第15話 どっちが天邪鬼よ?
「元は女神。いつからか
ヒノエは相も変わら淡々と言い放つ女だ。ミエコは彼女に驚きの
――
『フヘヘッヘエ! 紹介なんてしてるんじゃねぇええ! 照れるぜぇぇぇッ!』
光陰激しく瞬く中、断続的に照らし出されたのは――確かに
黄土色にくすんだ肌、ゴツゴツと異様に隆起した筋肉。酷く均衡を欠いたその
鬼は、天井から落ちた
「――鬼、ね」
「そうよ」
「そのまんまね」
『俺は元女神だぁ! いや、お前も女かぁ! ヒヒヒヒ!』
――
ヒノエが唇を僅かに歪め吐き捨てるように呟くと、錫杖を凛と鳴らした。
「許しを請う機会は与えたわ。それでもあんたが
ヒノエが不意に右手を唇の前へ
――念仏?
ミエコの眉が吊り上がり視線がヒノエに向けられた。しかしヒノエは
それを見ていた天邪鬼は一際高く飛び上がり、器用に手摺りの上で諸手を挙げて喜び
『ヒッヒヒヒヒヒヒ! 懲らしめようったって無駄だぜぇッ! 寺の坊主共から聞かされて耳に
だがそれでも――。
ヒノエは全く動じない。
細くしなやかな指は口元に添えられ、低くぶつぶつと、――ミエコにとっては意味不明な
――念仏なんてなんの意味が?
葬式の読経など眠くて聴き終えたこともない。
退屈な音律に込められた意味など考えたこともない。
記憶に残る
それに――、
漂う呪い言葉に自然と片眉が釣り上がった。
これは――神社で聴く
ソワカ、オン、……と耳に残る語感は確かに
「ひ、ヒノエ……」
呪文を唱え続けるヒノエに声を掛けるが、凛とした背中に返答は期待すべきではない。ミエコは焦燥を押し殺し、不安げに天邪鬼の姿を仰いだ――、すると思いも寄らぬ光景が目に飛び込んで来た。
『……が、ガガガガ、グァ……!』
ついさっきまでの滑稽な高笑いは止み、代わりに聞き苦しい
「な、なんで?」
『……お、……俺を……、
間抜けな断末魔の叫びを
業火から逃れ飛び降りる憐れな人間の様である。
僅か
「ホント、天邪鬼ね」
乙女の瞳は身も凍るほどに冷たい。
「な、何をしたの?」
「――コイツが言ってたじゃない。
ヒノエはミエコに視線を流しつつ、再び天邪鬼を見下して「息災、敬愛、
僅かな笑みを浮かべるヒノエに、ミエコは感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。
「凄いわね、ヒノエ――、さん」
ミエコがぎこちなく彼女の名前を呼ぶと、ヒノエはほんの僅かに身を震わせて振り返った。明滅する闇に艶やかな黒髪がふわりと揺れ、目を見開きながらも視線を数瞬
しかし、ヒノエはすぐに背を向ける。
「わ、――分かった? アナタはここに居ても足手纏いなの。コイツが弱っているウチにサッサと帰りなさい」
毅然と律するヒノエの姿に、もんどり打っている天邪鬼が息を荒げながら
『ぜ、ぜはは……、あ、天邪鬼はぁ……、
苦痛に歪む顔で、天邪鬼の震える指がヒノエを差す。
『お前は
揺れる指先はヒノエを、そしてミエコへ。
「なッ――、何よ」
ヒノエが一瞬、身を震わせた。
『自分に嘘つくなよぅ!
「そ……、そんな訳ないでしょ!」
『ホントは同い年の仲間が増えて嬉しいクセにィ! 褒められて女同士で
「あーッ! もう! 本当に
ヒノエの調子がおかしい。
――取り乱した風は
「ミエコ! アナタが
真っ黒い
見れば――、ハッキリと分かる
――こ、腰刀じゃないの⁈
どう見ても
演劇や映画の町娘が持っている代物ではない。想像以上の重量感に眉を顰めながらヒノエを見ると、相変わらず子どもなら泣いてしまいそうな悪鬼の如き形相である。
――これじゃ、どっちも天邪鬼ね。
ミエコは溜め息交じりに鞘を払い、刀を握り締めた。
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