第6話 死屍累々

 ミスター金山マッスルの最期があまりにもショッキングだったせいか、その後の選手たちは次々と脱落しては命を落としていった。そして、参加者が出るごとに、MURIGEが理不尽な仕様に魔改造されていることも明らかになっていった。


 何人かがビビって最初の飛び石でしくじり、ピラニアの餌になった。その後の数人は飛び石こそクリア出来たものの、大回転丸太で回転の勢いに耐えられず、水に叩きつけられてからピラニアの餌食となった。


 ジャンピングロープと呼ばれるトランポリンで跳んでから一本の綱に掴まってよじ登るエリアでは、左右に二本あるうちの一つを掴んだ選手が派手に落ちた。彼が綱だと思っていたのは、実際には綱の色合いに似た肌をした大蛇だった。


 人間の体重に耐えきれなかった大蛇ごと、死の池へと落ちてピラニアの餌食になった。


「あーそうそう。ここにいるのはピラニアだけではありませんので、気を付けて下さいね~。サソリやワニも用意してありますから」


 ボイスチェンジャーで無機質な声に変わっているのもあり、テロリストのアナウンスはシュールな空間を生み出していた。年の瀬に趣味の悪いスプラッターコメディ。唯一の救いは水の中でそれが起こる分、人が死ぬ瞬間を見ないで済むということか。


 あまりにもイカれた状況に参加者や観覧の人々も精神的におかしくなったのか、派手に水へと落ちる選手が出ると、狂った笑いを発していた。もう笑うしかなかったというのが正直なところだろう。


 ステージの池は人が死に過ぎたのか、真っ赤に染まっている。文字通りの血の池地獄を見た参加者が恐れをなし、普段では考えられないミスを連発してはピラニアの餌食になっていく展開が続いていった。


「最悪や」


 狂気の笑いがあちこちで響く中、桧山はひとりごちる。仲間がどんどんいなくなっていくこともそうだが、現実問題として自分の番が近付いてきている。


 よりにもよって、桧山のゼッケンは最後の100番であった。通常この番号は前回の覇者が付けるものなのだが、どういう意図なのか番組のスタッフは桧山にこの100番を授けた。


 動悸がするのは、きっと年齢のせいだけじゃない。ラストを飾るプレッシャー。知らぬ間にネタ枠扱いを受けていたせいか、忘れていたプレッシャーがずしりとのしかかる。


「何でよりにもよって俺なんかが最後なんや」


 思わず漏れる自虐。


 もちろんMURIGE完全制覇をするために自分の体をいじめ抜いてきた。最後にロープを登り切り、ボタンを押すところまでイメージが出来ている。


 ――だが、イメトレをしたからといって、何もかもが解決されるわけではない。


 つまるところ、桧山は何年も前に経験したメインイベンターのプレッシャーで押しつぶされそうになっていた。


 ――俺が失敗するということは、MURIGEに参加した選手が全て否定されることと同じや。


 考えなければいいのに、また余計な思考が胃へ腸へと重苦しい負荷をかけていく。


「やめろ俺。余計なプレッシャーを感じるから失敗するんや」


 グルグルと鳴り出した腹へ向かって言う。気持ち悪くならないよう、軽めの食事に何度もトイレへ行ったはずなのに、下痢になる時の感覚が下腹部で芽生える。明らかに心的な現象だが、それが分かっていて対処出来るなら苦労はない。


 実際問題、過度な緊張で胃腸の調子が悪くなると注意力が散漫になる。そのせいで大ジャンプした後に網を掴み損ねて池へと落ちたこともある。今日、同じことをやれば、それは死を意味する。それを考えるとますます胃が痛くなってきた。


「何でや、誰か教えてくれ。何で俺がラストなんや。もっと他にいたやろ」


 今も続く脱落者たちの悲鳴。桧山も精神的におかしくなっていく。油断すればこの場で漏らしてしまいそうだった。


 ――頼む、誰か俺の代わりにクリアしてくれ。俺は純粋に、MURIGEを楽しみたかっただけなんや。


 懇願にも近い想いとは裏腹に、脱落者はどんどん増えて死屍累々といった様相へ変わっていく。実際に死体は血の池に沈んでいるわけだが、もうこれ以上残酷な場面を見たくなかった。


「神様、神様、神様……」


 皮肉なことに、こんな時は神に縋るしかない。実際のところ、神はこの絶体絶命の状況をどうこうしてくれるわけでもない。それでも何かに縋りたかった。暗黒の魔城に垂れ下がった一本のロープへ縋るよりも。


 極限の状況。気付けば声を殺して泣いていた。何もかもが狂っている。時間よ戻ってくれ。みんなで楽しくMURIGEをやっていたあの頃に。


 壁の向こう側からはいまだに悲鳴が聞こえてくる。


 ――無理や。俺なんかには無理や。


 成功する映像がまったく浮かばない。後は散々浮かんでいるピラニアに喰われる未来が待っているだけだろう。


 自分の番はどんどん近付いてくる。


 どうする? どうする?


 ――逃げよう。


 行き着いた答えは単純明快だった。


 そもそもこんな死にゲーがクリア出来るはずがない。あれは何度でもやり直せるゲームだから許されるのであって、現実でやっていいわけではない。そう考えると、逃げることが一番の正解のように見える。


「俺は朝から急激に体調を崩して、会場には来れなかった。それで説明はつくやろ」


 自分に言い聞かせるようにアリバイ工作を呟く。どう考えても粗しかない理由だが、合理性を求めている余裕はなかった。


「じゃあ、さっさと行こか」


 人格が分裂したかのように、無気力になった自分へ声をかける。


 そうや、俺には帰りを待っている人たちがいる。ヨメも子供も出て行ったけど、それでもいつかは俺が帰ってくると信じているんや。こんな所で死ねるかい。


 気配を消して、その場を去ろうとする。


「待ってくれ」


 後ろから肩を掴む強い力。


 ――あかん、見つかった。


 振り返ると、見覚えのある顔があった。

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