おもしれー女ルートはやばいんだって!

 ミリアルド・ロマリア・ラ・シンブルグ=ゼーゼアイン。

 このゼーゼアイン国の第一王子様だ。

 こいつがもう本当にどうしようもないくらい自分勝手でな……。

 第二王子のデキがいいからいつも焦燥感に駆られているってのは同情するんだが……それにしたって、箔をつけたいがためにミーシャを捨てて私と結婚するルートがあるのはいただけない。

 

 ホント、こいつがヒーローじゃなければと何度思ったことか。

 女はこういうやつが好きなのか? なんて、訝しんだものだ。

 今は私も女なんだけど。

 色々な補正がかかっているからか、彼に魅力は一切感じない。

 とくに、ミーシャが甘い顔を見せるという点が憎たらしい。

 今もほら、私と話していた時と顔が違う。

 

「ミリアルド様! 今日もお会いできて嬉しいですわ」

「これからほぼ毎日顔を合わせるようになるのだから、気にしていてはもたないぞ」

「そうだとしても、私は嬉しいのです」


 あー、帰りてー。

 どうして好きなキャラと嫌いなキャラのイチャイチャを間近で見なきゃならんのだ。

 こんなの実質寝取られだぞ。

 まぁ正規のカップリングなんだけどさ。

 私は認めてないからな。

 厄介オタクだと思われても、こいつだけは嫌だ。

 だからミーシャには悪いけど、確実に修道院ルートを狙いたいところ。

 こんなやつの毒牙にかかるのは見たくない。


 今もほら。

 ミリアルドのやつは、好き好きオーラ全開の可愛いミーシャじゃなくて、私のことが気になる様子だ。

 まさか彼女を放置して話しかけないよな?

 なんて思っていたら……。


「そちらにいるのはどなたかな? なにぶん初めて見る顔でね。ミーシャ、紹介してくれるかい?」


 こいつ……本当にやりやがった!

 どなたかな? じゃねーよ!

 知ってるくせに!

 まぁ、侮られたくないから認知していないことにしたのかもしれないが……。

 だからって無理矢理話を振るな!

 見ろ、ミーシャの顔がツンとしたすまし顔に戻っちゃったよ!


「ミリアルド様。こちらは次期聖女の……あら? そういえば名乗っていただいていませんわね?」


 ほらー!

 ちょっと怒ってるからか、嫌味ムーブかまして来たじゃないか!

 まぁ名乗らなかったこっちも悪いけどさ!

 タイミングがなかったよね。

 とりあえず、失礼に当たらないように名乗っておく。


「レイナです。以後お見知り置きください。ミーシャ様、ミリアルド様」

「……初対面で王族のファーストネームを呼ぶとは、さすが次期聖女様だな」


 あー、またやらかしたか。

 私にとって彼らはゲームのキャラだったからな。

 ファーストネームで呼ぶのは私としては当然のことだったけど、この世界では違う。

 ほとんどの民は家名なんてもっていないが、貴族にはある。

 彼らをいきなり名前呼びするのは失礼に当たるから、普通は家名で呼ぶもんだ。そこは前世の日本と同じか。

 ミーシャはよく怒らなかったな。

 さすがヒロイン。懐が広い。

 こういう言い方だとミリアルドが狭いみたいになるが、これに関しては全面的に私が悪いから、素直に謝るしかない。


「申し訳ありません。なにぶん庶民の出なものでして。下町では名前で呼び合うのが常識でしたので、それが抜けませんでした」

「なるほど。そういうことなら仕方あるまい。ならば、私のことはミリアルドと呼ぶといい」

「いえ、そんな。恐れ多いです、ミリアルド様」


 あーっ、やべー! ゲームキャラの感覚が抜けなくてつい言ってしまうー!

 恐れ多いと言った直後に名前呼びなんていうとっても失礼なことしたら、本編開始直後なのに首が飛ぶんじゃないか?

