「参りました」
「参りました」
悪役令嬢の一人と対面して、思わず出てしまった言葉がそれだ。
「いきなり何の話ですか?」
当の本人は、何が何だかわからずポカンとしているが。
計画にさっそく暗雲が立ち込めるのを感じた。
悪役令嬢には絶対勝てない。
それをまざまざと思い知らされた。
なぜなら――。
「いや、ちょっと美人すぎるなと思いまして」
強気なキャラとしてありがちな真紅の長髪は、そのイメージが気にならなくなるほどに美しかった。
ありていに言えば似合っている。
いや、似合いすぎている。
穏やかとは程遠い印象を与えるツリ気味の目に、意志の強さを表すような口元。
髪と顔の組み合わせが合致すると、こうも神々しく見えるのかと感嘆せざるを得ない。
同じ制服を着ているのに、まるで別物。
ゲームの中でも美麗な立ち絵はあったが、現実になるとこんなに美しくなるんだな。
神様が手ずから造形したと言っても信じるぞ。
「あ、ありがとうございます?」
本人は自分の美に少し無頓着みたいだけど。
改めて自覚を持たせてあげたことに感謝して欲しいくらいだ。
「どういたしまして」
「どことなく上からなのは釈然としませんが……まぁ褒められて悪い気はしません。あなたも、私ほどではないですが、魅力的な顔立ちをしていらっしゃいますね」
褒められ慣れているのか、いきなり美人と言われてもあまり動じていない。
それはそうだろう、とも思う。
もはや彼女は、生物としての格が違う。
こんなのがあと四人もいるだと?
やってられない。
元よりそんなつもりはなかったが、ヒーローたちに取り入って庇護してもらうルートはこれで立ち消えた。
ヒーローたちから彼女らへの興味を失わせるのも無理だろう。己の美貌を使ってなんとか死亡ルートに入らないようにする予定だったけど、それは愚策だと思い知った。
彼女らにヒロインレースで勝とうなんて、おこがましい。
各々の性格は一部のキャラ以外覚えていないから分からないが、容姿じゃ絶対勝てない。
向こうも褒めてくれたけれど、こちとら所詮貧民だぞ。
下町にいた時は私もモテていたが、それだってごく狭い範囲だ。
一応ゲームのライバルポジションだからさ?
私の顔立ちが結構整っているのはそうなんだけど。
主役に勝てるはずがなかったんだ。
今まで、外見では向かうところ敵無しみたいな感覚だったけれど、主役たる悪役令嬢の実物を見てしまうとな……。
これは敵わんわ。
向こうも自分の方が上だという認識はあるみたいだし。
立場も容姿も、こちらが負けているのは自明の理だからなんとも思わないが。
本当、生まれでこうまで違うなんてやってられない。
なんだか八つ当たりしたい気持ちに駆られたが、下手なことをすると首が飛ぶのでやめておいた。
とりあえず、何も言わないのも失礼なのでお礼を言っておく。
「ありがとうございます。ミーシャ様にそう言っていただけるとは光栄です」
「あら……? わたくし名乗った覚えがないのですけど……」
あ、やべ。
ゲームの内容自体はうろ覚えでも、彼女の名前はよく知っていたから咄嗟に出てしまった。
ミーシャ・クラリネ・ラ・アリアンハート。
前世男だった私が、このゲームの、いや、知っている作品の中で、一番好きなキャラだった。つまり推し。
なんと言っても、強気の裏に隠れた繊細さが彼女の魅力だ。
『統率者』という適職ゆえにいつも取り巻きに囲まれていて、周りの期待に応えなければと気を張っているのだが、ヒーローにだけ見せる素顔がとても可愛くて――。
なんて、現実逃避してる場合ではない。
さっさと言い訳を絞り出さないと。
けれど、彼女のプロフィールを思い出したからか、それは案外するりと出てきた。
「未来の王太子妃様の名前を知らないわけないではありませんか」
「あら。あなたは庶民の出だとうかがっていましたけれど、博識ですのね」
「自分の国のことですから。当然です」
「よく勉強されていてとても偉いわ」
そうなのだ。
彼女は正規ルートをたどると、王子と結婚する。
バッドエンドのひとつでは、敵役のヒロインたる私が略奪婚の玉の輿をするのだけど。
……正直、妃教育も受けていない庶民がそんな結婚をしたって、幸せになれる気がしない。
だから、そのルートを選ぶのはありえないのだけど。
同じバッドエンドでも、彼女との友情エンドを辿る。
それが今回の目標だ。
そうすれば彼女の家の支援も得られるしな。
まぁ、そのルートは妃の資格無しとして修道院に落とされるから、ゲームの彼女にとっては幸せではないのだが。
聖女たる私が上司で、彼女が部下。
バッドエンドというにはふさわしいだろう。
現実では私がどろどろに甘やかすから窮屈な思いはさせないけど。
……というか。
「……もしかして、私のことをご存知なのですか?」
「それこそ当然ですわ。久しぶりの『聖女』適職者ですもの。あなたのことは存じていてよ。他の方も同じではないかしら?」
「ありがとうございます。恐縮です」
そうか。私は結構重要なポジションにいるのか。
そういえば、どのルートでも未来の聖女と交流を持つためとかで、彼女たちの方から接触して行くんだったな。
それで結果的に男を取られたりするのだけど。
しかも、ゲームの私も別に悪気はないからな。
悪いのはどちらかというと男たちの方だ。
なんて考えていたら、後ろから男の声が聞こえた。
「どうしたミーシャ。誰と話しているんだい?」
うげ。噂をすればというやつか。
おそらく、私がこのゲームで一番嫌いな奴だろう。
振り返ってみれば、案の定、思った通りのやつがいた。
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