16

 酒の雨は彼方に降り続けている。ネモジンの体が濡れることはなかった。


「仕留めた?」

「それは外れ。酔い潰れただけです。今頃お城の方々が竜にたかっているはずですけど、あの人たちにも仕留められません。竜に攻撃を通すには相応の武器が必要。それがお決まりの物語。あなたたちの持ち込む名もなき棒きれでは、どうやっても無理なんです」

「必要なら取りに行けば良い。竜殺しはどこにあるの?」


 作務衣は笑った。口と目の歪みは明確な嘲笑を示していた。


「とっくに見つかっていますよ。外で全て回収して、あなたたちの手が届かない場所に保管されてしまいました」

「また外か。面倒な土地」


 ネモジンは森の向こうの来た道を睨んだ。


「いまいち分からないんだけど。なら、あいつらは──あなたたちは、殺せない竜を相手に何をやっているの?」

「一緒にされるのは心外です。あちらのみなさんは純然とした囮。竜をおびき寄せる餌。自殺。捨て石。私がやっているのは時間稼ぎと位置の固定。価値が違います」


 作務衣が言い切る。久しぶりの気分でネモジンが振り向くと、作務衣は遺体を巻いた藁に燐寸で火を付けていた。乾いた稲わらと風の通る土地、火の回りは早い。細い煙が勢いを増すのを確かめて頷き、今度は作務衣が、ネモジンと肩越しの空を見た。


「遺体は残せません。そういう儀式ですから、みなさんお得意の復活も起きません。名前も、どこの世界から来たのかも残らない。他人だから気にしないですよね。あ、もう下がらなくても大丈夫です。お酒が降らなかったから、今回このあたりは安全。ではお客様、再び城の上空にご注目ください」


 作務衣に言われるままネモジンは空を見た。その瞬間は唐突に、最初から視界にあったものを見落としていたように忽然と訪れた。

 空と地上を結ぶ白い直線があった。それは異常に細く高い塔のように見えた。根元は城塞に、頂上は雲を突き抜けて消える直線は、いつ現れたのか判然とせず、上下どちらを始点に伸びたのかすらネモジンには判断が付かなかった。

 しかし直線は、確かに寸前までは存在していなかった。そして何のきっかけもなくその形で現れた訳でもない。直線は空から地上に落ちたはずだ。目を細めるネモジンのわずかな確信には根拠があった。

 空では白い直線を中心に雨雲が引き、青空の円が猛スピードで広がり続けている。地上では城壁が崩落していく。視覚から遅れて届いた突風が二人と森と遺体の煙を揺らし、雷鳴に似た轟きが体の芯に響いた。運ばれてきた空気にはアルコールとプラズマの焼ける臭いがあった。城塞の内側、直線の根元で急激な加熱と爆発が起こったことは確かだった。

 数秒後、現れたときと同じく、直線は突然に消えた。後に残ったのはまさしく抜けるような正円の青空と、炎と煙を上げる瓦礫の山だけだった。

 竜の姿は見えない。城塞だった物は沈黙を保っている。その翼が二度と開かないことをネモジンは直観した。


「さて、竜殺しを搭載した人工衛星によるレーザー攻撃をご覧いただきましたが……。解説はどこから必要でしょう? 重力はご存知ですか?」

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