君の生まれた星の色を僕はまだ知らないけれど
ニノハラ リョウ
本編
「キャア! ブルスタのMV流れてんじゃん!
相変わらずセイタかっこよー!!」
階段を登って、ガラスでできたピラミッドをくぐる。
キラキラとしたクリスマスカラーのネオンに彩られたビルの隙間で、少しだけ切り取られた夜空が浮かんでいた。
視線を地上に向ければ、階段の上にいた女の子たちが正面のビルを指差しながら、何やら盛り上がっていた。
その巨大なモニタの中では、一人の男が恋の歌を歌っている。
階段を塞ぐように立っている彼女たちを避けながら広場を見渡すと、変な顔のライオンのそばに僕の求めていた姿があった。
腰高の花壇にそのひょろりとした長身を預け、モニタから流れてくる耳が痛いほどの音楽や、広場を行き交う沢山の人々が出す雑音。
それすら心地よいクラシックでも聴いてるようにうっとりと目を瞑るその姿に、僕の心臓はどきりと跳ねた。
ぶわりと吹き付ける冬の冷たい風に身を縮こませ、巻いていた紺色のマフラーに顔を埋める。
黒いマスク越しの呼吸がマフラーによって温められて、僕のメガネを曇らせた。
長めにおろした黒い前髪と相まって見づらい視界を無視して彼に近づいていくと、何故か周囲からどんどん音が消えていく。
それは……彼が
170センチの僕が見上げるほど長身で、ひょろりとして見えるのに、実はしっかり筋肉がついてる体。
地毛だと言い張る金髪は触るといつもサラサラで、不思議な藍色の瞳には、間近で見ると星が散ってるような斑点が浮かんでいる。
そんな彼は……音を主食としている宇宙人……らしい。
いや待って、ひかないで。
僕だって最初信じられなかったんだから。
だけど……。
彼が
そんな彼と会ったのは半年前。
今いるこの場所だった。
座り込んで、何処か途方に暮れたような雰囲気なのに、何故かモニタから流れてくる曲を楽しげに聴いているその姿に、僕は興味を引かれたのだ。
声をかけてみれば宇宙から来たばかりで住む場所もないって話だったから、何故か僕は彼を家に連れて帰り、アレコレと生活基盤を整えてやったのだ。
なんでそんな酔狂なことをしたのかは……たぶん一目惚れだったのだろう。
あの曲をとても
その時流れてた曲が、今もちょうどモニタから流れているっぽい。
モニタでは見覚えのあるツンツン頭がギターソロを披露していた。
どうやら、間に合ったようだ。
「ムジカ」
モニタが次の曲を奏で始める前に、周囲の喧騒から切り離されたようになっている彼に声を掛ければ、その夜空のような目が僕を見た。
その瞬間、周囲に音が戻った。
「セータ! 意外と早かったね」
喧騒に包まれながらも、ムジカの声は真っ直ぐに僕に届く。
ニコリと微笑む彼に、僕も笑みを返す。
「ん。打ち合わせがうまく進んでね。
ごめん、食事の途中だった?」
だったら少し申し訳ない。
だけど、それを否定するようムジカは緩く首を振った。
「大丈夫だよー。でも相変わらず美味しい声だよねー。
我慢できなくて、つまみ食いしちゃった」
ちろりと赤い舌を覗かせてそう告げる彼の言葉に、僕は頬が熱くなってコートの中の四角い箱を思わずギュッと握りしめた。
「……そんなに……かな?」
「ん? 知ってるじゃん? この声が好きって」
ムジカが視線を向けた先には、さっき女の子たちにブルスタのセイタと呼ばれていた黒髪の男が、イントロに合わせて体を揺らしている。
これ新曲っ?! って騒ぐさっきの女の子たちの声が、どこか遠くから聞こえた気がした。
だけど今はそちらを気にしてる場合じゃなくて。
ぐっと一度強く唇を引き結んでから、口を開く。
「……だったら……さ」
『ずっとずっとそばにいて』
モニタの中の男が希う。
「ずっと僕といて」
ギュッと握りしめていた手をコートから出す。
『いつか離れ離れになってしまうんじゃないかと』
モニタの中の男が、真っ白い雪原の真ん中でシャツを翻す。
「……セータ?」
首を傾げるムジカの前で手のひらを開ければ、そこには小さなジュエリーケースが乗っていた。
『君の生まれた星の色を僕はまだ知らないけれど』
「『この青い地球で僕と生きて……』」
モニタの男の歌声と、僕の懇願が重なる。
「『ずっとずっとそばにいて欲しいのは君だけだから』」
モニタからの歌声と同時にざわざわとした周囲の喧騒が僕の耳に届くけど、今の僕には目の前の
「セータ」
ムジカが開いた小さな箱の中にはペアのリングが収められていた。
幅広のリングにはブルースターの花が刻まれていて、今更ながらどんだけ自己顕示欲が強いのかと恥ずかしくなる。
「セータ」
俯いてしまった僕の視界に、ムジカの爪先が入ってきた。そしてムジカの指先も。
その指にはすでにブルースターの花が咲いていて……。
見上げれば、星の散る瞳を輝かせたムジカが嬉しそうに僕を見ていた。
「……だから、同じ家に住んでるのに、わざわざここで待ち合わせたの?」
するりと僕の指にプラチナの輪っかを滑らせながら、どこか楽しそうにムジカが笑う。
「……そうだよ。君は
だから、デカいモニタで
ムジカに引き寄せられて、僕の言葉は中途半端にムジカの胸に吸い込まれていった。
「ヤバい……セータが可愛すぎてどうにかなりそう……」
「……それより……返事は?」
あんな執着もあらわなリングをなんの躊躇もなく着けてくれたんだから、そんなのわかりきってるはずなのに。
ミュージシャンという職業柄か、言葉も欲しくなる。
「もちろん! オッケーだよ!
セータ、じゃなくて
俺に一生君の声を食べさせて……」
近づいてくる藍の瞳に幸せを感じながら、僕はそっと目を伏せた。
「ところであのMV、カッコいいねぇ」
「そう? シャツ一枚で雪原に立たされて死ぬかと思ったけど?」
「え!? あれ合成とかじゃないの!?」
「うん。なんかMV撮った監督さんが本物志向で……。
とりあえずクッソ寒かった記憶しかない……」
「え? もしかしてこの前海外出張から帰ってきて風邪引いたのって……」
「うーん、海外で疲れたってのもあったけど、まぁだいたい寒かったせいだなぁ」
「うわぁ。お疲れ様だよー」
君の生まれた星の色を僕はまだ知らないけれど ニノハラ リョウ @ninohara_ryo
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