でかい犬。そう、こいつはでかい犬だ。
「ここが教員棟。先生たちがいる」
教員棟なんだからそれはそうだ。
頭がいいはずなのに説明が下手くそというか……必要最低限の情報しか言わないから、いまいち伝わらないんだよな。
まぁ、今はそれよりも気になることがあるんだけども……。
「あの……さっきから思っていたんですけど、この手はなんですか?」
「あなたが逃げないように握っている」
そう。
サリアは私の手を掴んで離さないのだ。
なんだかひんやりしていて気持ちいい感触だが、女の子とずっと手を握りっぱなしってのは、前世男の私にとっては抵抗がある。
まぁ今の私は女だから?
変に見られることはないんだけどさ。
それでもやっぱり、気になるのは気になるというか……。
「あの、逃げませんから手を離してくれませんか?」
「わかった」
そう言って離してくれたと思ったら、今度は私の背後に回ってのしかかって来た。
「あの……歩きにくいんですけど。何してるんですか?」
「ん。あなたの言うことは信じられない」
「それにしたってこれはないでしょ……」
「手を握るのはやめた。要望通りにしたのに何が不満?」
「いや、これは変な目で見られるでしょう? まだ手繋ぎの方がいいですよ」
「文句が多い人。仕方ない」
そう言って、サリアは私の横に並ぶと、腕を組んで来た。
「いや、手を繋いでなければいいって問題ではなくてですね……」
最初と何も変わってないどころか悪化している。
これはもう何を言っても無駄なんだろうか。
なんか、前世でよく似た感じの生き物がいたんだけど、なんだったかな。
なんとか思い出そうとしてると、サリアが不貞腐れたように言った。
「あなたが逃げるから悪い。ペットの方がまだお利口」
口悪すぎないか……?
というか、今ので思い出した。
でかい犬。そう、こいつはでかい犬だ。
普段はこちらに見向きもしないくせに、用がある時はかまってアピールしてくる大型犬。
こんなこと言ったら絶対否定されるだろうけど。
その前にまず伝わらないが。
まぁ、こんなスキンシップも今だけだろう。
案内が終わったら、関わりがなくなるはずだ。
たぶん。きっと。そうに違いない。
そう思わないとやってられない。
そんなことを考えていたら、ふと、なんで私だけ案内されることになったのかが気になった。
「そういえば、学院に入るのは皆同じなのに、どうして私だけ案内があるんですか?」
「知らない。私はやれって言われただけ」
私が疑問を投げても、サリアはとりつく島もない。
彼女がこんな様子なので、自分で考えるしかなかった。
考えられることとしては、私が貧民だから学院の勝手を教えることと、貴族との人脈を作らせること。
それからサリアの側にも次期聖女とのパイプを繋いで、彼女の人脈を広げようってところか。
実際どうか知らないけど。
そんなに大きく外れてはいないだろうと思う。
私からすれば余計なお世話なんだけどな。
学園で迷うより、こいつと関わりを持つ方がきつい。関わったら死ぬかもしれないというのに、周りは良かれと思って繋がりを作ってくる。
理不尽な状況に、思わず嫌味を言いたくなった。
「やれって言われたからやるって、それなら学園長に言われたらどんなことでもやるんですか?」
「得になるからやった。じゃなきゃやらない」
そんなに魔法授業免除が魅力的だったか。
まぁ、これが終われば向こうも報酬が貰える。
今後も関わる必要はないだろうな。
それはこちらとしても都合がいい。
もう関わる必要がないと思うと、せいせいした気持ちになる。その開放感からか、安堵の思いが口から出た。
「じゃあこの案内が終わったら、あなたとの関わりはなくなるんですね」
「なくならないけど?」
は?
