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 寿太郎は土の中にいる。他の誰でもない寿太郎自身が、自分は土の中にいると確信していた。そして同時に寿太郎は、そう思考する自分の肉体がどうやら存在しないらしい、という感覚も抱いていた。

 それは当然に矛盾だった。確かに視界はない。夜の闇か目を閉じたような暗さではなく、眼窩で向きを変える眼球の摩擦がない。鼓膜と鼻腔が刺激を捉えない。全身に肌触りがない。皮膚と触れるはずの外には温かさも冷たさもない。のし掛かっているはずの土の重さも、痛みもない。

 指先の一つも動かすイメージが湧かない。声を出すどころか舌の動きも唾を飲むこともできない。渇く喉もない。明暗も体の変化も起きない今は時間の経過も捉えられない。

 感覚に入力がなく、外部への出力がない。そのための装置──器官がない。

 寿太郎が見る今の自分は、これらを認識する意識だけの存在だった。そしてその意識には、それは変だと反芻する理性があった。

 仮に、何らかの理由で操作できる肉体がなく、たとえば脳神経だけがどこかに生存しているのだとすれば、それがどれだけ僅かな物体だとしても、維持と稼働にはリソースが必要だ。つまり現状においてその供給を受けていることだけは間違いなく、その環境がただの暗く冷たい土の中ということはあり得ない。それでは餓死か窒息死するだけだ。そもそも感覚器官を持たない状態で持つ「自分がどこにいるか」の判断が正しいはずもない。

 つまりこんなものは事実の認識に失敗した偽記憶か、シンプルに幻覚や夢を見ている状態に違いない。寿太郎は考え続けた。ここは土の中ではない。

 だが、では、どうするか。何ができるか。夢ならば覚めるかも知れない。幻覚は収まるかも知れない。体を動かそうと意識し、空回りし続けることはできる。あるいは元の形の肉体が実際にないのだとしても、脳波は動き続けるはずだ。そうすれば──。

 寿太郎の頭に、土の中の現状とは別の場面が思い浮かんだ。一つ前、ここに来る前の情景として記憶されている状況。薄暗い御堂の中には自分とは別にもうひとり、機嫌の悪い剣士がいた。

 僕は助かるだろう。寿太郎は安堵というより真剣に思い直した。救われることを諦めなければ、必ず救ってくれる人がいる。

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