8
転がった寿太郎の背中は円形に焼け焦げていた。すでに襤褸だった衣服は煙を上げ、黄ばんだ皮膚と寄生骨格の隆起が露わになる。その背中がすぐに曲がり、寿太郎は床に手を突いて咳き込んだ。
ネモジンは意外だと目を見張った。窓の外からの攻撃。残骸がないことから魔力でも直接ぶつけたと推測する。確かに不意を突かれた。しかし寿太郎は明らかに軽傷だった。
「えっ、拍子抜けかも。挑戦なんて言うから、もっと殺す気で来るのかと思った」
「下の連中は弱い。堕落だよ。俺は悲しくなる」
答える修理の目の前で、階段との通用口が爆発した──一瞬で無数に突き出された刃のきらめきがネモジンにはそう見えた。槍があり、曲刀があり、ハルバードがあり、その全ての切っ先が修理を捉えた。甲冑を抉る。金属の衝突が不快な悲鳴を上げる。修理の体が吹き飛ぶように後ずさる。数本の刀剣が刺さった甲冑は傘立てに似ている。
修理はその腕で刀を振り、階段から現れた一人の首を体から切り離した。血が吹き出る。頭が落ち、体が倒れる。二度の落下音に続けて、修理は体から刃を抜き捨てた。凶器には血の跡がある。しかし修理は血を流さなかった。傷は瞬時に治療されている。自動回復。
「だからこそ俺が全員殺す。性根を叩き直してやる」
「死んだら直らない」
「直るさ。自力で復活しない奴は俺が蘇生してやる。もちろん全員だ。雑魚でも人手は必要だ」
武装した十数人が駆け込み、階段口と死体が見えなくなる。
ネモジンは寿太郎の肩を引き壁際に寄せた。降りる、黙って通せ──という言葉は飲み込んだ。
「さっき下から撃った人、前に出て」
乱闘はネモジンの希望を無視した。
修理の戦い方はさらに理不尽だった。突き出される刃を避けずに受け、炸裂する魔弾に瞬きもせず、ただ近場の相手を切りつける。猛スピードの回復と致命攻撃を押しつけて一人を殺し、次の一人に歩み寄る。それ以外のことは何も起こらなかった。
勝てないなら降りれば良いのに、と呆れるネモジンもその場の例外ではなかった。本命の周囲は生者と死者で渋滞と見て、一部の反曲点は新顔に斬りかかった。ネモジンはその刃に刃を当てて流した。躱せなかったのは部屋の狭さと足下の寿太郎だけが原因ではない。目の前で狂乱する男の攻撃はコボルトより遙かに速く、重く、躊躇のない殺意と魔力を帯びていた。
「反曲点ね。そこそこ強いけどな」
ネモジンは呟いて気を引き締めることにした。加減なしで打ち合えば負けないとも思う。後始末は修理に任せれば良い。幸い反曲点たちにはろくな連携もなく、混雑はすでに仲間割れに変わっていた。
眼光を血走らせ唾をまき散らし、その全てを宙に置き去りにして、反曲点が剣を振る。ネモジンは銀色の軌道を丁寧に躱した。修理のような被虐趣味はない。大振りの隙を縫って突き出した刀は網に掛かったように鈍化した。加護、結界、魔術防御、抵抗、空気の操作か──興味深い鑑定には気を取られず圧し切る。倒した一人が口から火を噴いて爆発する。散らばる肉片の影から迫る剣先もあった。
どんな世界で過ごした、どんな経緯から身に付いた能力だろう。ネモジンは、殺す一人一人の肩を叩いて聞いてみたいと思った。
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