なんでそうなる。
「何を言っているのですか? 学園長の要求は、案内することだけだったでしょう? それ以上はあなたの時間が無駄になると思うのですが」
「あなたこそ何を言っているの? 次期聖女との繋がりを断つなんて、馬鹿のすること」
あー。サリアにもそういう感覚はあるんだ。
てっきり聖女なんて興味がないのかと思ってた。
でもそうか。本当に興味がなかったら、ゲームでもすぐ繋がりがなくなるはずだもんな。
これは思わぬところで計算が狂ったぞ。
なんとか関係を断ち切るために、嫌な奴を演じることにした。
「でも、私にも選ぶ権利はあると思いません?」
「私の家は結構いいところ。選ばない理由はない」
「私は人間性で判断したいので」
「そんなに私といるのが嫌なの?」
そりゃ嫌だよ。一緒にいたら死ぬかもしれないんだもん。しかも、一番よくて人格破壊だからな。どうあがいても幸せにはなれない。
無闇に傷つけるのは心苦しいが、なんとしても関係を断つため、少し強い言葉で拒絶することにした。
「だってあなた、言い方がきついんですもの」
「それは……そうかもしれないけど。直らないものは仕方ない」
あ、気にしてるんだ。こういうところが可愛いらしい。ゲームでも、内心の描写が可愛かったから、キャラとしての好感は持っている方だったし。友情END見て帳消しになるんだけどな。
これが画面の向こうだったなら、まだ許せたけど……。
ここはゲームじゃないから、仲良くなろうとは思わない。
そういう時の選択肢なんて、突き放す一択だ。
「大変でしょうが、頑張ってくださいね。応援してます」
わりと強めに拒絶したからか、サリアは黙り込んでしまった。
と思ったら、とんでもないことを言ってきた。
「……応援してるなら、付き合って」
「はい?」
「だから、言い方の訓練」
なんだ、そういうことか。
違う意味だとわかっていても、ヒロインに付き合ってって言われるとドキっとするな。
死ぬかもしれないドキドキだけどさ。
こんなの受けたらどうなるか分かったもんじゃない。
悪いけど拒否させてもらう。
「嫌ですけど?」
「なんで?」
「こちらこそ、なんで初対面の人にそこまでしなきゃいけないんですか。もっと仲のいい人に頼んでくださいよ」
「そんなのいない。応援してくれる人も、あなたが初めて」
まじかよ。リップサービスも言われないくらい人脈が壊滅的なのか。
少し同情しそうになるが、ここで承諾するわけにはいかない。なんせ命がかかっているから。
「社交辞令って知ってますか? その気はなくても、表面上は仲良くしましょうってことです。さっきのはそれですよ。それくらいは貴族の基礎なのでは?」
「ずっと一人だったからそんなの知らない」
「なら、ご両親に教わってください。私はあなたのお母様ではないので」
どうだ。ここまで言えばさすがに拒絶の意思は伝わっただろう。
と思っていたら、サリアが涙目になって、震える声で呟くように言った。
「……じゃあ、さっきのは嘘ってこと?」
あ、やばい。これ普通に傷つけてるやつだ。
良心の呵責がすごい。
しかも、周りを通りがかる人たちが酷い人を見る目を向けてくる。
さっきから往来はずっとあったけど、今や立ち止まって内緒話をしてる人もいるくらいだ。
あー。これ無碍にすると、噂が広まって悪い方向に行くやつだ。
死亡フラグは避けたいけれど、立場が悪くなるのも本意じゃない。
次期聖女は人でなしなんて言われたら、どうなるかわかったものじゃないから。
…………仕方ない。
ここはサリアに付き合ってやるとしよう。
「……わかりました。あなたのコミュニケーション能力の改善に付き合ってあげます」
「本当? 嘘じゃない?」
やめろー! そんな潤んだ目で私を見るなー!
あんたの容姿でそれやられると破壊力が凄いんだよ!
「本当ですから! 涙ぐむのをやめてください! 私が悪いみたいになるじゃないですか」
「……わかった」
ハンカチで涙を拭って、落ち着くサリア。
ゲームではこんな展開にはならなかったけど、結局どうあがいても友好を結ぶことになるんだな。
強制力が働いてるみたいで嫌な気分になる。
もしかして、ゲームのルートから外れることはできないのだろうか。
そうなると、かなりしんどいぞ。
ゲームでは一ルートずつだったのに、五ルートで最適解を繰り出して生き延びなきゃならないんだから。
そう思うと、なんだか憂鬱になってくる。
まぁ、頑張るしかないんだけどさ。
……しかし、なんだ。仕方なくとは言え受け入れたのに、サリアからは感謝の言葉もない。
いや、そもそもそういう情操が育っていないのだろう。
両親はなにをしていたのだと思わなくもないが、まずはここから教えるか。
「何かを承諾されたり、助けて貰った時は、笑顔でありがとうって言うんですよ」
「そんなの教えて貰ったことないけど」
「本来なら教えるまでもないことだからですよ。今度からはそうしてください」
「わかった。ありがとう」
そう言って、優しい顔で笑うサリアの顔は、死ぬかもしれないなんて焦りを一瞬忘れさせてくれるくらい、綺麗だった。
さすがヒロイン様。
ゲームだったらスクショ確実のスチルだったね。
こういう顔をみれるのは、役得かもしれないな。
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