 内心ビクビクしていると、ミリアルドはお腹を抱えて笑い出した。


「ははっ! 一瞬でちぐはぐなことを言っているではないか! まったく面白い女だな!」

 

 ちょっ! おもしれー女ルートはやばいんだって!

 その言葉が出るくらい気に入られたら、結婚か死刑しかないんだよ!

 それ以前に、ミーシャの視線が怖すぎる。

 なんかもう、睨み殺さんばかりだ。

 気づかずに名前呼びしても流してくれたのに、今は冷ややかな怒りを感じる。

 これ絶対、私がミリアルドに気に入られたから怒ってるよね!?

 やだー!

 他のキャラには別にどう思われてもいいけど、ミーシャにだけは嫌われたくない!

 一番好きなキャラに嫌われるとか、オタクにとっては死刑宣告だぞ!

 肉体が死ぬ前に心が死ぬわ!


「いえ……これは癖というか、なんというか……」

「構わん構わん。次期聖女とは親交を深めておきたいからな。距離が近い方が周りへのアピールにもなる。だからそのままでいいぞ」

「さ、さようですか。ならばミリアルド様と呼ばせていただきます」


 ものすごい気が引けるけどな!

 でも仕方ないんだ。今更キャラ名と別の呼び方するの無理だもん。

 なんて思っていたら、ミーシャが右手を差し伸べて来た。

 

「わたくしのこともミーシャでいいわ。よろしくね、レイナさん」


 ひーっ。目がよろしくしてないよー!

 次期聖女だから一応の敬意を保つためにさん付けしてるのかもしれないが、それがまた怖い。

 でも好きなキャラと握手できる貴重な機会だから握っちゃうもんね。


「よろしくお願いします、ミーシャ様」


 あー、手がすべすべー。

 ヒロインはお肌も綺麗なんですか。

 水仕事でがさがさになった手で触るのが申し訳ないぞ。

 でも今しか触れないからいっぱい握っちゃうもんね。

 なんだか、アイドルの握手会に参加した気分だ。

 私はアイドルオタクじゃなかったけど、今なら握手したがる人の気持ちも理解できる。

 だって繋がってる実感が沸くもん。

 キモい自覚はあるけど、やめられない。

 一生分味わおうとしっかり握ってたら、ミーシャに白い目で見られた。


「……そろそろ離してくださる?」

「……ごめんなさい」


 推しの成分をできる限り補給しようとするのは、元オタク根性というべきか。

 それで嫌われてちゃ元も子もないんだが。

 このまま進行すると、早々に死ぬんじゃないか?

 もしかして、あんまり二人と仲良くしない方がいい……?

 ミーシャとは仲良くしたいが……でも死にたくないぞ。

 究極の選択で葛藤をしていると、ミリアルドが現実に引き戻して来た。


「あまり往来で立ち話もよくないな。そろそろ行こうか、ミーシャ」

「ええ、ミリアルド様」

「レイナさんも一緒にどうかな?」

「よろこ……んでお受けしたいところですが、用事があるのでご遠慮いたします。申し訳ありません」

「そうか。残念だな。それじゃあ、また会おう」

「はい。またお会いできることを心待ちにしております」


 ふーっ。なんとか乗り切れた。

 ……本当はミーシャと一緒に行きたかったけれど、当の本人が来るなって威圧感を放っていたからな。

 よほどミリアルドとの時間を邪魔されたくなかったのだろう。

 まったく、男の趣味が悪い。

 それ以外は完璧なのに、ヒーローがあいつってところのマイナスがデカすぎる。

 はぁ。

 打首にされない程度にミリアルドの好感度を下げなきゃな。

 でないと変なルートに行きそうだ。

 

 ……っていうか。

 そもそも、死にたくないなら悪役令嬢と関わらなければよかったじゃないか。

 バカがよ……。

 でもミーシャと繋がりを持てないのはやだ。

 彼女とはどうしても仲良くなりたい。

 だって好きだもん。

 でも、他の悪役令嬢とはもう絶対関わらないもんね!

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