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 厄介な相手だな。ネモジンは無言で見做した。事物の出し入れも、意図──"支援"のルールとトリガーが説明されないことも実に鬱陶しい。どこまでが存在の範疇なのか見えないことも最悪だった。

 ネモジンは無造作に抜いた刀を柱の一本に打ち付けた。刃が半分まで進み、木片が砕け散る。

 引いた刀はそのまま手の中にあり、その手も、ネモジン自身も消えることはなかった。

 ネモジンは繰り返し柱を削りながら思考を並べた。


「痛くもかゆくもない。こんなことは攻撃にならない。もしくは、そもそも私を消すことはできない。あるいは、まだ消さない理由がある」


 断定するには判断材料が足りない。絨毯の向こうの虚空、堂の奥の暗闇、まだ踏んでいない領域を眺める。

 そしてようやく寿太郎のことを考えた。

 見えなくなった少年はこの向こうにいる。山の生き物が匂いと音だけで自分と相手の関係を知るように、胸の寄生結晶は今も変わらず同類の存在を告げていた。消えたわけではない。死んでもいない。ただ一瞬で移動しただけだ。

 正確な距離は分からない。建物の奥行きは見えないが、ネモジンの感じる寿太郎の気配は決して近くなかった。外から見る限り、御旅屋の背面には山と木々が続いていた。

 ネモジンは瞬間移動が寿太郎の能力である可能性を思い浮かべ、さすがにないかと首を振った。


「──私の発言からあの少年を消したなら、撤回する。あの少年にはまだ用がある。戻しなさい」


 ネモジンの声が響いて消える。


「ダメか。じゃあ少年のいる場所を示して」


 何も起こらない。何も現れない。


「上等だわ。廃屋にして差し上げる」


 ここは潰そう。ネモジンは外套の内側を漁り、細長い筒を見つけて取り出した。深紅の表面に非常信号灯の印字。発炎筒(たいまつ)。薬品の劣化は怪しいが火さえ付くなら話は簡単になる。

 手順を決めたネモジンの頭に寿太郎の言葉が浮上した。ずいぶん前に聞いた気がする説明の中の一単語だった。


「大曲っていうのをまだ見てない。どこにいるの?」


 微かな風がネモジンの髪を揺らした。風は正面から背後の外に吹き抜けた。

 窓か扉か、ともかく闇の奥に風穴が空いたらしい。いちいち控えめで不親切だが、今回の現象は確かに支援と受け取れないこともない。


「──暗い。照明!」


 ネモジンが思いつきを呟くと言葉の通り天井に光の点線が灯った。微かに揺れて瞬く明かりはフィラメントの電球に似ているが、その中心に核らしいものはない。照らされた床は堂から続いて木板が敷かれていた。左右の壁は見えない。

 外観から想像し、正面に伸びる明かりの列を信じれば、道は直線の洞窟らしい。そしてやはり以前から存在したと言うより、たったいま空いた連絡路という気がした。

 ネモジンはその道を進んだ。

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