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塔の敷地を越えた先にはまた一本道があった。
ただし今度は少し進めば景色が変わった。最初に目に付いたのは川と橋だ。遠い山側からまだ見ぬ海側、行く手の右から左に流れる静かで広い川と、石組みのアーチ橋。疑う余地のない人工物。
橋のあちこちで屯す数人の武器携行者、おそらく反曲点たちはネモジンと寿太郎をただ眺めて、それ以上には構わなかった。曲りへの見張りだとすれば塔の近くでは出番もないだろう。人に興味を向けない呆けた顔をネモジンはただ侮蔑した。やる気があるだけ塔の死体の方がマシだと思う。
「橋からこちらは安全です。城にようこそ」
寿太郎が言った。疲労と体のダメージを無視した弾んだ声だった。
「城?」
ネモジンは遠くから近くから四方八方、首が回る限りあちこちを見回した。
橋の対岸では草原が農地に開けていた。石垣と土塁の区画で背の揃った穀類が風に揺れる。ぽつぽつと背の低い家屋も見える。果ての見えない水田に立ち並ぶ青い穂は疑いなく健やかで、同時に、収穫にはまだ早いことをネモジンに直観させた。
確かに平穏ではある。曲りは塔から点在する反曲点が刈り尽くしているらしい。ただ城らしき建築や城壁は見当たらない。最大限文明的に捉えて、農村以上の呼称は浮かばなかった。
寿太郎は不思議そうにネモジンを見ていた。悪気があるとは思えない。ここまで常にそうであったように。
ネモジンは微かに落胆する自分を笑った。意識に上がらないレベルで歓待を連想していたらしい。この世界に来てからは概ね順調で忘れていたが、本来、言葉の齟齬は珍しくもないのだった。
「いや、うん。案内ありがとう。こういう心安らぐ景色は久しぶりに見たかも。食用の農地?」
「そうですね、あれは稲です。食物も機械を使わずに栽培する必要がありますから、いっそ外から運び入れるより効率が良い、ということらしいです。他にも穀物や青物、養鶏も少しあります。ここでなら魔法も使えますから」
寿太郎は誇らしげに語った。城に着いた、と言いつつその足取りは止まらない。ネモジンは付き合うことにした。
「魔法がアリで効率を気にするなら、複製しちゃえば良くない? あれだけビックリ人間が暇してるんだし、誰かしらはできそうだけど」
「味が違うと反曲点に文句が出たそうです。試してみますか?」
道の先、山の中腹に一際大きな家屋が見える。低く広い屋根と木々にぼやけた輪郭はやはり城らしくない。ネモジンは寺院を連想した。
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