19

 寿太郎は砂の下にいた。ネモジンから見れば、それが単純な事実だった。

 森の境界から荒野を抜けた城塞の跡に見る物はなかった。あるのは焼け焦げた瓦礫とクレーターだけ。作務衣のいうとおり竜の姿は影も形もなく、ただ数人、いかにも魔力を帯びた淡いローブを揃いで羽織る反曲点が、飛び散った鱗でも探しているのか地面を這うように動いているだけだった。連中の処置が監視塔で見たコボルトのときと同じ転送なら大した手間でもなかっただろう。

 転送役が踏みしめる瓦礫の下からは、別種の反曲点も徐々に這い出しつつあった。街の部外者と住民、二種類の反曲点は簡単に見分けが付いた。竜を待ち構えて挑み、死に、蘇りつつある連中は、装備に統一された部分がない。鑓一本を扱く裸人がいれば輝く鎧に刀の柄だけを下げる武者がいた。双子がいた。三つ子がいた。狼のように毛深い巨躯があれば、頭から覆う襤褸切れの下に犬らしいマズルを覗かせる獣人がいた。

 ネモジンは探究心から目を逸らした。この場に至るまでの経緯がいくつ見えたところで同じことだった。

 反曲点たちもまた、誰もネモジンには構わなかった。街とも呼べない瓦礫の山を幽鬼のように彷徨いあるいは屯して酒を開ける異物たちは、誰一人、灰を蹴って歩く新参者に見向きもしなかった。ネモジンはその空気に攻撃的な無視というより弛緩した慣れを感じ、単に軽蔑した。つまり、人が増えようと減ろうと誰も気にせず、戦況が変わることもないのだろうと思った。

 ネモジンは瓦礫を踏みしめて直進した。街を突っ切って抜ける。城塞の反対側、竜が来た側の壁は完全に崩れていた。無秩序に燻る石の山は元の高さも分からない。門も道もどこにあるのか、あったのか、探す糸口も見たらなかった。

 ネモジンは足場に構わず強引に瓦礫を登った。

 傾斜の頂上からの景色は来た道と違った。ならしたように広がる焦土は同じ。ただその先の空の下に、黒い海が見えた。

 寿太郎の気配はまだ向こうにあった。ネモジンは感覚のまま進み、焦土を超え、海に近づき、その手前で足を止めた。

 波の寄る砂浜があった。そこでようやく寿太郎の気配は“前”から“下”になった。

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