第5話 無理ゲーと化したステージ
次の選手は、ミスター金山マッスルという筋肉芸人だった。お笑いはともかくとして、アスリートとしては数々の競技に出場しては入賞経験もある筋肉エリート。この男なら、あるいは――。
誰もが密かに期待を寄せていた。彼は本業でスベり倒してもまったく気にしない鋼のメンタルを持っている。MURIGEの半分がアスレチックだが、もう半分はメンタルだ。どんな逆境にも、少なくなった残り時間にも動揺しない心は強烈な武器になる。
「頑張れ、金山君!」
あちこちから応援が響く。彼がクリアすれば全員の命が助かるので、応援もいつもよりガチだ。ヒーローが現れて何とかしてくれるなら、それが2番目に出てきた男でも全然構わない。
金山は芸人の矜持なのか、スタート前に一発ギャグを飛ばす。通常なら場が凍り付くほどスベるようなギャグだったが、これまでにないほどの爆笑が起きた。皆が笑う理由に飢えていた。爆笑の裏に、言い知れぬ悲壮感があった。
金山が冥途の土産になりかねない人生最高の大爆笑を背に、文字通り人生を懸けた一戦が始まる。
スタートを知らせるシグナルが鳴ると、金山は素早く飛び石をクリアする。さすが鋼のメンタル。この程度では動じない。
次に出てきたのは巨大なハンマーが空中で揺れているエリアだ。ここではタイミングを見てハンマーをかわしていかねばならず、当たっても耐え抜けば即落ちるわけではないが、足場が悪いので大抵の選手は落ちる。だから、いかにリズムを掴んで素早く抜けるかがキモになる。
ミスター金山マッスルは数秒だけ立ち止まり、左右に揺れる特大ハンマーを見つめていた。タイミングを計って、一気に抜ける。
「上手い!」
桧山が快哉の声を上げる。桧山はこのエリアでハンマーをかわしきれずに池へと落ちたことがあるので、これも自宅にセットを作っていた。単純な仕掛けなのにえらく費用がかかったため、色々な意味で辛酸を舐めさせられたステージだった。
金山はスルリスルリとハンマーの間を抜けていく。数秒見つめただけで、完全にリズムを掴んだようだった。
だが――
ハンマーの振りが急に早くなる。
「うわ」
まさか速度が変わるとは思ってもみなかったせいか、ハンマーが金山の二の腕に直撃した。
「耐えろ!」
ハンマーが当たっても耐え抜いて通り抜ければアウトではない。筋肉エリートの金山なら耐えられるはずだ。
もう間に合わない。ハンマーが当たる直前に力む金山。頑張って、堪えるんだ――
――刹那、金山の体が大きく吹っ飛ばされる。
「うわあああああああ!!」
見た瞬間に分かった。あの衝撃は通常MURIGEで使われるハンマーのそれではない。明らかに本物の鉄球でもぶつけられたかのような破壊力があった。
車にでも撥ねられたかのような勢いで吹っ飛んだ金山は、そのまま池へとドボンと落ちた。派手な水柱が立ち、そこへピラニアが飛びかかっていく。
苦しそうにザブザブともがく金山。ピラニアがあちこちを跳ねながらいくつもの水柱を立てる。水面はまた紅く染まり、静かになった。
金山が死んだ。誰が見ても明らかだった。
「無理ゲーやんか」
紅く染まったステージの池を見て、思わず桧山がひとりごちる。言ってから、自分の声から感情が無くなっているのに気付いた。悲しめばいいのか、怒るのが正しいのかも分からない。そこにあるのは負の感情を通り越した感覚だった。
金山の死を悲しむ前に、目下どうにかしないといけない問題がある。
――明らかに、ハンマーの速度が途中で変わった。
あれをやられたらリズム感もクソもない。加えて本物の鉄製で出来ているのか、ハンマーの威力も尋常ではなかった。あれでは死ねと言われているようなものだ。
「金山君でも、あれか」
率直な感想が口をついて出る。自分で言ったのに、後から絶望が追いかけてくる。
テロリストたちはこの魔改造したMURIGEクリアすれば解放すると言っているが、文字通りの無理ゲーにしか感じられない。本当のところはそもそもクリアさせる気なんてないのではないか?
きっと誰もが同じことを思っている。周囲の人間を見ると、怒りと悲しみに肩を震わせている。金山君を喪ったのに、悲しんでいる間もなく絶望しないといけない。そんな不条理に気が狂いそうになる。
まるでファミコン時代のマリオにでもなった気分だ。ちょっとしたミスであっけなく命を落とすことになる。マリオには残機やリセットボタンもあったが、現実にはそんなものは存在しない。そんなものがあるのなら、あの時のファイナルステージでとっくに使っている。
「神様は、乗り越えられる障害しか与えないじゃなかったんか」
しまいには神が憎くなってくる。
多くの者がMURIGEを人生のように喩える。それは数々の障害を乗り越え、各々が自分なりにゴールを目指すことから時々過酷ですらある人生とリンクするのだ。
だが、ここまで難易度が引き上げられると、人生というよりも難易度設定を間違えた無理ゲーにしか思えない。
皮肉なことに、実際の人生もちょっとしたきっかけで無理ゲーに変わってしまうことがある。目の前の光景は、人生がふいに牙を剥く瞬間をまざまざと思い知らされるものだった。
今でも思う。あの時素直に諦めて、引退でもしておけば普通の幸せを手に入れることが出来たのではないかと。家族もバラバラになんてならなくて済んだんじゃないかと。だが、それも今となってはどうしようもない。
「それでは、次の人行きましょうか」
ボイスチェンジャーで変えられた、無機質な声。テロリストたちにとって、参加者の心境なんて関係ない。どれだけ怒りに震えていても、銃口が向けられると参加者たちは従うしかない。
ゼッケンはまだ2番までが終わっただけ。だが、100人いる挑戦者を絶望させるには十分な数だった。
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