12

 洞窟はあっけなく終わった。その異常な短さがまたネモジンの機嫌を損ねた。歩き出してすぐ正面に現れた明かりの強さ、視界に広がっていく早さ、外の空気を感じるまでの時間と距離が、山を突っ切るはずの外観とまるで合わない。魔術的なショートカットか認識への干渉どちらかに違いなく、正確に歩かされるより楽に済んだことも確かだが、ネモジンにはどうしようもなく不快だった。こんなものは不誠実な手抜きだ。自己の優位を疑わない存在から軽侮されている、としか思えなかった。

 それでも、あるいはだからこそ、ネモジンは洞窟を出た瞬間に心から安堵した。

 外の景色は堂の側とよく似て、しかし決定的に違った。空は高く青く、見下ろす緑の木々の植生も変わらない。異世界に飛ばされたわけではなく地続きの土地らしい。だが間違い探しは簡単だった。

 ネモジンは、切り開いた森に建つ城壁と数本の櫓──小さな砦を見下ろし、その向こうの果てしない海を眺めた。

 人の見える距離ではないが生活らしい煙はあった。それでも居住地というよりは防衛拠点らしく見えた。城壁の周囲は焼け跡のように黒く荒れた土が剥き出しで、人の行き交う道らしい道もない。その黒い大地の上で、城壁と街の石壁だけがやけに白く真新しく不自然に浮いていた。


「城っていうのは、ああいうのを言うんだよ、少年」


 何より悪いのは、ネモジンの胸に響く寿太郎の気配はその方向にあることだった。

 岩屋のこちら側には堂のような建築もない。そこは急角度の山林に突き出した岩盤の上だった。ちょうど洞穴に直結する足場は人為的、というより巨人がいたずらしたような景色だったが、奇観という以上のことはなかった。木々の間には道と呼べるものはなく、斜面はただ降りれば獣でも転がり落ちそうに急峻だった。


「ちょっと、まだ着いてないでしょ。最後まで案内しなさい」


 ネモジンの言葉は独り言で終わった。山肌と木々に変化は起こらない。御旅屋にはもう声が届かないか、そもそも山の内側しか制御できないらしい、とネモジンは見切りをつけた。

 第三の可能性は次の瞬間に浮上した。

 空を行くものを見上げたとき常にそうであるように、それは最初、錯覚のような黒い点に見えた。それは海上の空に気付けば存在し、黒雲の下で瞬く間に巨大化した。まっすぐに接近する飛来物。白む霧雨の中で影のような黒さ。帆のように広げられた羽ばたかない翼、雨を貫くように突き出した首と尾──羽根の生えたトカゲ。


「ああいうのは、竜とかドラゴンとか呼ぶの」


 ネモジンはそれを大曲と直観しつつ自分の語彙にあてはめた。御旅屋は確かに案内を終えたらしい。サイズは捉えがたいが鯨の群れ二十頭ほどを束ねたくらい、飛行高度は背後の山とほとんど変わらない。雨をまとう竜の影が地上に落ちることはなく、ただその軌跡が暗く濡れていく。音まで届きそうな豪雨だった。

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