こいつは一番苦手なヒロインだ。

「あなたが次期聖女のレイナ?」


 ひーっ!

 他の悪役令嬢とは関わらないって決めたのに、向こうからやってきた!

 

 サリア・メイ・ラ・グランツ。

 取り巻きに囲まれているミーシャとは真逆の、ひとりぼっちヒロイン。孤高の天才研究者だ。

 

 魔法において右に出るものはおらず、魔法授業が免除されていたりする。

 ほぼ無表情だから何を考えているかわからず、そのうえ基本的に言葉数が少なく、意思疎通がはかりづらい。

 

 さらに容姿が青髪ショートカットとくるので、負けヒロインの代名詞みたいなキャラ設定をしているが、彼女にもきちんとハッピーエンドは用意されている。

 それがとんでもなく難しいんだけどな!

 

 あのゲームはキャラクターごとに遊び方が違っていて、サリアルートは人脈を広げるのがキモとなるのだけど……まぁ断片的な情報からでも分かる通り、サリアはコミュ障だ。

 出てくる選択肢も壊滅的なものばかりで、人脈を作るのに苦労する上、やっと繋げられたと思ったらすぐ壊すようなことを言う。

 

 モノローグでわかる性根は優しいから嫌いにはなれないんだが、いかんせん出てくる言葉がまずいものばかり。

 ミーシャが一番好きなヒロインだとしたら、こいつは一番苦手なヒロインだ。

 

 キャラとして嫌いではないんだけどな……こいつとの友情ENDがトラウマで……。

 人脈を広げられなかったサリアは、ゲームの私に依存して、彼女を監禁するようになる。そして、惚れ薬でもって一生離れないようにするのだ。

 ヤンデレ苦手だから、このルートは無理なんだよ……。

 ゲームの私は薬で頭おかしくされて、サリアといると幸せいっぱいの身体にされるのだが、生き残ることが確実でも、それだけは絶対に嫌。

 もうそれ自分じゃないもん。

 だから、正直関わりたくはない。

 

 それに、初期のサリアの言葉は棘があるし。

 本心は別にあるとしても、好きこのんでキツい言葉を浴びせられたい奴は少ないだろう。

 どう反応しようか悩んでいたら、時間をかけすぎたのか、向こうが痺れを切らした。


「レイナなの? レイナじゃないの? 早く答えて。私の時間を無駄にする気?」

「あ、はい。レイナです」

「ならついて来て」


 嫌だよ。

 ミーシャ以外のヒロインとは関わり持ちたくないもん。

 仮に持ったとして、お前だけは絶対に嫌だ。

 だって人格ぶっ壊されるもん。

 

 私に背を向けて歩き出したサリアに、こちらも背を向けて一歩踏み出す。

 こいつは口下手だから追ってはこまい。

 と思っていたら、後ろから足音が迫って来た。

 

 振り返れば、無表情で迫ってくるサリアの顔。

 怖すぎて思わず走り出したが、急に足が動かなくなった。おそらく魔法を使われたのだろう。

 固まる私の肩に、手がおかれる。


「なんで逃げるの?」

「いやー、はは。用事があるので」

「私もあなたに用事がある。だから来て」

「いや、自分の用を優先したいんですけど……」

「あなたの学校案内をしろって言われた。だからこっちが優先」


 あー。なんで話しかけて来たのかと思ったら、そういえばサリアルートはそんな始まり方だったな。

 サリアの交流のなさを見かねた学園長がそういう指示を出すんだっけ。

 

 そうじゃなきゃ私たちに接点なんてなさそうだもんな。

 サリアは聖女とか興味あるタイプじゃないだろうし。

 もしかして、ここで交流を持たなければ彼女のルートは潰れるのか?

 確信はもてないが……それが可能なら懸念が一つ消える。

 ここは拒絶一択だな。


「嫌です。あなたの事情なんて知ったことではありません。私は大事な用事があるんです」

「大事な用事って?」

「ミリアルド殿下とのお話です」


 まぁ嘘だけど。

 でも、したいっていったら時間は作ってくれると思うし、別に実際する必要はない。

 ここでサリアをまければなんでもいいからな。

 しかし、物事はそんなに順調に進まなくて……。


「なら私もいく」


 は? ついてこられたら困るんだが。

 まったく遠慮がないやつだな。


「なぜですか?」

「王子に直接言ってこっちを優先させて貰う」


 まずい。そんなことされたら嘘がバレる。

 仕方ない……ここはより踏み込みづらい嘘を使おう。

 嘘を守るためにより強い嘘をつくのは深みにハマっていっている気しかしないが……それしか思いつかないからな。


「……乙女の告白を無粋にもぶち壊すおつもりですか?」


 かなり危うい嘘だけど、サリアと繋がりができて結果的に死ぬよりはマシだろう。

 と考えていたのだが、思っていたよりも冷たい目で見られる事になった。


「本気? 王子には婚約者がいる」

 

 やめろーっ! そんな目で私を見るなーっ!

 ここまで言えば離れてくれると思ったのだが、下等生物を見る目が向けられただけだった。

 ここは世間知らずのフリをするしかないか……。


「そうなのですか? 私、庶民の出なので知りませんでした」

「…………そういうのも含めて教える。だから来て」


 やたら間があったな。

 貴族の常識を教えるめんどくささと、学園長の頼みを天秤にかけたのだろう。

 私に都合の悪い事に、どうやら頼み事の方が勝ったみたいだが。

 なんか餌が用意されてたりするんだろうか?


「なぜそんなに案内にこだわるのですか? 何か見返りがあるのですか?」

「あなたには関係ない」

「目的のためのダシにされるなら行きたくありません。せめて、どういう理由で連れて行かれるのかくらいは教えていただかないと」

「…………案内したら、魔法授業が免除になる。だから来て」


 あー。魔法授業の免除ってここで決まるんだ。

 てっきり頭がよすぎて授業受ける意味がないからだと思っていたが、こういう餌に釣られたわけね。

 どうでもいい裏設定を知ってしまった。

 

 まぁ、浮いた時間で研究したり、ゲームの主目的である人脈作りに勤しむわけだが。

 つまり免除されなければ、ゲームのようにはならない。

 ルートを潰すいい機会だ。

 受ける必要がないな。


「ならば案内はお断りします。あなたの私欲のために使われるのはいい気がしないので」

「これ以上私の時間を無駄にするなら無理矢理連れて行く」


 あー、この子こういうところがあったね。

 見た目によらず結構強情なんだよな。

 これはダメだな。

 やると言ったらやるから、逃げても無駄だろう。


「……わかりました。ついていきますから手短にお願いします」

「今度逃げたら手足をもいで連れて行く」


 ……うん。彼女なりの冗談なんだろうけど、いかんせん無表情だから本気に思えて仕方がない。

 たぶんこういうところだよな。

 彼女の人脈が壊滅的な理由って。

 まぁ、珍しい冗談も聞けた事だし、こっちも乗っておこう。


「次期聖女にそんなことしたら、死罪は免れないと思いますが?」

「そうだった。どうしよう……」


 本当に冗談だよな……?

 真面目に考え込む彼女の姿に、不安がつのってしかたがなかった。


 

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