6

 塔には主人がいた。

 なだらかな壁面の一カ所が唐突に開き、そこから中年男の髭面がにゅっと出た。

 分厚く横幅もある肉体を鉄製の甲冑に押し込んだ男は、二人を塔に引き入れ、


「修理と呼べ」


 と短く名乗った。

 塔の内部には直角に進む螺旋階段だけがあり、他に人間はおらず、途中の階もなかった。

 修理は二人を外から見えた最上階に迎え入れた。数分ぶりに見る窓と曇天が明るかった。四方にガラスのない窓、中央に寝台の置かれた部屋は管制室というより祭壇に見える。人間の生活どころか、ただ時間を過ごすだけでも適さない殺風景。修理は壁際から木組みの椅子を二つ引き、二人の前に出した。


「あとは朝入れたコーヒーと、茶請けくらいだが。豆の成分を湯に溶かした飲み物だ。高級品だぞ。このあたりでは生育しない」


 修理は空中から陶器の瓶と菓子の乗った皿を取り出した。ネモジンはカップを受け取り、注がれた黒い液体の湯気に目を細めた。


「毒味をします」寿太郎が意気込んだ。

「いや、そういうことではなくて」

「土地の水が腹に合うかどうかだろう。死活問題だ。これは水質の良い井戸水だが、その基準自体がこの世界のものだからな。下す奴は下す。俺もたまに来る」


 言いながら修理は自分のコップにコーヒーを注ぎ、特に旨そうでもなく喉に流し込んだ。ネモジンは、うえーという顔でカップを数秒見つめ、ついに口をつけ、飲み干し、うえーという顔で首を横に振った。

 修理は口の端で笑った。その手にも肩にも銃はなかった。ただ手近な壁際に銃身とスコープの長い狙撃銃と、鞘付きの刀剣が立てかけられていた。ネモジンは茶請けのクッキーを貪り、甘い指を振った。


「その銃。話を聞く限り、この土地にガチの工業製品があるのはおかしいはずだけど。そういうものは存在するだけで魔性──曲りを遠ざける。この塔もそう」

「貴様の認識は正しい」


 修理はあっさり認めた。話が早いという感慨すら示さなかった。


「工業製品。動力装置。動力によって製造された部品からなる機器。機械化の経緯を持つ物品はこの地における禁忌だ。この塔も実のところ、元々あった施設を打ち壊して、魔力で練った素材から再建したハリボテだ。だから電気も水道も通ってない。おかげで冷蔵庫も置けない。世界を移動する連中の装備が大体そうなるようにな」

「量産品は消耗品。部品を調達できる保証はない」


 ネモジンも短く同意した。量産品の問題は規格だ。たとえば銃弾の口径。たとえば電源のアンペア。電池の構造。銃と電力の生産に到達する世界は多いが、現地でそのまま補充することはまず不可能という経験則があった。


「あの銃と弾丸は、外で作られた純然たる工業製品だ。ただし、塔が備える銃はこの一丁しかない。分かるか? 曲りの世界に銃が一丁しかなければ、その希少性が魔力を帯びる。別格。伝説。聖剣ならぬ聖銃だ。撃ち込めば確実に殺せるが、その存在が曲りを妨げることはない」


 修理は断言した。通らない理屈でもないかと思い、ネモジンは肩を竦めた。


「その銃を持つあなたは、選ばれし英雄ってところ?」

「我々はただの兵士だ。見張りであり尖兵だよ。防衛部隊として組織化され、越のあちこちに配置されている。勢子と立間──塔の銃手と地上の剣士も持ち回りだ。時機が来れば交代する。我々はそういう仕組みに従っている」

「どうして?」ネモジンは短く尋ねてから言葉を補った。

「移動者なんでしょ。口ぶりからすると、下の人たちも、あなたも。なのに体制に従って、こんな楽な狩り場に溜まってる。このままでクリアできるの?」


 修理はネモジンと寿太郎の間を見つめた。


「貴様ら、自分たち以外の移動者と会うのは初めてか」

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