第17話 光庭園異聞III 第三話「永遠の実験室」



実験室の時計は午後3時を指していた。


「たった10分の実験です」

バレンシアガのドレスに身を包んだ明美博士が、にこやかに説明する。

「新しい知覚薬の人体実験です」


私は実験台の上で、点滴の針が刺さるのを待っていた。

高額の報酬に魅かれて参加した実験。たった10分なら、と思ったのが間違いだった。


透明な液体が静脈に流れ込む。

その瞬間から、世界が歪み始めた。


「経過時間、1分」

明美の声が響く。


しかし、私の感覚では既に数時間が過ぎていた。

部屋の壁が呼吸するように膨らみ、縮む。天井の蛍光灯が、まるで生きているかのように蠢く。


「経過時間、2分」


私の皮膚の下で、血管が蛇のように這い回る感覚。それは数日続いているように感じられた。爪の生え変わるのを見た。髪が伸びるのを感じた。


「被験者の生理的時間が加速しています」

明美が観察ノートに何かを書き込む。

その音が、永遠に続くように聞こえた。


「経過時間、3分」


私は自分の肌が老いていくのを見た。

しわが刻まれ、シミが広がり、皮膚が薄くなっていく。

しかし意識は明晰なまま。


「素晴らしい」

明美の声が遠くから聞こえる。

「被験者の主観的時間が極限まで引き伸ばされています」


天井に取り付けられた鏡に、私の姿が映る。

若かった顔が、刻一刻と老いていく。

それは数年、数十年の時の流れを、圧縮して見せられているようだった。


「経過時間、5分」


私は叫びたかった。しかし、声を出す前に既に数時間が過ぎているように感じる。

一つの言葉を発するのにも、永遠の時間がかかるように思えた。


研究所の壁の向こうに、別の実験室が見えた。

そこにも私がいた。そして別の実験室にも。

無数の実験室で、無数の私が、それぞれ異なる時間を生きているように見えた。


「経過時間、7分」


明美が私の目の前に立つ。

彼女の一つの動作が、何年もかかっているように見えた。

その瞳の奥に、狂気の色が渦巻いているのが見えた。


「あなたは今、何年経過したように感じていますか?」

彼女の質問が、永遠のように響く。


私は答えようとした。

しかし、一文字を発する前に、また何年もの時が流れる。


「経過時間、9分」


鏡の中の私は、もう人生の終わりに近づいていた。

しかし意識は、この歪んだ時間の中で永遠に生き続けることを強いられている。


「経過時間、10分。実験終了です」


明美の声が最後に響いた時、私の意識は既に数百年を経ていた。

そして理解した。

これが本当の終わりではないことを。


私の細胞の中で、時間はまだ狂い続けている。

永遠に。


(続く)

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