で女子生徒に向かって跳躍した。
ゴッ。
「あひっ」
ゴブリンが飛ぶと同時、振り下ろされた棍棒が女子生徒の頭にクリティカルヒットした。脳天をかち割られた女子生徒は白目を向いてその場に倒れた。じわっと血の水溜まりが床に広がる。
教室が一瞬、静寂に包まれる。
その静寂を破ったのは、悲鳴だった。
「きゃあああああッ!」
「うわあああああッ!」
男性女性問わず、つんざくような悲鳴が木霊する。ゴブリンは楽しそうにケタケタと笑うと、お構いなしに次の標的を身繕い始めた。
「……」
おいおいおい、死人が出たぞ。
ちょっと待ってくれ。
こんなことって、こんなことってーー
ーー最高ではないかッ!
まさか今日この時この瞬間が、ずっと待ち望んでいたここぞという時なのかッ!
フフッ、どうやら主人公になる時が来たようだ。
攻めてきたのがテロリストではないのが少し残念だがそれは些細なことだ。結局、私が今やりたいのは学園に攻めて来た悪い存在をボコボコにして周囲から正体不明の実力者として一目置かれること。だから人を殺すゴブリンでも問題はない。
ンー、興奮してきたぞッ!
「ぐぎ!」
おお!
高揚する私には目もくれず、ゴブリンが跳躍した。
ゴッ!
今度は男子生徒。ゴブリンに突進された彼は仰向けに倒れ、頭を壁にぶつけた。痛がる男子生徒にお構いなしにゴブリンは馬乗りになって棍棒を頭部めがけて何度も何度も振り下ろす。
ゴッ! ゴッ! ゴッ!
両手で頭を庇う男子生徒だったが、ゴブリンの容赦ない攻撃になす術がない。抵抗も虚しく身体から力が抜けていく。
「やめ……ぶべっ」
「ひっ、ひぃっ!」
おお、グロいな。
スプラッタ映画を見てる気分だ。
耐性があって良かった。
「……」
私は武器になりそうなものはないかと周囲を見回し、ふと掃除用具入れに目を止めた。ゴブリンの標的にならないよう人混みと机を盾にしながらロッカーの前まで行き、扉を開ける。
ガチャッ!
バケツに雑巾、チリトリ、ホウキ。
ふむ、どれも使えそうだが、やはりここは王道を往くホウキだろうか? ホウキは学園ゾンビパニックものの定番だからな。まあ、相手はゴブリンだが。
私はホウキを手に取ってその先端にある留め具を緩めながら振り返る。
「邪魔だ! 退け!」
「きゃっ!」
「待っーーごぼっ!」
きっと、ここは危険だと判断したのだろう。
生徒たちは我先にと教室の扉へと向かっていた。
窓から出ようにもここは3階だ。私は出られるが彼らには難しいようで、実質出口は2つしかない。
おーおー、一斉に詰めかけたせいで扉で詰まってしまっているではないか。大量のトイレットペーパーを一気に流したらトイレが詰まって大変なことになるあの現象が起きている。
だがまったく出られないという訳ではない。ひとり、またひとりと教室から生徒が抜け出していてく。ゴブリンがトイレ掃除のおばちゃんよろしく生徒をバッコバッコと間引いているのも相まって詰まりが解消されるのは時間の問題だった。
不味い。不味いぞ。
これでは目撃者が減ってしまうではないか。
このままでは誰も居なくなってしまうぞッ!
くるくるくる、カチャ。
よし。
留め具を外してT字のホウキをI字に変える。
これで槍の完成だ。
名前は『ランスロット』にしよう。
私は動きやすいように上着を脱ぐ。その辺の椅子の背もたれに放り投げて、袖のボタンを外して腕まくりする。そして、野暮ったい眼鏡を外した。
◇◇◇
私が準備を終える頃には教室内は私とゴブリンを除いて二人しか残っていなかった。
「お願いです。
「あなたを放って逃げる訳にはいきませんわ!」
残っているのは、茶色い髪をした清楚そうな女子生徒と、金髪ロングの気の強そうな女子生徒だった。
金髪ロングの子が茶髪の子を守るようにしてゴブリンを睨み付けている。だがその瞳は涙が浮かんで恐怖の色に染まっている。ふむ、どうやら茶髪の子が腰を抜かして動けなくなってしまったらしい。それで見捨てる訳にもいかず金髪の子がその場に残っていると。
「ぐぎ!」
「きゃあああッ!」
ゴブリンが二人に飛び掛かる。
さて、どうするか。
考えるまでもない。
さあ、行くぞ! ランスロット!
今こそ主人公になる時だ!
私は一気に距離を詰めて足を踏ん張った。
ドゴォッ!
「ぐぎ!?」
私はランスロットをフルスイングしてゴブリンに叩きつけた。ランスロットはゴブリンの首辺りにめり込んで、そのまま小柄な肉体を吹き飛ばす。
ガラガラガッシャーン!
ゴブリンは教室に入ってきた時と同様、いや、それ以上にけたたましい音を立てながら転がった。
『……え?』
二人の困惑の声が重なる。
「……」
教室は静寂に包まれる。
その静寂を破ったのは金髪の子の震える声だった。
「あなたは一体……何者ですの?」
「……ッ!」
んあ゛っ! キタアアアアアッ!!
「おまえは一体何者なんだッ!?」と言わせることに成功したではないかッ! しかもモンスターに教われる女の子をギリギリのタイミングで助けるという、男の子なら(私は女だが)誰しも一度は妄想したことがあるであろう主人公ムーブまでかましてしまったぞッ!
ビクッ、ビクンッ!
き、気持ちよすぎるッ!
危うく果ててしまいそうになったではないかッ。
よ、よし。
あとはカッコいい言葉を私が投げ掛ければ百点満点だ。フ、フフッ、落ち着け。セリフは、セリフは……そうだな。何も思い付かないぞッ!
「あの」
そうこうしてる内に茶髪の子が困った様子で口を開いた。あっ、ちょっと待っ……。
私は咄嗟に言葉を吐き出した。
「……はひゅっ! だ、だ、だ、大丈夫?」
は? はひゅ?
私が大丈夫じゃないが?
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