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 作務衣の声は明るく軽薄だった。


「とはいえ実は、目に見えるあれもトドメではないんです。伝説はともかく、静止軌道から地上に届くほどのエネルギーを集めれば流石の竜にも少しは効くみたいですが、それでも一撃で心臓を蒸発させるには足りません。

 レーザーの本当の役割は別にあります。あれは、曲りが集める雨雲を吹き飛ばすために撃たれるんです。そうして覗いた青空──宇宙から、今度は監視衛星が竜の姿を撮影して、その映像を全世界のネットワークに割り込んで即座に公開。つまりたった今、この星で起きている10億人の半分があの竜を目撃して認識した。そういう仕組みが完成しているんです。実際、この協力は人類社会の義務ですから。

 霧は払われ、魔は暴かれた。かくしてオオトカゲは溶解した瓦礫と死体の山で力を失い、外から跳んできた反曲点に解体回収されてしまいましたとさ。おしまい」


 これ見よがしな無関心さの裏に、自分の手柄として誇るような高揚があった。言葉の途中で振り向いたネモジンは不意の空しさを覚えた。こんな幼稚な相手と話していたのか、という徒労感があった。


「あなたたち反曲点にこの世界の竜は殺せない。そしてあなたたちに殺せない竜を、この世界は殺すことができる」


 作務衣は得意げに語り続ける。ネモジンはぞんざいに手を振ってその言葉を遮った。


「構図はもう分かった。だから反曲点がこの世界に溜まる。だからあいつらは、一縷の望みを掛けて竜に挑んで自殺と復活を繰り返す。もしくは、諦めてこの世界に適応しようとする。そしてあなたはそういう役立たずを侮蔑して、その死に快感を覚えている。話は終わり? なら、私は失礼するけど」

「ここまで教えてあげても城に行くんですか? 何もかも無駄だと分かっているのに」


 作務衣は驚いて見せつつ嬉しげに嘲笑した。対するネモジンはもう何も説明する気を失っていた。先に進む目的も、反曲点になるような存在はおそらく街の連中でさえも元々は、人に言われただけで道を変えることはないことも。あとにはただ、この呪いのような存在は遠ざけるべきだという発想だけがあった。


「──ああ。あなた、反曲点じゃないのね。この土地の出身か、少なくともこの文明で元々生きていた人間。この世界の魔術師。だから現地の自然神と交渉できる。だから曲りのことも反曲点も侵略者として恨んでいる。だから、私とは分かり合えない。実害を受けたのかまでは知ったことじゃないけど」

「身分を自称した覚えはありませんが、まあ、部分点ですかね。私は、ここがこうなって住民が追われた当事者ではありませんから、恨みなんてたかが知れています。でも私が、竜も反曲点もみんな死ねば良いと思っていることは正解。褒めてあげますけど、それがどうかしましたか。私の動機に納得して同情して、今ここで死んでくださりますか?」


 作務衣はケタケタと笑った。ネモジンは金槌を持った子供に下げたままの両手を開いて見せた。


「もっと良い獲物を教えてあげる。ここに来る途中、森と山の向こうで、死体を蘇らせる反曲点と会った。名前は修理。城もどきを小さくしたような監視塔に住み着いていた。ここの復活にも関わっているのかとか、確かなことは知らないけど、木を殺すなら枝葉より幹より根の近くを伐るべきでしょう」


 作務衣は表情を固めた。貼り付いた笑顔に疑いと迷いがあった。


「命乞いですか?」

「狙われてたの? 知らなかった」


 そう言い捨ててネモジンは少女に背を向けた。進む荒れ地は新鮮に焦げ臭い。全てが片付いたように見える今も、寿太郎の気配はやはり城の方向にあった。

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